第25話 棚から牡丹餅 後編

 スマホに一つの通知が表示される。

 ”Shooterさんがあなたを会話グループに招待しました”



 ”Shooter”は高木のことだ。

 下の名前の修斗シュートからとった名前なのだろう。


 けれど、”グループ”には心当たりがない。

 あいつ、一体何のグループを作ったんだ?


 ……まあ考えてもわからない。

 とりあえず参加するか。


 夏織ちゃんに「やっぱり夏織ちゃん先にお風呂入って来て」と言い、新たに参加したグループを覗きに行く。


 参加者は俺と、Shooter高木と”はるか”の三人だった。


 はるか? 誰だろう?

 いや、待て。確か……。


 俺が思い出すのと同時にグループチャットに最初のメッセージが投稿された。


『木村です! 今日はお疲れ様でした!』


 そう、木村さんの下の名前が”はるか”だった。


 なるほど、今日の協力者二人が俺を誘ってグループを作ってくれたのか。

 丁度いい。お礼を言わないといけないと思ってたところだ。


『木村さんもお疲れ様。今日は協力してくれてありがとう』


『いえいえー! いつもと違う坂本先輩が見られて楽しかったです! 部長に見つかった時は焦りましたが……』


『うまく乗り切ってくれたよね。ありがとう』


 まさか、坂本さんに続いて木村さんとチャットすることになるとは。

 俺の高校生活も急に華やいできたな。


 途中、修斗から『俺にはお礼なしかよー』とツッコミが入ったから、ちゃんとスタンプで返しておいた。



 しかし、しばらくメッセージをやり取りしていてあることに気がつく。

 木村さんのスタンスがおかしい。


『今日の坂本先輩、可愛かったですよね?!』、『朝倉先輩も満足できました?』、『ちゃんと坂本先輩に朝倉先輩の連絡先も教えときましたから! 気が利くでしょ?』


 こんな感じのメッセージばっかりだ。


 まるで俺が——



 ——ピロン



 違うチャットからの通知が届く。


 今日はやたらメッセージが届くな。


 ……って、修斗かよ。

 何で個人ラインでわざわざ?


 グループでなくこっちを選んだ意図を知るべく、修斗との個人チャットに移動する。


 そこには驚愕の内容が届いていた。


『すまん! 木村さんに協力してもらうのにうまく説明できなくて、お前が坂本さんのこと好きってことになっちまった! 部員には絶対内緒にするって言ってたから変な噂はたたないと思うけど……。堪忍!』


 唖然。


 俺が坂本さんのことを好きだから選手の手伝いをたまには変わってくれないか、って木村さんにお願いした感じか……。



 ……どうすんの、それ?



 とりあえず『はい』とだけ返してグループチャットに戻る。


 そこではまだ木村さんが楽しそうに坂本さんを押してきていた。



 うーん。


 とっさにいい説明も、うまい言い訳も思いつかん……。


 とにかく、木村さんが楽しそうなことだけは確かだ。


 勘違いだと伝えないのも騙してるみたいで気が引ける。


 けれど、今日坂本さんに喜んでもらえたのは、間違いなく木村さんのおかげだ。


 うん。ここで気分を害すのも悪い気もするから、今日は何となくはぐらかしておこう。



 その後も、『また坂本先輩と変わりますね!』、『坂本先輩、夏でも水筒にお茶入れてくるんですよ』等ととめどなく来る木村さんからのメッセージを『そうだね』と返していく。


 まあ木村さんも楽しんでくれたなら良かったのかな。


 今日のところはこのまま無事に終わればいいと思っていたが、火のついた女子高生の恐ろしさを俺は全く分かっていなかった。


『あ、そうだ! ここのメンバーと坂本さんでどこか遊びに行きましょうよ!』



 何だと?



 女子と遊びに行く……?


 いわゆる陽キャと言う人種は、そんなビッグな青春イベントをこんな簡単に取り付けていくのか……。


 ギャップについていけない。


 それに、ここで乗ってしまったら木村さんに本当のことを伝えにくくなる。


 ここは断るしか……。


 断り文句を打ち込んでいると、いつぞやのもう一人の俺が顔を出してきた。



 いや待て。

 可愛い女子二人(一人は彼氏持ちだが)と遊びに行けるチャンスなんてこれまでにあったか?


 いやないだろう。


 誰もが羨む可愛い後輩と、イメチェン美人の同級生と遊びに……。


 すまん、俺の理性。


 理性からの返事を待つことなく、俺の体は勝手に返事を打った。


『いいね! 行こう!』


『やった! じゃあまた坂本さんと日程合わせましょー!』


『ああ、楽しみにしてるよ!』



 ……俺、やっちまったかも。


 けれど、いいんだ。

 これが最初で最期の俺の青春になるのかもしれないんだから。


 修斗との個人チャットに『お前何考えてんだよ?!』と来たが、無視。



 もともと坂本さんを喜ばせるために始まった作戦だったのに、まさかこんな棚ぼたになるとは……。


 情けは人のためならず、とはよく言ったものだ。


 こんなお楽しみイベント、本当に久しぶりだ。


 ……けど、女子と遊ぶって、どこに行くんだろ?


 え、どんな服着てけばいいんだ?



 やばい。

 初めてのことで、わからないことだらけだ。



 ……でも、考えるのも楽しいな。



 一人グフフと不敵な笑みを浮かべていると、風呂から出てきた夏織ちゃんに「にやけちゃって、どうしたの?」と声をかけられる。



 ……夏織ちゃんなら女の子ウケするコーディネートとか教えてくれるかな?


 また今度、相談してみよう。





 ふう。

 今日もいろいろなことがあった一日だったな。



 まだまだ考えなきゃいけないことも多そうだけど、今日全部を整理するのも難しそうだ。


 難しいことは明日の俺に任せて、今日のところはとりあえず女子と遊びに行ける喜びを噛み締めて寝ることにしよう。

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