第7話 社会人と学生の共同生活 後編

「じゃあ。簡単に丼ものしちゃうから」


 夏織さんはエプロンを身につけて、冷蔵庫から材料を出していく。


 十年前、駄菓子屋に通っていた頃のことを思い出す。

 お手伝いに来ていた夏織さんもエプロンをしてたな。


 なんて見とれてる場合じゃない。

 住む場所を与えてもらって、食事も完全にお世話になる気か。


「何か手伝おうか?」


 少しでも役に立とうと、キッチンのカウンター越しに聞いてみる。


 こんなこと、家族以外に言ったことないぞ。

 というかそもそも、この状況が家族みたいだ。


 カウンターの向こうで料理をする妻に聞いている、的な。


「いや、ほんとに簡単なもので済ませちゃうから、向こうで休んでて」


 夏織さんが、俺の妄想に気づくわけもなく、着々と準備を進めていく。

 視線の先はソファとテレビがあるリビングだ。


 だが、流石になにもしないのは気が引ける。


「いや、俺もやるよ」


「孝太くん、お料理するの?」


「……野菜の皮むきくらいなら」


「……もしかして、孝太くん料理しないの? んまあ運動部の高校生なんてそういうものか」


 お恥ずかしいがその通り。

 俺はほとんど料理をしたことがない。


 平日は帰ってきたら母さんがご飯を作ってくれてるし、休日も部活があったり宿題をやったりで料理の手伝いはほとんどしない。

 妹が母の日にご飯を作るとき、それこそ皮むきだけやるレベルだ。


「じゃあ、食後の片付けをやってもらおうかな。お皿洗いとか。だから今はほんとにいいよ。孝太くん休んでて」


「では、お言葉に甘えさせてもらいます」


 そういってすごすご退散する俺を、夏織さんは「どーぞどーぞ」と後押ししてくれた。


 ソファに座り、近くのローテーブルからリモコンをとる。

 言われた通りテレビをつけるが、いつも見ているバラエティではなくニュース番組をつけていた。


 見栄を張っていると思われるかもしれないが、そうじゃない。

 未だ慣れないこの状況でか、内容なんて頭に入ってこないからどの番組でもよかったんだ。


 しかし、この光景も新婚さんみたいだな。

 私がやるからあなたは座って休んでて——的な?


 さっきから俺はなにを考えてるんだ。妄想が過ぎるぞ。


 俺はなんとか自制することに成功し、しばらくテレビを眺めた。



「お待たせー! 運ぶの手伝ってー」


「はーい!」


 召集がかかり、ハッと我に帰る。

 何ができたのか楽しみで、カウンターへ小走りをする。


「今日は、親子丼でーす! 手の込んだ料理じゃなくてごめんね」


 ホカホカと立ち上る湯気と、食欲をそそる匂いが俺の顔を包み込む。


 肉には焼き目がついていて、卵はとろとろの半熟だ。


 全然手抜きには見えない。

 ただただ、うまそうである。


「あとは、大根の和風サラダとお味噌汁ね。あ、よかったらお漬物も食べて」


 次々と料理の乗った皿がカウンターに並べられてくるので、それをダイニングテーブルに移動していく。


「すげえ。美味しそう……」


「さー温かいうちに食べましょ」


 二人で手を合わせて「いただきます」と言い、料理に端を伸ばしていく。


 温かいご飯が身に沁みる。


「どれもこれも、本当に美味しいよ」


「そう? 口にあったならよかった」


 モグモグと頬張りながら嬉しそうにそう言う夏織さん。


「いつも自炊してるの?」


「うん、してるよ。残業とかで特別遅くなる日は別だけど」


 残業……? 


 あ。そうか。

 昔から知ってる人だし、今日だって俺のために色々してくれたけど……。


 夏織さん、社会人なんだ。


 なぜかわからないけど、同世代の女の子と同棲が始まる気がしてたけど、違うんだ。


 一緒の学校にいって、でも他の生徒には内緒にして——とか、

 同じ家に住んでるのがバレるとまずいから登校時間はずらす——とか、

 家で同じ宿題を教え合って解く——とか、


 そう言うのは全くない。

 社会人と学生の共同生活。


 この同棲物語……これからどうなるんだろう。

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