第3節 「アナタノ戯ヘ」


 黄昏時の片時雨。

 冷たく濡れた石段を登り。

 朱い鳥居を潜った先で、貴方は待ってくれているのだろうか。


 霧がかかった境内で私は、錆びれた思い出に溺れるようにそっと目を閉じた。


 ずらりと並んだ提灯と、騒がしくも暖かい喧噪。

 鼻腔をくすぐるリンゴ飴の甘い香り。

 綺麗に笑う貴方の横で、私はそれを見つめている。


 叢の陰でそっとべたついた唇を重ね、繋いだその手の感触を今でも私は覚えている。

 

 もう一度目を開けば、そこに人影などありはせず。

 暗い静寂の中で私は独りだった。


 煙に巻かれたように、呆然と立ち尽くした私を嘲笑う雨の中で、見つめた先にある貴方の面影。

 その瞳に映る私の姿は、酷く哀れで。

 不意に伸ばしたその手が届くことは無い。


 取り残された私は独り、過去に捕われたまま、くたびれた幻に縋るのだ。


 叶わぬものと知りながら。

 それでも私は、貴方と共にありたいと願う。


 ~アナタノ傍ヘ~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る