第24話 棚から牡丹餅 中編
結局、坂本さんサポートのまま全メニューが終了し、部員とぞろぞろと部室に引き上げていく。
今日も部活が終わる頃には足はパンパンになってると予想していたが、今日の別メニューは少し軽めだった。
部長曰く、「休息も練習のうち」だとか。
なんて優しい人だ一瞬感激したけど、部長の顔から『ちゃんと徐々にきつくしてやるからな』と書いてあるのを読み取れたので悪寒のようなものも感じた。
……いや、そんな俺の話はどうでもいい。
今日の主役は——
「いやー、坂本さんがあんなに可愛かったとはなー!」
「ああ、驚いた!」
そう、坂本さんだ。
男子はみな坂本さんに夢中になっている。
「坂本さんの掛け声もよかったなー。これから毎日やってくれねえかなー」
「えー! そしたら木村さんにやってもらえなくなるじゃんか! 俺は木村さん派だね」
「俺は坂本さん!」
「木村!」「坂本!」「木村!」「坂本!」
部室内で自分の推しを言い合う男子達。
木村さんと坂本さん、ほぼ互角だ。
俺は木村さんが修斗と付き合っていると知ってるのでひっそりと坂本さんに一票入れておいた。
坂本さん、こんなに人気者になるとは予想外だった。
元々は坂本さんに楽しんでもらうための作戦だったのに。
楽しんでるのは男子の方で、坂本さんに本当に楽しんでもらえたか少し不安だ。
いつの間にか坂本さんはイメチェンしてるし。
予想外なことばかり起こるな。
「えーーーーー!」
坂本フィーバーの余韻を噛み締めていると、外から大きな叫び声が聞こえる。
……また何か予想外のことでも起きたのか?
部室から、着替え終わった奴らと外に飛び出す。
「どうした?!」
「何があった?」
「さ、さ、坂本さんが……」
俺たちは「坂本さんがどうかしたのか?」と聞くと、叫んだ部員が少し離れたところを指差す。
指の先を見ると、そこには見慣れた坂本さんがいた。
前髪を下ろし、メガネをかけた坂本さんだ。
そんな坂本さんを見つけた部員達、大挙して押し寄せる。
「坂本さん! 一体どうして戻しちゃったんだよぉ!」
「……コンタクトは普段しないので。疲れたので外しました」
「だからって髪まで戻さないでもいいのにー!」
「なあ! あんなに可愛かったのに!」
「かっ、かっ、可愛い?! 私が?!」
坂本さん、言い慣れていないことを言われてか、顔が真っ赤になっている。
「坂本さん! また練習の手伝いしてくれるよね?!」
「か、考えておきます。それでは私、帰りますので」
坂本さんは「さようなら」と小さく言い残し、小さな歩幅をフル回転させて男子の包囲を突破していった。
……坂本さん、楽しんでくれたかな?
坂本さんがどう思ったかが気になるところだが、部室に荷物を取り俺も帰路に着いた。
◇◇◇
ただいま午後九時半。
夏織ちゃんと夜ご飯を食べ終えてソファーでくつろいでいるところだ。
今日も夏織ちゃんに足のマッサージをしてもらいたかったのに、「今日は余裕ありそうだからダメ」と一蹴されてしまった。
確かに昨日と比べると足の疲労感は少ないけど……。
そんなこと言わなければバレないと思ってたのに。
不思議に思って理由を聞くと、なんでも、「帰ってきたときの歩き方を見ればわかる」らしい。
夏織ちゃんもよく見てるな……。
おかげで俺の楽しみが一つ消え去ってしまった。
……ま、ズルはダメってことですね。
——ブブッ
「なったの孝太くんの?」
「うん」
一人、夏織ちゃんのマッサージを名残惜しんでいると、スマホにメッセージが届く。
……誰だ?
部活のグループチャットは坂本さん坂本さんって大騒ぎしてるから通知を切ってるし……。
あ、高木かな?
そういえばお礼言えてないな。ちゃんと言わなきゃな。
そうあたりをつけたところでメッセージを開く。
が、その主はまさかの人だった。
『坂本です。朝倉さんであっていますか?』
さ、坂本さん?!
まさかの送り主だ。
『朝倉であってるよ。どうしたの?』
『あ、よかったです。このアカウントは木村さんに教えてもらいました。今日のお礼を言いたくて』
『お礼って何の?』
『隠さなくて大丈夫です。部活終わりに今日のことは木村さんから聞き出しました』
木村さん、言っちゃったのか……。
一回とぼけたのが恥ずかしいし、裏での動きが本人にバレたのも気恥ずかしい。
あんなこと柄じゃないからな……。
『勝手なことしてごめん』
『いえ、昨日の私の話を気にしてくれたんですよね? 気を使ってくれてありがとうございました』
『ううん、でも坂本さんあんな格好してくるとは思わなくってびっくりしたよ』
『昨日の夜に木村さんに強く言われたんです。絶対似合うから一回やってください、って。まさかその日に木村さんがいなくなるとは思ってませんでしたけど』
なるほど。
仕掛け人は木村さんだったか。
見る目があるというか、やり手というか……。
前から思ってたとしても、このタイミングで押してくるとは、関心しか生まれない。
ありがとうございました。
『そのおかげで皆盛り上がったよ』
『はい、去年とは全然違うのでびっくりしました。変じゃありませんでした?』
『全然変じゃなかったよ! すごく似合ってた!』
『そこまではっきり言い切られると恥ずかしいですが……。それならよかったです。最初は皆の反応にびっくりしましたけど、最後はちょっと慣れましたし』
坂本さんとのチャットが弾む。
これまで女子とこんなにメッセージのやり取りをしたことないけど、去年から知ってる人だしな。
やり取りも数往復し、予想外のメッセージに対する驚きが薄まっできたところで一つの疑問が膨らんでくる。
『ところでさ。坂本さん、今日は楽しかった?』
ちょっと脈絡がないかもしれないけど、これは聞いておかないと気がすまなかった。
疑問をそのまま送信する。
返事が返ってくるまでドキドキする。
けれど、返事が返ってくるまでに時間はかからなかった。
『はい。朝倉君のおかげで普段と違うことができて楽しかったですよ』
直後に犬が満足そうにキラキラを出しているスタンプが送られてくる。
……よかった。
あんな聞き方されたらこう返事をするかもしれないけど、そう言ってくれてようやく安心できた。
『そう言ってもらえてよかったよ。よかったらまたやってね』
『たまにはいいかもしれませんね』
その後数回メッセージを送りあって、その日のチャットは終了した。
坂本さん、喜んでくれたならよかったな。
スマホを置いて夏織ちゃんの見ているテレビを見ると、夏織ちゃんが「お風呂できたけど、孝太くん先入る?」と聞いてくれた。
「うん。じゃあ、お先に頂こうかな」
お言葉に甘えて先にお風呂に入ろう。
そう思ってソファーから立ち上がろうとしたとき——
——ブブッ
再びスマホがメッセージの通知を知らせるべく振動する。
……”Shooterさんがあなたを会話グループに招待しました”?
全く、今日は一体何なんだ。
再びソファーに腰を沈める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。