第16話 いいものがあるんだけど 中編

「今日の練習終わったー!」

「お疲れー」

「腹減ったー」


 部活が終わり汗だくの練習着を替えた人から部室を後にする。


「帰りコンビニ行く人ー?」

「お、行く行く!」

「俺もー」


 有志を募ってコンビニで買い食いする奴らが入れば、


「俺パス」


 俺みたいに直帰する奴もいる。

 まあ、直帰組が多数派なんだけど。


「じゃあなー」

「また明日ー」


 コンビニ組と別れて、一人駐輪場に向かう。


 道中、携帯をチェックすると、珍しく夏織ちゃんからメッセージが来てた。

 そういえば、昨日連絡先交換してたんだった。


 なんだろう?


 夏織ちゃんからの初めてのメッセージ。

 どんな内容が書いてあるだろうかと、少しドキドキしながら開いてみると……。



 ”——

 下の中から一個選んで!!


 1.  か

 2.  し

 3.  て

 ——”


 ほぼ怪奇文章だった。

 題には『いいものがあるんだけど』と書かれている。


 本文に続きがあるかと思いきやメッセージはそれだけで、帽子を深くかぶったカモノハシがクエスチョンマークを浮かべているスタンプが直後に送られていた。


 ……なんだこれ? か・し・て?


 何か貸して欲しいわけじゃないだろうし、なんだ?

 あ、何かの頭文字? なら、もしかして夕食の献立とか??


 そう思うと少し胸がときめく。


 なんだろう、”かに玉”、”しゅうまい”、”天津飯”……。


 うーん、それなら”か”だな。

 多分違うだろうけど。あってたら奇跡だろ。


 しかし、カモノハシのスタンプなんてあるんだな。

 学校の女子はパンダとかネコとかだから、夏織ちゃんもそうかと思った。

 さすが夏織ちゃん。


 そんな変な感心をしながら、『か、で!』とだけ返すと、すぐにOKサインをしたカモノハシが返ってきた。


 あーー中華食べたいな。


 勝手な想像により空腹が増長されたので、さっさと自転車にまたがり帰路に着いた。



 ◇◇◇



「ただいま」


「おかえりー!」


 リビングに入ると今日もキッチンに夏織ちゃんがいた。


「今日はぶりの照り焼きだよ。仕事帰りに買い物に言ったら美味しそうなのがあって!」


「……”ぶ”、か」


 まあ、分かってましたけど。

 やっぱり中華じゃなかったか。


「あれ……? もしかして魚嫌い?」


「いや、なんでもないよ! 俺好き嫌いもないし」


「そ? なら、良かった」


 少し顔に中華の残滓が出てしまった。

 危ない危ない、俺の勝手な想像で夏織ちゃんを悲しませるところだった。


「あ、そういえば。さっきのメッセージはなんだったの?」


「ああ、あれ? あれは後でのお楽しみ! お風呂から出たらね!」


 帰りにもらった不思議なメッセージについて聞いてみるが、逆に焦らされてしまった。


 ……気になるよ!


 けど、夏織ちゃん口を滑らせたな。

 ”見せる”とな?


 まあ今これ以上聞くのはやめとくけど、なんだろうな。

 何を見せてくれるのか、気になる。



 ◇◇◇



 夏織ちゃんの料理は今日も絶品だった。


 疲れた体に染み込む美味しいご飯と夏織ちゃんの笑顔、これだけで疲れがどこかへ吹き飛ぶ。


 そして、風呂に入ったことで、心もリラックスできた。


 ……今日もいい一日だった。明日も頑張ろう。




 ——と、普段ならそう締めくくるところだが、今日はまだメインイベントが残っている。


「お風呂出たよ夏織ちゃん。じゃあ聞かせてもらおっかな。今日の不思議なメッセージについて」


「お! 来たねー!」


 湯上りの美女が今日一番の満面の笑みをする。相変わらず可愛い。


 夏織ちゃんは持っていたリモコンをカツンと強めに机に置くと、「オッケー! ちょっと待ってねー!」と言ってリビングを飛び出ていった。


 答えが気になるモヤモヤとやっと答えがわかるワクワクが混在している。


 けど、夏織ちゃん。すごく楽しそうな顔をしてたな。


 俺も自然と嬉しくなる。



「お待たせ! ”か”であってたよね?!」

「うん」


 勢いよくリビングに入ってくる。

 ソファーに座る俺のすぐ隣にドサっと夏織ちゃんが戻ってきた。


 手を後ろに回してるところをみると、そこに答えがあるのだろう。


「やっと正解発表かあ。めちゃくちゃ気になってたんだから!」

「ふふ、ごめんね。じゃあ期待に応えましてー、正解発表です!


 正解はーー?」


 夏織ちゃんは「ジャーン!」と言いながら手を前に突き出し、俺の眼前に小さな紙切れを出してきた。


 いきなり目の前にきた正解ものに焦点が合わない。

 日焼けした紙……に、何か書いてあるのか?


 少しずつ焦点があってくるのに、文字が読めない。

 汚い字だなあ、えーっと。


「かたたたきけん……?」


 ……あ。

 これって、もしかして……。


「そう! 孝太くんが十年前にくれた肩叩き券でした! 可愛いよねー全部ひらがなで」


 夏織ちゃんは俺に向けた小さな紙切れを手元に戻し懐かしそうに笑っている。


「覚えてる? これ、私の誕生日にくれたんだよ、タンポポと一緒にさ」

「覚えてる、っていうか今思い出したよ……」


 小さい頃の無邪気で純粋な自分の行動が、過去最大級に恥ずかしい……。


 くちゃくちゃな字で『かたたたきけん』と書かれた紙の裏には、『おたん生日おめでとう かおりちゃん』と書いてあった。


「裏にお祝いも書いてくれてね、習った漢字だけ書いてくれたのかな。もらった時本当に嬉しかったー!」


 口に出されると余計に恥ずかしい。

 けど、夏織ちゃんの嬉しそうな顔を見てると『やめてくれ』なんて、とてもじゃないけど言えなかった。


「よくこんな昔のもの取ってあったね。俺でも忘れてたのに……」

「私もつい昨日見つけたの! びっくりしちゃった!」

「こっちのセリフだよ」


 夏織ちゃんはへへへと笑って、またお手製の券を見返してる。


 十年経ってもこんなに喜んでくれるなら、渡してよかったな。

 グッジョブ。十年前の俺。


 こうやって見せられるのはなかなかに恥ずかしいけど、まあ今回限りのことだろうし我慢して——。


 

 ……いや。待て。


 あと二回残ってる。


 ”し”と、”て”が……。


 俺が残りについて確認しようと「あのさ」と夏織ちゃんを見ると、夏織ちゃんは目を大きく開いてこちらを見ていた。


 不意に目が合いびっくりする。


 夏織ちゃんは口を閉じているが口角を上げており、頭の上にピコーンと電球が光っているような表情だ。


恐る恐る「どうしたの」と俺が尋ねると、夏織ちゃんはかたたたきけんを俺にグイッと差し出す。



「じゃ! これでお願いします!」

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