第一章 皇陵学園 小話 「朝の憂鬱なひと時」

その翌日。俺は姉の逸華いちかに叩き起こされていた。


「……ぇ……ねぇってば……苓! いい加減起きなさい!」


朝から元気なことだ。昨日は久々に少し運動して疲れたのだからもう少し寝ても怒られはしないだろう。まず、今日は休もうと思っていたのだから。


「ん……俺、今日は休む。 体調不良だとでも伝えといてくれ……」


「ダメに決まってるでしょ! 出席日数足りなくなるよ?」


そう言っていつかは俺の掛布団を剥ぎ取ろうと引っ張る。が、俺も譲る気はさらさらないので、思い切り力を入れて阻止する。何が何でも行く気はない。一時間目から体力テストなんてふざけんな。


「私もう行くからね!間に合わなくなっちゃう!」


うるさいヤツは走り方もうるさいようだ。バタバタと大きな音を立てながら廊下を走っていき、出て行った。やっと静かになったか。


……と、思ったが、なぜか戻ってきた。俺の部屋に駆け込む。何をしに帰って来たのか聞こうと思った次の瞬間、俺を叩き起こすときよりも大きな奇声を発し始めた。


「ちょ、ちょっっっ、あ、あのねあのね、え~とっ」


「落ち着け落ち着け。普段よりもさらにうるさいぞ。取り敢えず息を整えて、状況を整理してから話せ」


目をつむったまま俺がそういうと、逸華はおおきく息を吸い込み、2、3回深呼吸をしてから、一言一言自分に言い聞かせる様にゆっくりとしゃべり始めた。


「れ、苓のお、お友達?が、も、門の前で待っててくれてるの?」


何故疑問形なんだ。失礼な奴だな。それに、俺に聞いたってお前が見たんだから俺が知るはずがない。さらに馬鹿になったか?


「れ、苓に友達いたんだ……」


何回も思うが、我が姉ながら失礼な奴だな。

まあ、おそらく北条だろう。てか、まだ春先だぞ。外じゃ寒いだろ。入れてやれよ。


「可哀想に……見たんなら入れてやれよ……」

そう皮肉っぽく言うと、未だにブツブツとつぶやいていた逸華は思い出した様にはっと顔をあげ、またバタバタと音を立てて走って行った。本当に朝から騒がしい。


しかし、北条のことなので、俺の部屋まで図々しく上がってくるかもしれない。俺は目を開ける。少しだけ片付けておこう。まったくもって面倒くさい。これじゃあ休もうにも休めないじゃないか。


「はぁ……」

俺は一体一日に何度ため息をつけばいいのだろうか。布団を片付け終わると、丁度だれかが部屋の戸に手を掛ける音がした。その音を合図にしたように、俺は眼鏡をかける。


「あ、逸華さん、時間もないのにありがとうございました」

そう思ってるならここに来ずにそのまま学校に行けよ。寄り道するな。


「さて、やぁやぁおはよう! 君の友達第一号こと、親友の咲也君が迎えに来てあげたよ!」


こいつもこいつでなんなんだ。朝から吃驚びっくりするくらいうざいぞ。取り敢えず思ったことを返しておく。

「俺はお前を一度も親友と思ったことはない。まず、友達だったのか? 初めて知ったぞ。昨日会ったばかりだろ?」


「うーん。取り敢えず、お、は、よ、う? 挨拶あいさつはきちんとしようね?」

さてはこいつ、返答するのが面倒になったな。


「お、は、よ、う」

「…………」


「お、は、よ、う」

「……おはよう」


こん負けした。思った以上にしつこかった。というか、迎えに来てあげたってどういうことだ?オレは学園に行く気はないのだが?まず頼んでない。迎えに来るなんて全くもって聞いていないのだが?


「ほらほらー、着替えて着替えて。それにしても無駄に広いねー、苓の部屋。軽く15畳はあるのに……5畳くらいしか使ってないじゃん……ていうか苓、前髪長くない? ボサボサじゃん。前見えてるの?」


広いのも逆に不便なのだ。それに、この家の中では一番狭い部屋なのにこれだからな。置くものといえば限られるだろ。必要最低限のものしかいらない。邪魔になる。といっても、本だけはたくさんあるのだが。北条が俺の部屋を見学しているうちに、制服に着替える。


髪のことはこいつにだけは言われたくなかった。俺が前髪を伸ばしてるのにもそれ相応の理由はあるわけだし、こいつのように縛らなければいけないわけでもない。まあ、前髪が長いと邪魔ではあるのだが。


「アレ? 行く気になってくれたんだ」


「いかないとお前と逸華がうるさいからな」

そう言ってカバンを引っ掛けて玄関に向かって歩いて行く。各部屋が広い分、廊下も長い。外に出ると、だいぶ日が高いところにあった。チャイムにギリギリ間に合うか間に合わないかだ。2人で走りだす。


「ちょっと~。苓がおそいからおくれそうじゃん授業初日から遅刻とか僕やだよ?」

そう言いつつも北条はまったく焦っていない。


「だったら最初から俺の家なんかに寄らずに学校に行けばよかっただろう」


「え~寂しいこと言わないでよ。」


そんなことを言いつつも、走るスピードは緩めない。ふと上を見ると、瑠香がいた。いいよな。空飛べる奴は。俺も異能を使えばできないこともないが、制御が難しい。


「というかお前、どうやって俺の家を知ったんだ?」


「ん~? ……なんか、昨日の夜に歩いてたらたまたまみつけた……?」

何で疑問形なんだよ。こいつの場合嘘をついてるようにしか聞こえなくなる。それにしれっと深夜徘徊してんじゃねーよ。補導されるぞ。


こいつ、わかってやってんな? まあヘマはしないだろうが。そう言って他愛のない会話をしながら学校まで走っていく。2㎞ほど走っただろうか。校門が見えてきたとき、チャイムが聞こえた。


「ちょ、間に合わない!」


……どちらを使うか少し迷って、さっき飛んで行った瑠香を思い出す。少しおちょくってやろうかな。


俺は北条を左腕に抱え、異能を使った。


「わっ…………え? ここって」

北条は少し驚いている。まあ当たり前だな。この前会場を復元したときのようになぜか一人で納得するかと思ったが、しかめっ面で、


「自分で考えろって、ひどくない? ねえ、苓」

と言ってきた。何のことだよ。それにしても、今いるところは皇陵学園の玄関。もう少し遅かったら土足で廊下に立っているところだな。


どちらにせよ、ギリギリセーフなので良しとする。この後は体力テストか。やっぱり来たくなかった。

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