第5話 じゃあ、戻ろっか 後編

 夏織さんの車から僕の荷物を降ろしていると、父さんの車も到着した。


 荷物のほとんどは俺の衣類や鞄、教科書や本だ。

 衣類はもともとクリアボックスに入れてたから手間はかからない。コートの類や本系も段ボールに詰めてくれてあって、俺は荷物を下ろして運ぶだけの引越しになりそうだ。


 最初の荷物と共に、いよいよ俺は夏織さんの部屋の前に到着する。


 夏織さんは「はい、どーぞ」と言いながら部屋の扉を開け、両手の塞がった俺のために抑えてくれている。


「お邪魔します……」


 ついさっき、夏織さんとの生活をエンジョイすると心に決めた俺だが、流石にこれは緊張する。


 恥ずかしい話、高校二年の花の男子高校生だが一度も”女子”の部屋には上がったことがない。

 せいぜい妹の部屋くらいだ。


「コーちゃんの部屋は左の部屋ね」


「はーい」


 自分が借りる部屋に入り荷物を下ろす。

 ベッドだけが置かれた広い部屋だ。


 あと、心なしかいい匂いもする気がする。


「一ヶ月前まで妹がいたんだけど、綺麗なもんでしょ?」


 後ろから俺の肩越しに部屋を覗く夏織さん。


 ……近いです。

 そして、部屋よりもいい匂いがする。


「向かいの部屋が私の部屋で、廊下を突き当たったところがリビング、キッチン、ダイニングの共有スペース。私は大体リビングにいるから、コーちゃんも部屋に引きこもらないでできるだけ来てね」


「努力します」


 指をさしながら部屋の説明を終えた夏織さんは、俺の返事に満足したようでウンウンと頷きながら玄関に向かう。


「よーし、さっさと運んで終わらせちゃおう!」


 拳を突き上げる夏織さんについて、俺たちは再び車へ荷物を取りに行った。





 夏織さんと父さんが手伝ってくれたおかげで搬入は一時間とかからずに終わった。


「これで全部だな。お疲れ様。夏織さんもご協力ありがとうございました」


「いえいえ。思ったより早く終わりましたね」


 父さんと夏織さんがいかにも社会人なお辞儀を丁寧にしあってる。


「それじゃ、父さんは帰るからな。夏織さんに迷惑かけるんじゃないぞ」


「え? 俺は……?」


「何を言ってる。なんのために荷物を運ばせてもらったと思ってるんだ。お前はこちらにお世話になるんだ」


 頭に電流が流れるような、今日一番の衝撃。


 そうか、怒涛の展開に流されてここまで来たけど、引越しってそういうことだよな。


 確認するようにチラッと夏織さんを見ると、元気に首を縦に振っている。

 つられるように俺も数回首を振った。


「じゃあな、また出国する日が決まったら連絡する。夏織さん、孝太をよろしくお願いします」


「はい! 任せてください!」


 父さんが車に乗り込みエンジンをかける。

 夏織さんが車の横へ移動するので、俺もそれについて歩く。


「それでは。お休みなさい」


 窓を開けてそう言い切ると、なんの躊躇もなく発車した。


 父さんの乗った車はあっという間に見えなくなる。


 今、この瞬間から夏織さんと二人きり……。


 そう思うだけで、心拍数が跳ね上がる。

 こんな調子で大丈夫なのか、俺よ。


「じゃあ、戻ろっか」


「あ、はい」


 そうか、”戻る”になるのか、ここは”俺と夏織さんが暮らす家”なんだから。



 夏織さんにバレないように、火照った顔を手で冷やしながら部屋に戻る。

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