川添 址

第1話 凡庸

  1章 始まり


  2000年11月20日

寒さに震えながら自宅に到着した頃にはとっくに陽が暮れていた。テレビを点けると今の時間はどこもニュース番組ばかり。興味が無いので垂れ流しにしたままタバコに火を点けるが、

(寒い!)

堪らずエアコンのリモコンに手を伸ばすと、重なった電気料金の支払い用紙に目が留まった。既に2ヶ月滞納している。

(そろそろ一月分だけでも払わないと)

9月分の用紙には「2818円」と記載されているが、財布を手に取ると中身は2000円も入っていない。  

(どうしようもねぇ)

中身が軽いそれを机に放り投げてエアコンを点けた。再びテレビに目をやると政治問題のニュースが終わって次は人権問題らしい。興味が無いのでゲーム機の電源を入れて、数日前に買ったRPGゲームを進めていく。その時珍しく携帯が鳴った。

(親父からか)   

「来月の生活費、土日挟んでいるから振り込むの27日でいいか?」

毎月25日が目安になっている。

「生活苦しいから24日にして欲しい」

僅かばかりの間の後、

「分かった」

ほっとしたら急に腹が減ってきた。自転車で近所のスーパーへ買出しに向かう間、

(晩メシ何食べようか?)

頭の中にあるのはただそれだけだった。


地元を離れて県外の大学で一人暮らしを始めて2年半。教育学部に所属していても別に教師を目指していない。入学当初は真面目に講義を受けていたがすぐにサボるようになった。このままでは留年するのは明白だが、親に対して申し訳ないという気持ちも自身の将来に対する焦りも特にないまま。サッカー部の活動をする為だけに大学に行っていると言っていい。その部活も未だに補欠でズルズル惰性で続けてはいるが、レギュラーの座はもう諦めてしまっている。昼過ぎに起きて夕方に部活、帰宅すればゲームやテレビ番組に夢中になり続ける。そして明け方になる頃ようやく布団に潜るという日々の繰り返し。

今も将来もしたいことは何もない。何かを感じても考えることはできない。そんなどうしようもない人間。


途中寄った古本屋で漫画を立ち読みしてからスーパーへ。自炊が面倒なので買い物カゴの中は全て冷凍食品で埋めつくされた。清算後に店内の時計を見上げると19時55分、急いで袋詰めして自転車に飛び乗る。

(間に合え!)

家に到着するやテレビを点けると、歌番組のOPが流れていた。やがて今夢中になっているアイドルグループが登場し、録画しているのにも関わらずテレビを食い入るように見続ける。だが人気を象徴するかのように彼女達は15分も経たずに画面から消えてしまった。

(メシ食うか)

冷凍食品の炒飯と餃子を食べ終わると、21時から始まる番組までの繋ぎとしてまたもニュース番組が流れてきた。

(どうでもいいわ)

先程遊んでいたゲームを再開する。終わる時間など決めておらず眠くなるまで延々と続けるのみ。

生まれてから20年、毎日何も考えられずにただ欲望の赴くままぼんやりと生きている。男はそんな人間だった。


  2001年8月4日

大学3年目の夏、部活を終えた男は部室に残っていた。どうやら3年生全員で話し合わなければならないことがあるらしい。

「体育会から来期の役員を1人出せって」

主将の言葉で全員の口から溜息が出た。体育会とは体育会系の部活の活動場所や時間、部費等の管理を行っている組織である。役員任期は1年間でやりたい人間などそうそういないので、持ち回り制という名の下、各部2年おきに来期の役員を担わなければならない。1年生はまだ右も左も分からず4年生は卒業間近なので、対象は2、3年生のどちらか。サッカー部は例年3年生と決まっていて、男の学年はその2年に1度に当ってしまっていた。

(俺が出るべきなんだろうな)

今ここにいる7人の中で唯一補欠である男はそう思った。もともと才能が無いのだろうが、サッカーという団体競技においていつだってミスばかりしていた。終いには後輩から冗談といえども「ポンコツ」呼ばわりされる始末。だが名乗りを上げるどころか話し合いにすら碌に参加しようとしない。

(でも面倒くせえしやりたくない)

ただ黙って傍観していた。1時間近く経過した頃に主将が観念したように、

「じゃんけんで決めるか」

その言葉に男を除いた全員から納得と不満が入り混じった溜め息が出た。

(6分の1か)

主将はさすがに出せない。確率は約16%なのに何故か嫌な予感がした結果は、

「「頑張れよ!」」

明るい表情の6人から声を掛けられた男は面倒臭い顔をするも部における自分の立場を思い返して、

(これで良かったのかもな)

翌日、男は体育会室へ向かった。

「失礼しまーす」

中に入ると役員のヨコヤマさんから声を掛けられた。

「おう!今日も『主務』の仕事お疲れさん」

『主務』とは体育会室へお知らせを受け取りに行く職務である。男は何度もこの部屋に来ていて、その度に役員の彼らは笑顔で話しかけてくれる。

「あのー来期の役員なんですけどサッカー部からは俺が出ます」

「そうか!よろしく頼むぞ」

そう応えてくれた先輩はやはり笑顔だった。その後いつものように、

「この暑さで部活はきついやろ?」

「ですね。毎日汗だくです」

「だろうなあ。体調とか崩さんようにな」

何気ない世間話をしてから体育会室を出た男は、

(やってあげてもいいかな)

迎えた8月下旬、夏休みの最中で大学構内は静まり返っている。今日は役員候補生の初顔合わせの日で、その一角にある『学生会館』1階の休憩室に14人が集まった。

(こんなにたくさんいるのか)

といっても半数以上の人間と面識がある。先の7月に行われた『フレッシュマンキャンプ』という体育会主催行事で彼らと既に会っていたからだ。

「サッカー部からはやっぱりお前だったか。フレキャン来てたからなあ」

「へ?」

「お前も役員になりたくてあのキャンプに参加したんだよな」

「どういうことだ?」

彼らは体育会役員に憧れていて経験を積む為に参加していたらしい。男に役員の話が降ってきたのはキャンプ後のことで当時は何も考えず参加していた。6月中旬に体育会室に行くとヨコヤマさんが困り顔で、

『来月の『フレキャン』で1年生とキャンプ行くんだけどさあ』

『あぁ、俺も1年の時参加しましたね』

『2、3年生からサブリーダー募集してるんだが集まりが悪くてさ』

『そうですか』

『お前やってくれない?』

『嫌ですよ。先輩達が見ればいいじゃないですか』

『100人以上参加する大きな行事で俺らだけじゃ細かい所まで見きれないんだ。頼む!』

(あのクソ暑い部活をサボれるな)

『多分何もしないですよ』

『別に難しいことはしなくていいからさ』

『じゃあいいですよ』

受けた理由はそんなもので、実際本当に何もしなかった。初対面の1年生達がコミュニケーションを取り合って夕食のカレーを作る間、木に寝添べって寝ていたくらいだ。

(よくもまあ役員なんて面倒くさいの自ら進んでやろうとするな)

だが他班のサブリーダーである彼らが熱心だったのは憶えている。男には彼らが全く理解できない。その後の自己紹介でも、

「サッカー部から出てきました。よろしくお願いします」

としか言えない男と比べ、

「俺は会長を希望しています」「幹事長を」「私は庶務を」

(役職なんて今初めて聞いた)

だが男と同じように持ち回り制というルール上、仕方なく出てきた人間も勿論いた。彼らも所属と名前しか言わず、何より自ら望んでここに来たという明るい表情をしていなかった。一通り自己紹介が済んだ頃、  

「それでこれからの事なんだけど」

そう話を切り出したのは幹事長を希望しているヒデユキだった。

「俺達は9月から『意見通し』をしないといけない」

(何だそれ?)

言葉だけでも嫌な響きをしている。否応なく出てきただけで体育会について意見などある訳ないが、

(あれ?)

キャンプで一緒だった役員やりたい派の面々も変な顔をしている。その内の会長志望のユウキが、

「意見通しって何するんだ?」

どうやら彼らも知らないらしい。

「役員が提示した体育会に関する課題に対して意見を言って認めてもらわないといけない」

そしてヒデユキは説明を始めた。

一、意見通しとは候補生の意見を役員に通す(=認めさせる)ことである

一、期間は出される課題全てを候補生全員が役員全員に認められるまで

一、平日は講義終了後の18:00~、土日祝日は10:00~(終了時間は未定)

一、意見通しは1対1で行う

一、課題は『体育会の存在意義』を始とする基本の10項目及び個々の役員から独自に出される項目を指す

一、何らかのやむ終えない理由で候補生を辞退する場合は『持ち回り制』の性質上、部内から可能な限り次の候補生を出すこと

(ふざけんな!)

男の表情が一変した。

(何でそんなもんやらなきゃならねえんだ!体育会役員なんて俺にはどうでもいいんだよ!さっさと終わらせたいのにそんな面倒くせえ事させんな!)

とてつもなく嫌どころではなく辞めて逃げ出したくなったが、

(辞めてもまた俺以外の誰かを出さなきゃいけないとか)

だがなのだ。最後の項目が男の心をギュウギュウと締め付ける。1年生からずっと補欠で部のお荷物であることを感じ続けてきた男は、これ以上彼らの迷惑になりたくない。

役員をやりたくない派の人間にとっては、余りにも理不尽であった。彼らだって男と同じように皆と話し合って出てきたのに、辞めるから代わりに誰か出てくれとは言えないだろう。かといって本当に2ヶ月以上も毎日そんなことをしなければいけないなんて。

「かなり厳しすぎるんじゃない?」

やりたくない派の一人が不満を漏らすと男も同調して、

「俺もちょっと引継ぎすればって感覚だった。これ本当にしなきゃいけないの?」

ところが、

「これを通じて成長して役員をやって欲しいんだろ」

「認めてもらうのも案外簡単にいけるんじゃないんですか」

「まあとにかくやってみようよ!」

やりたい派の意見に圧されてしまった。ここにいる誰も意見通しの中身は知らない。分からないものについて前向きになるか後ろ向きになるかはやる気次第なのだろう。

「とにかくやってみよう!」

そのユウキの一声で解散となった。

(最悪だ)

家までの途上、これからを思って憂鬱になるも5分も経つ頃には、

(まあ無理だと思ったら辞めるしかないしな。サッカー部の皆も分かってくれるだろ)

その一瞬後にはもう、

(あっ!昨日録画しといたバラエティあったな)

途中のコンビニで買った398円の弁当を食べながらテレビを見て笑っている内に、先程あった憂鬱は次第に消えていった。


  9月中旬

学生会館2階にある体育会室から20m程離れた『候補生室』。時刻は18時、意見通し初日を迎えた男の心境は、

(適当にしとこ)

「全員集まったしまずはこれを配る」

ヒデユキから回って来たのは1冊の小冊子で表紙には『由布』という文字。

「この本は1年に1回体育会が発行している機関紙で、体育会のことが書いてあるから読めって」

ページをめくると役員の挨拶から始まり、1年間の行事の写真や体育会に所属している部の紹介、そして最後に文字だらけの規約がある。

(こんなの読む気起こるか)

「それで今日から始まる意見通しだけどやり方があるから」

(そんなものまであるのかよ)

初顔合わせ時の憂鬱が蘇ってきた。

   意見通しの方法

一、体育会室のドアを2回ノックする

一、「はい」が聞こえたらドアを開けて、聞こえる声で「失礼します」の後に入室

一、意見を通したい役員の前で「○○さん、自分の意見を聞いて下さい」。そして「失礼しました」と言って退室

一、その後役員が指定した場所で椅子に座って意見を述べるが、その際役員の目をしっかり見ながら以下の状態であること

『椅子の背もたれに背中をつけない』

『両手は握り拳で膝の上に置いておく』

これを聞いて出た溜息はもう憂鬱ではなく、諦めからでしかない。理不尽に対する怒りもまだあるにはあったが、

「ついでに補足もあるから」

(へー)

何もかもすっかり諦めてしまった。

意見通しについての補足

一、まずは『体育会の存在意義』という課題に対する意見を通すこと

一、会長・副会長・幹事長『三役』への意見通しは、三役外の『幹事』全員をクリアしてから行うこと

一、三役に対する意見通しは幹事長、副会長、会長の順に行うこと

(あっそう)

何かもうどうでもよくなってきた。

(さっさと帰って早くゲームがしてぇ)

だがこの場に居合わせている以上は嫌々ながらも取り組むしかない。早速最初の課題である『体育会の存在意義』について皆で考えてみる。

「スポーツをして健康になってもらう?」

「健康というより心を鍛えるとか?」

体育会に対するイメージで色々意見を出し合うがこれと言った結論が出ない。そうこうしている内に20時を過ぎた。

「このままじゃ誰も行かないまま終わりそうだし行ってくる」

会長志望の自分が先頭を切らなければという思いがあったのだろう。ユウキが部屋を出て行って数十秒後、

『失礼します!』

彼の声が部屋まで届いてきた。やがて『失礼しました!』の声。

「どうだろ?」

「案外すんなり認めてもらったりして」

ところが時期会長候補はそのまま候補生室に戻ってきた。

「どうしたの?」

ユウキは訳が分からないという顔で、

「やり直しだって」

「は?」

「声が小さいからって」

「いや聞こえたから!」

「でも小さいって言われたんだよ!」

やがて各々思考を巡らせ始めて候補生室は沈黙した。そんな中男は、

(あんな大声で駄目なら俺なんて何をどうやったって無理だわ)

勝手にしてくれと天井を見上げて呆けている。

「あと行けば分かるけど役員の人達普段と全く違ってた」

「違うって?」

「笑顔じゃないの初めて見た」

それを聞いて皆の様子が変わっていく。

(あの人達が?)

男とて例外ではない。

「とにかくまずは意見を聞いてもらえるようにしないと」

「でもさっきもこの部屋まで聞こえるような声だったのに」

またも訪れようとした室内の沈黙を阻止したのは2年生のシューヘイだった。

「ならもうさっきより大きな声を出すしかないっすよ!」

(まあそれしかないよな)

候補生室に届く声は少し、また少しと大きくなっていく。しかしそれでも帰らされ、別の誰かがまた行っては帰らされる。体育会系の部活に所属しており、今まで幾度と無く大声を出してきたはずだが全く通用しない。やがて0時を迎えて、役員から本日の意見通しの終了が告げられた。6時間掛けて結局誰も意見を言うことすら出来なかった。男と他4名は体育会室へ赴く彼らが足掻く様をただ眺めているだけで初日が終わった。

2日目、21時を過ぎても昨日と同じ状態が続いていた。ただひたすらな大声を出すことができないのは、

『普通そんなことしないだろう』と『もし正解だとしたら終わるまでずっと続けなければならない』

その2つの思いが無意識にブレーキをかけてしまうからであった。

(せいぜい頑張れよー)

他人事の男だったがすぐにそうもいかなくなった。22時、突然役員に呼び出されたヒデユキが部屋に戻ってくると、

「まだ意見通しをしてない人はとにかく今日中に一度は来いって」

それを聞いて男は狼狽した。

(どうせ帰らされるだけなのに何故行かなきゃらならねえんだ!?)

そんな思いはお構いなしにとユウキが声を上げて、

「どうせいつかは行かなきゃならないんだしとにかくやってみようぜ!」

目標が『意見を言えるようになる』から『全員が意見通しを経験する』に変わったことで、経験済みの人間はほっとしたのか男達に発破を掛け始めた。こんな空気の中で、

『絶対行くか!』

なんてとても言えない。男を含む役員になりたくない派5名は苦い表情のまま時間が刻々と過ぎていく。23時、観念して1人が席を立つとその後更にもう1人。

(行くなよ!)

無論すぐに帰ってきたがこれで残り3人。

(最後の2人になるのは嫌だし仕方ねえか)

現実はこんなもんだということを社会を生きている以上少しは知っている。男は重い腰を上げて、

「行ってくるわ」

「よっしゃあ頑張れ!」

「とにかく大声出せ!」

彼らの応援のおかげでつい心の中で溜息が出た。

(頑張りたくないの今まで見てきて分かるだろうが)

憂鬱な表情で部屋を出ようとするとユウキが、

「というかお前誰に意見を言うの?」

男は立ち止まって、

「そういや決めてないわ」

あっけらかんとしたその言葉に誰の目にも結果が見えてしまった。

「ミゾオチ先輩が女性だしいいんじゃない?ただ役員業務で居ない時もあるけど」

庶務部長を希望しているカオリからの助言を受け取った男は、

「まあそん時は適当にするわ」

部屋を出て体育会室への通路をゆっくり歩く。何度も通った道なのに何故か初めての感覚がする。

(とにかく適当に大声出して帰るだけ、というか叫べばいいんだろ。もし俺が一発で意見言えたら皆びっくりするだろうな)

微かな期待をするも初日のユウキの言葉が頭をよぎる。

(笑顔じゃないのか)

男が体育会室に行くと彼らはいつだって笑顔で迎えてくれた。

(ならどうなってんだ?)

全く想像がつかないまま、どうしようもない不安が付き纏いながらも体育会室のドアが見えてきた。

『部活前なのに面倒くさい』

そんな顔の男をいつでも笑顔で迎えてくれた部屋。それがドア越しでも全く違うと認識させられる。

(何度も行ったあの体育会室だよな?)

そしてすぐ気付いた。いつもは聞こえていた声どころか物音すら全くしないことに。中に人がいるのは気配で分かるが、それが余計不安にさせる。それどころか何だか怖くなってきた。

(入りたくない)

だが今更引き返せない。

(どうせいつかは、か)

一度深く深呼吸をしてからゆっくりとドアを2回ノックした。

「「「ハイ」」」

限りなく無機質な声が室内から幾層にもなって男の耳に届き、躊躇いながらゆっくりとドアを開けた先にはいつもの役員の面々。だがそこには今まで見てきた日常は無かった。

(いつも笑顔だったのに)

彼らは感情が全く伺えない無表情のまま室内に点々と存在していた。各々椅子やソファに座ったまま、誰一人男の方を見ないでただじっと前方を見つめている。しばし呆気に取られていた男だがやがて、

(俺が動かないといけないんだっけ!?早くしないと!ええと次は何を、そうだ!)

「失礼します」

候補生達は男が声を出したことに気付いていないだろう。

(早く「やり直し」って言ってくれ)

だが彼らが全く動かないのを見て、

(一応誰かに意見を言おうとしなきゃいけないのか)

ミゾオチ先輩はいた。彼女の元へ1歩ずつ歩を進める度に、自分がこの部屋の静寂を乱しているのを感じる。先輩は机に向かって座っていたので目の前ではなく横に立った。気配で分かろうものだがただ動かず眼前を見据えている。男は諦めながらもこの儀式をやり通そうと挑んだ。


「どうだった?」

「あんなの無理だろ」

カオリに尋ねられた男は素直に降参した。

「初めてだし仕方ないよ」

「とにかく1回行ったし今日はもういいや」

席に着いてそうボヤきながらも先程の事を思い出して、

(俺達に役員やってもらわないと困るんだろ。なのに何であんな態度なんだよ!)

ただひたすら役員に対して憤り続けた。

0時15分前、最後の1人がただ帰って来た。

「これで全員行ったな!」

とにかく目標は達成されたのは確かだ。

『何とか今日も終わった』

誰もがそう思って終了の合図を待つ。ところが0時を過ぎても一向に役員は何も言ってこない。更に15分が過ぎてさすがにざわつき始めたその時、ドアがノックされて皆ホッとした。だがやって来た幹事長の言葉に全員言葉が出なかった。

「お前ら意見言う気あるの?こんなんじゃ予定の11月中に終わらんよ」

それだけ言ってドアは閉められた。

(は?)

遠ざかる足音が聞こえなくなるや否や、

「いやいや!全員意見言いに行ったよな!?」

「それで終わりじゃないのかよ!」

「今日はもういいだろ普通!」

「早く帰りたい」

そんな悲鳴が飛び交う中でカオリがヒデユキに、

「ねえ、意見通しを始める前何て言われたっけ?」

「だから『昨日意見通しに来ていない人はとにかく今日中に一度は来るように』って」

「もしかしてそれしても意見通しが終わるんじゃなかったりして」

その言葉に全員が凍りつく。確かに全員が意見通しに行けば今日が終わりだとは言われていない。自分達で勝手にそう思い込んでいただけ。だがさっきの言葉を聞く限り、意見通しに行かなければいつまで経っても終わりそうに無い。ユウキを始め、やりたい派の彼らは次々と体育会室へ向かっていった。

1時過ぎ、大声を出し続けた疲れで候補生室が一際静まった頃だった。

「何か腹立ってきた」

ポツリと呟いたユウキは突然立ち上がって、

「ヤケクソやあ!!」

部屋を飛び出したと思いきや、

『し・つ・れぇい!しまあああす!!!』

それは大声どころか正に雄叫びであった。10分後、意見を言えたユウキが戻ってくると室内に歓声が上がった。

「お前!よくやったなあ!」

ようやくずっと躓いていた意見通し最初の壁を越えることができた。黙ったまま彼らが喜び合う様を眺めていた男の中で不意に一つの思いが沸き起こる。

(よかったな)

「俺も続くわ!」

ユウキが壁を越えてくれたおかげで彼らに失いかけていた自信が戻った。

『あの大きさの声を出せばいい』

その後に行った全員が意見を言うことができた。そして1時、ようやく役員から本日の終了が告げられた。意見を言えて嬉しい者がいれば明日こそはと意気込む者。そして男の様に未だやる気がない者と三者三様の思いを抱きながら解散となった。

(今日も面倒臭かった。早く帰ってゲームしよ)

相変わらずの男だがふと先程の事が思い出される。

『(よかったな)』

初めてユウキが意見を言えた時、皆の笑顔を見て確かに思えた事。

(まあみんな頑張ったからな)

役員をやりたくないという思いは今もそのまま。だが男にとって彼らの存在が少しずつ変わり始めていた。

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