第26話 なーんだ 前編

 木村さんの発案で、高木と坂本さんを含めた四人で遊びに行く約束をした翌日。

 学校から帰ってきて、夏織ちゃんと夜ご飯を食べているところだ。


 今日の夜ご飯は、ミックスフライ。

 エビはもちろん、チキンやアジ。ピーマンやしいたけにかぼちゃ。

 相変わらずにどれも美味しい。


 どれもサクサク揚がってる。

 手作りのタルタルソースも美味しくて、いろんな味が楽しめる最高の夕食だ。



 ……あ、そうそう。

 遊びに行く日は今週の日曜日に決まった。


 今日の昼休みに、木村さんがグループを作ってくれてそこで皆の予定を聞いた結果だ。


 木村さんのフットワークの軽さが、イコール俺と坂本さんの仲を取り持つモチベーションだと思うと少し悪い気もするけど……。


 青春の一ページを刻むためだ。

 悪く思わないでくれ。



 そして、その一ページを華麗に飾るため、夏織ちゃんの力が必要なんだ。


 俺はフライを頬張る合間に夏織ちゃんに話しかける。


「ねえ、夏織ちゃん。お願いがあるんだけどさ」


「お。珍しいね。何だい? 言ってごらん」


 夏織ちゃんは「ほれほれ」と言いながら、いつもの満面の笑みで快諾してくれる。


 ふう。

 ”美人は三日で飽きる”って諺があるけど、何にでも例外はあるんだな。


 飽きんぞ。全然。



「今週の日曜日に友達と遊びに行くんだけどさ。そこに着てく服を土曜日に買いに行きたいと思ってて。よかったら一緒に来てくれない? 服、選んで欲しいんだ」


「え?! 行く!!」


 即答、からのフフンと音符が出てきそうな笑顔。


 本当に可愛い。


「ありがとう! じゃあ駅前のファッションビルでいいかな」


「オッケー! 車出すね! あー、楽しみだなー!」


 よし。

 心強い味方ができたぞ。


 これで服装で恥をかくことは避けられそうだ。




 それ以来、夏織ちゃんは土曜日を楽しみにしているようで、ずっと上機嫌な日々が続いた。


 そんな夏織ちゃんを見て、俺もまたエネルギーをもらっていた。




 ◇◇◇




「よーし! 忘れ物はないね?」


「うん、大丈夫」


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


 日曜日を待ち遠しく思っていたからか、あっという間に夏織ちゃんと洋服を買いに行く土曜日となった。


 夏織ちゃんはこのお出かけを本当に楽しみにしてくれていたんだろう。

 今日はいつもよりも早起きをしてきて、一緒に朝ごはんを食べた。


 着替えをしてリビングに戻ってきたときにも、その気合を感じた。


 夏織ちゃんは平日の仕事用とは違うメイクをし、髪を下ろしてロングワンピースを着ている。


 めちゃくちゃオシャレだ。


 そしてめちゃくちゃ似合ってる。



 元々、日曜に四人で遊びに行くための今日だったはずなのに、夏織ちゃんの魅力で一気に上書きされた。


 こんな可愛い人と二人っきりでショッピングなんて、これこそ青春なのでは。


 ……胸がドキドキする。


 これって、ただの……デートだよな?



 そんな俺の胸の高鳴りをよそに、夏織ちゃんの運転で目的のファッションビルに向かった。




 ◇◇◇



 家から車で二十分ほどのところ。

 ここらで一番大きいファッションビルに到着する。


「よーし!じゃあ、早速男性フロアに行こっか」


「……うん」


 はあ。

 車の中ではろくに会話ができなかった……。


 夏織ちゃんがしてくれる「どんな服が欲しいのー?」とか「最近部活はどう?」っていう質問にただ返すだけで、俺は久しぶりの緊張に押し負けていた。


 それは車を降りてからも同じだ。

 というか、むしろ増している。


 こんなところをもし学校の誰かに見られたら……。

 それこそ、木村さんと鉢合わせでもしたら……。


 くそう。ダメだ。

 こういうとき、考えすぎて次から次に負の方に考える。

 俺の悪い癖だ。


 足取りが重い……。



 すると、俺の前を歩いていた夏織ちゃんの足がピタっと止まる。


「孝太くん。寄り道してもいい?」


「……え? あ、うん」


「ありがと! じゃーこっちね」


 寄り道?

 まあ折角来たんだし、夏織ちゃんも見たいところもあるだろう。


 俺はそう納得して、踵を返した夏織ちゃんの後をひたすらついていった。



 ……って、どこに向かってるんだ?


 女性フロアとか雑貨があるフロアに行くにしても、男物と同じ方向のはずだ。

 方向転換する必要はないはず……。


「着いた! ここ、ここ」


「ここって……? パンケーキ?」


「そ! ここ美味しいんだー。行こ?」


 夏織ちゃんに引っ張られて、パンケーキ屋さんに入る。

 人生初のパンケーキ専門店だ。


「夏織ちゃん、どうしてここに?」


「ん? 前に来たことがあって、美味しかったのを思い出したから。……嫌だった?」


「ううん! 全然嫌ってことはないんだけど、急だったからびっくりして。こんなところ初めてだし」


「そうなの? じゃあ私のオススメ食べてみてよ! 美味しいからさ!」


 夏織ちゃんのおすすめ……ちょっと気になるな。


 俺が「ぜひ」と言うと、夏織ちゃんは店員を呼んで注文してくれた。


 メニューを見ずにメニュー名だけ聞くと何が乗っているかわからなかったけど、夏織ちゃんがいたずらっぽく「お楽しみに」と笑ったので素直に待つことにした。


 ……何が来るんだろう。


 それにしても、こんな形でパンケーキ屋を訪れることになるとは。


 さっきも言った通りパンケーキ屋なんて入ったことはないし、正直興味もなかった。

 パンケーキとホットケーキの違いもわからない。

 女子が行くところだと思ってたし、もはやタピオカに駆逐されたんじゃないかと勝手に思ってた。


 けれども、いざ店に入ってこうして待っているとなかなかにワクワクする。


 ……早く来ないかな。



「お待たせしましたー!」


 若い女性の店員の元気な声とともに、夏織ちゃんの注文したパンケーキが届いた。


「お! キタキタ! 美味しそー!」


 こ、これがパンケーキ屋のパンケーキ……


 パンケーキの上に生クリームと様々なベリー系のフルーツが乗っている。

 いちごにブルーベリー、他にも色々。


 ホットケーキにはバターとメープルシロップの組み合わせしか知らない俺には、未知の世界。


 色鮮やかだ。


「じゃあ、一口目は孝太くんに譲ろう」


「いいの?」


 夏織ちゃんは「さあ、食べたまえ」と言いながら、俺にお皿をズズズと寄せてくれた。


「じゃあ、いただきます」


 ナイフを立てて、驚く。


「え! すご、フワッフワだ!!」


 頬杖をつきながら、「でしょー」と夏織ちゃんが微笑む。


 けれど、今の俺は目の前の未知の食べ物に夢中だ。


 切ったパンケーキに生クリームとベリーをのせて口に運ぶ。


「どう?」


 パンケーキを頬張り味わっている俺に、夏織ちゃんが笑顔で聞いてくる。



 答えは——



「うまい!! こんなフワフワのパンケーキ初めて食べたよ! さすが専門店……なめてました! すみません!」


 クリームの甘みとフルーツの酸味がフワフワ食感の中で踊っている。


 うわー。

 コレうまい。


「さすが夏織ちゃんのオススメだね!」


「へへ、ありがと。じゃあ、私もいただいちゃおっかなー」


「うん! 食べて食べて!」


「そんな急かさなくても。私は食べたことあるんだからさ」


「あ、そっか」




 その後は、夏織ちゃんと楽しくパンケーキを分け合った。


 俺の不安や緊張はいつの間にか消えていた。



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