第12話 心は暖かく 中編

 「はー。さっぱりした」


 シャワーを終えてリビングに戻ると、なんとテーブルの上には大量の料理が並んでいた。


 煮込みハンバーグにコーンスープ。

 オムレツにフライドポテトにスライストマト。

 それにあれはチョップドサラダかな?

 とにかく豪華だ。


「……すげえ」


「孝太くんいいところに! あとライスを運んだら完成だよ」


 カウンターに出された飲み物とライスを運ぶと、食卓がさらに華やかになる。

 改めて、すごいご馳走だ。こんなの小さい頃の誕生日パーティ以来か。



 ……夏織ちゃん、今日何かいいことがあったのかな?



 すると、勝手に想像した”いいこと”と言うワードから、修斗と木村さんが連想された。


 まさか彼氏とかできたんじゃ……?

 いやいや待て、そもそもいるかどうかもまだ確認してない。

 うーん、何だろう……。


「じゃあ温かいうちに食べよう! 口に合うといいんだけどなー」


 ……うん、考えてても仕方がない。

 コップや食器も配り終わり、椅子に座るだけになったところで俺から切り出すことにした。


「あのさ。今日すごいご馳走だけど、夏織ちゃん何かいいことでもあったの?」

「えっ。あー……」


 俺の質問を聞き、夏織ちゃんの笑顔が少しずつ暗くなってしまった。

 そして、斜め下に視線を落とすところを見ると、どうやら”いいこと”と言うより”悪いこと”寄りなようだ。


 もしかして、聞かない方がよかったのかも。

 

 少しして、気まずそうな顔をしながら夏織ちゃんが答えてくれる。


「今朝、私寝坊しちゃったでしょ。自分で六時半に集合って言ったくせに……」

「ああ、そうだね」

「うん。それで」


 夏織ちゃんの言葉がそこで止まる。


 なんだそのことか。

 俺は全然気にしてなかったけど、他に言いづらいことでもあるんだろうか?


 俺からもう一回聞いてみる。


「……それで?」

「……ん? だから、”それで”」

「……え? ダカラソレデ?」


 んん? 話が噛み合わない。



 ……あれ。


 まさか。夏織ちゃん——


で、こんなにご馳走作ってくれたの?」

「……うん」


 コクリと頷きながら、小さな返事をする夏織ちゃん。

 視線を落としたまま顔を赤くするその姿は、十歳上の社会人にはとても思えない。

 これまで年上の人に感じたことのない”愛くるしさ”さえ覚える。


 ……また夏織ちゃんの違う一面を見つけてしまった。

 そして何故どれも可愛い。反則だ。


「そんなこと気にしてたの? 俺は全然気にしてなかったのに」

「……本当? 初日からやらかしちゃったから嫌いになられたんじゃないかと思って……」


 ……おいおい。

 なんて健気なんだ、夏織ちゃん。

 むしろ好きになりましたよ。


「あんなことで嫌いにならないよ。むしろ、お邪魔してる立場なのに気を遣わせちゃってごめん」


 夏織ちゃんは黙ったまま首を横にブンブンと振る。


 夏織ちゃんは否定してるけど、朝の時間を俺に合わせようとした結果落ち込んで、挽回しようと苦労をかけさせてしまったのは事実だ。


 この問題はちゃんと解決しないといけない。



「俺さ、夏織ちゃんが俺にここを”自分の家だ”って言ってくれるのと同じで、夏織ちゃんにも普段通り過ごしてほしいよ」


 なだめるために夏織ちゃんに伝えている言葉は、俺の本心だ。


「俺のせいで夏織ちゃんに負担がかかるようなことにはしたくない。お互いに気疲れせずに、それでも楽しく暮らせるのがいいかなーって。


 そんなうまいこと行くかは、まだわからないけど……きっと大丈夫!


 だって俺たち、”相性抜群”なんだから。昨日夏織ちゃんも言ってくれたでしょ?」


 俺が話し終えると、夏織ちゃんは目を大きく見開いてこっちを見ていた。



 ……何だ? 徐々に恥ずかしさがこみ上げてくる。


 俺は一度夏織ちゃんから視線をそらした。



 ……なんか勢い任せなとこもあったけど。

 でも言いたいことは全部言えたぞ。


 けど、いっぺんに言いすぎだったかな?

 ひかれてないかな……。


 満足感と不安感が入り混じる。


 夏織ちゃんに視線を戻してみると、こっちをジッと見つめていた。

 顔に赤みを残したまま目を大きく開いて。


「……孝太くん」

「ど、どうしたの?」


 ……やっぱり変なこと言っちゃったか?

 なだめようとした結果、俺が嫌われたら本末転倒だぞ。


 もしかして俺は取り返しのつかないことをしてしま——


「こうたぁーー!」


 ——えっ。



 —— 一瞬何が起きたかわからない。



 どうやら……。


 どうやら、夏織ちゃんは自分の体を俺の体に押し付けながら、両手を俺の体に回し、強く締めている。



 ……これがハグというやつか。


 夏織ちゃんの体は柔らかくて温かい。


 俺は知らんぞ、こんな幸せ。



「こうたー! きみはいい子だなぁー!」



 夏織ちゃんはそう言いながら俺の頭をなでなでとしている。


 あーもうだめだだめだ何も考えられん。


 ただただ幸福が俺の体に満ちていくのを感じる。



「コーちゃんは昔から優しいね」



 しばらく俺の頭を撫でた後、夏織ちゃんは「ありがと」と言い俺の体から離れていく。

 夏織ちゃん的には弟とかペットを可愛がるくらいよ感覚だったんだろうけど、

 じんわりと 俺の心は暖かくなった。



 ……シャワー浴びといてよかったな。

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