第2話


父親のセルシオを走らせてバイパスを抜けた。カーラジオからは今週のヒットチャートが流れている。僕たちは会話をすることもなく、ただ目的地へと向かった。


車の免許を取ったのは一年前、ちょうど母が死ぬ前の春休みだったなと思い出す。そのときに付き合っていた子がいて、彼女が車の免許を取りたいと言い、調べてみると教習所の合宿にカップル割というのがあったから僕もついでに行くことにした。彼女もそれを喜んでいるように見えた。全てが上手くいっているような、どこにでも行けるような気がした。車の免許なんて取るつもりはなかったけれど、いざ運転をするとその利便性や楽しさに気づく。特にこの父親のセルシオはエンジンのかかり方の心地よさがまるで違うのだ。実家の周りの変わらない風景のなかでしか運転する機会がないのが難点だけれども、こんな車を所有することがあればなんて素晴らしいのだろうとよく夢想する。


その彼女とは、去年の夏休みが終わる頃に何てない理由で別れてしまった。そのときに母親の死とか、色々なゴタゴタがあって、彼女のことを気に留めることもなかった。きっといつか忘れてしまうのだろう。風俗嬢を抱くときには彼女の名前を思い出すようにしている。


大学の知り合いも、テストに向けて協力しあったりすることはあったけれどそれ以上に深い付き合いを持つことはなかった。泣いたり笑ったりするのを人と共有したことがない。虚無主義じゃないけれど、利害関係のないところで人に対する責任を持たないことを心の中で肯定しているような気がする。それで全てを忘れることが出来たら何て身軽なんだろう。


車は坂道を抜けて、見晴らしのいい高台に着いた。ここの共同墓地に母親の遺骨が埋まっている。僕たちはそれぞれ水とか花とかを持って母の墓地の前に立った。掃除をして水を差して花を供えたりする。愛菜が手伝ってくれたのでかなりテキパキと進めることが出来た。それからポケットからライターを取り出して、墓地に備え付けられた売店で買った線香に火を点け、空に登る煙に目を向けることもなく手を合わせた。ここに母は眠っているのだ、と僕は半ば強迫観念みたいに繰り返した。一定の時間が経ち、愛菜に適当な言葉をかけ、煙草を一本吸ってくるから待っていてほしいと言った。彼女は、早くしてくれ、というようなことを言った。


帰り道。僕はすぐに愛菜におばあちゃんと会えたかどうか尋ねた。


「おばあちゃんは墓になんていない」愛菜は吐き捨てるみたいに言った。「男の人って歳を重ねるごとにつまらなくなっていくんだと思う。本当のことから段々と目を背けるようになる。見えていたことも忘れるようになる」


僕は笑いながら、そうかもしれない、と言った。


僕たちはコンビニに寄ってアイスとジュースを買った。駐車場でヒットチャートのJPOPと空調の音を聞きながらそれらを食べた。そのときに愛菜は学校のことを話してくれた。クラスに付き合っている男の子がいるのだと言う。きっと彼の子供を私は産むのだと思う、と彼女は言った。中学生の純真な発言に思わず耳を疑った。自分が中学生の頃を思い出す。ろくでもないことしか考えていなかったような気がした。


車を走らせて僕たちは家へと帰る。まだ兄夫婦と父親は帰っていない時間だ。ラジオによると今週のヒットチャートの一位は星野源の曲だという。聞き飽きたメロディーに敢えて耳を傾けながら変わらない風景を眺めた。






おわり





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

線香と袋麺 @ja_da___

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ