第10話 持つべきは信頼できる友

「はい、それじゃあ授業を終わります」

「起立! 礼!」



 ——ザワザワ。



 午前最後の授業が終わると、生徒はそれぞれの昼食を持ってそれぞれのグループを形成する。


 かくいう俺も、弁当を持って同じクラスのバスケ部連中と食べているのが……。



「あれ、孝太! お前も購買行くの? 珍しいな!」


 購買に向かうべく、水筒だけ持ち教室を出たところで高木修斗に声をかけられた。


 そう、今日の俺は弁当を持ってない。

 朝はと激闘をしていたからな。


 道中のコンビニで何か買ってこればよかったんだが、なにせ初めての道だ。

 朝練に間に合わないと怖いので学校まで寄り道せずに来た。


 結果、朝練開始にギリギリ間に合ったレベルだったので、その選択は正しかった。


 そしてその結果、俺は昼食を調達できず、現在に至る。


「ああ。色々あって……本当に」

「色々ってなんだよ……。あ、それより! 昨日、大丈夫だったか?」


 そうか。そういえば、昨日は部活前に急いで帰ったんだった。



 ……修斗には、夏織ちゃんのこと話しておくべきか?



 話せば間違いなく驚かれる。

 けど、修斗こいつはそれをからかったり、みんなに言いふらしたりはしない。

 中学の頃から、こいつはそういうやつだ。

 デメリットはないと思っていい。


 それに比べて、メリットは非常に大きい。

 修斗は昔からモテる。女性経験は少なくとも俺よりも豊富なはずだ。対女性の適切なアドバイスをもらえる可能性がそれなりにある。


 そして利点はもう一つ。

 このハプニング、俺の心だけに留めておくにはデカすぎる。

 これからも発生するであろう、あらゆる感情を共有する相手が必要だ。


 ……よし、決めた。


「それなんだけど、ちょっと話したいことがあってさ」

「なんだよ? 真面目な顔しちゃって」


 購買で修斗と並んでパンを三つずつ選ぶ。


「ま、いいか。ちょうど俺も孝太に話とかないといけないことがあるからな」

「お前も? なんだよ? 昨日部活で何かあったのか?」

「まあ急かすなって。 じゃあ、中庭にでもいくか」

「え! あそこカップルばっかだろ。他にしようぜ」

「んー。他にいいところあったかなー」


 購買のおじさんにパン代を支払い、パンを抱えて校舎の外へ向かった。



 ◇◇◇




 二人で話をするのにいい場所がなくて、結局中庭に来てしまった。


 カップル達と距離を取るため、ベンチではなくちょっとした段差に腰を下ろす。


「結局中庭か。俺が最初に言った通りになったな」

「しょうがないだろ。他のめぼしいところは思ったより人がいっぱいいたんだから」

「でもさ。逆にここ、人いないな。やっぱカップルだらけのところにはみんな来たくないんだな」


 確かに。修斗の言う通り、中庭が一番人の出入りが少ないようだ。

 いつもは疎ましいカップル連中が、こんな形で役に立つとは。


「それで? 話ってなんだよ」

「ん? ああ、実はな——」


 かくかくしかじか。

 昨日修斗と別れてから起こったことを順番に話した。



 修斗の手は、一つ目のパンを食べようと袋を開けたところで止まっていた。



「まじかよ……なんだそれ……」


 修斗は信じられないと言う表情で言葉を絞り出した。


 うん、そうなるよな。

 俺だって話しながら『なんだこれ』って思ってたさ。


「あ、もちろん他の奴らには言うなよ」

「言えるわけねえだろ」

「あとさ。女性経験は俺よりお前の方があるだろ? 色々相談させてくれよ」

「俺はそんな状況にはなったことねえから、役に立てるとは思えねえぞ」


 修斗はそう不満げ行った後に「ま、わかったよ」と言ってパンをほうばり出した。


 よし、こっちの言いたいことは言えたぞ。

 やっぱり、だいぶ胸が少しはすっきりした気がする。

 やはり持つべきは信頼できる友だな。


「じゃあ、次は修斗の番な。なんだよ、話したいことって」

「いやいやいや。もういいよ。お前の話規模がでかすぎ! 話す気失せたわ」

「いやいやいやいや。話せよ。気になるじゃんか」


 正直、修斗の話にはなんの検討もつかない。

 今日の朝練で一通りの部員に確認したが、昨日の部活では特に何も起きていないはずだ。


 二つ目のパンを食べながら、時折修斗にチラチラと視線を向ける。


 俺のプレッシャーに押されたか、修斗は「ハァ」と一息ついた後に口を開く。


「……彼女、できた」

「へえ。……いつ?」

「……昨日」

「ふーん。……相手は?」

「マネージャー。木村さん」


 合間合間にパンを口にしながら、ローペースで言葉のキャッチボールが続く。


 木村さんは男子バスケ部のマネージャーだ。一つ下の一年生。

 ウェーブのかかったショートヘアに、人懐こい性格で部内の人気者だ


 可愛い一年の女子マネが入り、男達はいいところを見せようと練習に精を出すようになった。

 ……まあ俺もその”男達”の一人なのだが。


 きつい練習中も木村さんの笑顔と「ファイトー!」を聞くと、乗り切れるんだ。不思議なことに。


 でもこれからは木村さんの笑顔も応援も、修斗に向けられるものだと思うと……。


「修斗……」

「ああ……」


 俺がパンをそっと置くと、修斗も同じようにパンをさせる


「お前! よくもっ!!」

「待てって! やめろ!」

「みんなのアイドルを独り占めする気か!」

「そんなつもりはねえよ!」


 俺が掴みかかると、修斗は背中から倒れて抵抗する。


 取っ組みあったまま押したり引っ張ったりして揉みくちゃになるが、お互いに本気じゃないのはわかってる。


 力も本気じゃないし、何より俺も修斗も笑ってる。



 一通り修斗への怒りをぶつけると、服についた汚れをはたきながら立ち上がる。


 ハァハァと軽く息を切らしながら「それで? お前から告ったのか」と聞くと、修斗も起き上がりながら答える。


「いや、木村さんから。昨日部活終わりに呼び出されて」

「マジか。お前からじゃないのかよ。せめてそうであって欲しかった……」

「俺も本気でびびったって!」

「それで? なんて言われたんだよ?」

「それは言えねえよ。木村さんも嫌がるだろうし」

「ここまで言っておいてなんだよ」

「あ。あと、お前もこのことは誰にも言うなよ。広めたくはないけどお前には言っとかなきゃって思っただけだからな」

「ああ。絶対言わないよ」


『キーン コーン カーン コーン』


「やば! もう予鈴!」


 早く食べて教室へ向かわないと。


 残りのパンを口に詰め込む。

 パンの入っていた袋を捨てに行ってると、修斗が何か呟く。


「でもま、孝太の状況も一口に幸せとは言えなそうだな……」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、なんでもー。それより! 今日の話、お互いに秘密だからな!」


「わかってるって」


「木村さんのこと話したら、俺も同棲のことクラス中に言うからな」


「だからわかってるって!」



 本鈴がなる前に教室に戻らないと。


 少し晴れ晴れした気持ちで、修斗と小走りで戻っていった。

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