第2話 【大賢者】になりました
地球には、既に地球外生命体が何度か来訪しているらしい。
ある物理学者がそう考えていたとどこかの本で読んだことがある。会えないだけで確かに地球に来ているのだと。私には小難しい話はよく分からないが、私がその時感じたことは、長い間生きていたら、もしかしたら会えるかもしれないということだ。会えていないだけで、来訪しているのだから会える可能性は多少なりともある。
まあつまり私が言いたいのは、生きていると、不思議の一つや二つと出逢う可能性が非常に高いということだ。
実際、長くあってほしい人生の中で、十五年しか生きていない私でも、現在進行形で不思議と遭遇し続けている。
天界だとか、地獄の門だとか、剣と魔法の世界だとか、ちびっこ女神のマリアさんだとか、ーー異世界転移だとか。
「ちょっと待って」
「何ですか?」
マリアさんの言葉にストップを掛けたのは、我が親友の理茶だった。いつものクールな表情に、ほんの少しの困惑を滲ませてこめかみに手を当てている。
「えっと…その異世界転移?って、何か目的でもあるの?それと、何で私達カグ高の生徒が選ばれた訳?」
生徒達が感じていたであろう疑問を的確に聞いてくれる理茶はやはりこの場でもイケメンだった。前にこれを言ったらあんたに惚れられても嬉しくないわ、と分かりづらいが嬉しそうに頬を緩めていた。私の親友は今日も可愛い。
「そうですねぇ…それも説明した方がいいですよね!」
そう言って首を傾げると、マリアさんは更に高いところへとふわりと浮き上がる。高い天井にも、手を伸ばせば届きそうなくらいの高さだ。やっぱり魔法ってすごいね!と理茶に耳打ちしたら、あんたの精神力に比べたら普通だけどね、と返された。えっと…褒められてます?
飛んでいるマリアさんへの困惑とこの場所が天国のような場所ということへの困惑と異世界転移という非現実的な発言への困惑で、どういうこと?などとざわめいている生徒達に向かって、マリアさんは唇に人差し指を当てる。
「皆さん、静かにしてくださーい。確かに、急にこんなことを言われて驚いたかもしれませんが…」
驚いたどころの話じゃないけど…と誰かが呟く。
「えーっと…理茶さん、でしたっけ?」
理茶を見てマリアさんが首を傾げる。私と理茶の会話を聞いていたのか、理茶の名前は覚えていた模様。
「理茶さんの疑問にお答えしましょう。…と、その前に、皆さん。異世界について少しお話します」
マリアさんはそう言いながら人差し指をくるりと回した。それと同時に、建物が白く眩い光に包まれる。神聖で、荘厳な光。
あまりの眩しさに生徒達は目を閉じ、そして開けた時にはーー
「のわっ、浮いてる!?」
「うわぁぁぁっ!?」
「すご…っ!浮いてる……っ!?」
思わず、隣の理茶にしがみついてしまう。他の生徒達も、程度の差はあれど同じように、おっかなびっくり、澄みきった青空を見回したり、眼下に広がる景色に驚きつつ見惚れたりーー浮かんでいる自分達を見て声にならない歓声を抱きながら、空の高い場所にいる自分達に驚きながら。
生徒達は青空の中にいた。浮かんでいる、や飛んでいる、という感覚とはまた違う。空に立っていると言った方が近い感覚だ。
そして目線を下げると、生徒達の足の遥か下に広がる、森林、街、城ーー異世界らしいファンタジー風の世界が見える。
驚きつつも、小さい頃一度は夢見た、空を飛ぶという事に高揚し、そして興奮した声を、生徒達の誰もが発していた。未だおっかなびっくりな様子だが、私と理茶は空を歩いてみる。初夏のような、どこか湿って夏の匂いがする風が頬を優しく穏やかに撫でていく。
思わず理茶と顔を見合わせ、微笑む。
青空の中は、風がよく通るらしい。気持ちのいい晴天なのもあって、空中散歩はとても楽しく心地よい。皆より少し高い場所に浮き上がっているマリアさんが、困惑し、驚きながらも青空の中で幼子のようにはしゃぐ生徒達を微笑ましそうに見やりながら口を開く。
「ここが、皆さんに転移してもらう王国ーーシャルリエ王国です」
緑豊かである土地柄の特徴を利用し、各国と貿易や外交を積極的に行い、交通機関もある程度は発達しており、この世界でも文化水準の特に高く栄えている、歴史ある大国ですよ、というマリアさんの説明に違わず、眼下に広がる国はぱっと見でも栄えていることが分かる。
わあ、と小さく喜びの声を漏らす私に微笑みかけながらマリアさんは続ける。
「まあ、といってもこの今いる世界の景色は実物ではありません。あくまで私の中のシャルリエ王国の景色の記憶を皆さんに見せているだけですが……って、皆さんあまりそんなこと気にしていないようですが」
「だって、こんなに本物みたいなんだしね。これも魔法なのっ?」
苦笑するマリアさんにずいと身を乗り出して聞くと、曖昧に笑った。
「そう、ですね…。まあ、似たようなものです」
釈然としない物言いに内心首をひねる。そういえば、とマリアさんの言っていた言葉をふと思い出す。
天界に魔法を使う機能はない、と。
おにぎりとおむすびの違いみたいなものですか?考えれば考えるほど頭がこんがらがるのでとりあえずこの疑問は置いておく。
コホン、とマリアさんは咳払いをして厳かに話し始める。
「この世界には、魔王と勇者がいました」
「いました?何で過去形なの?」
理茶が小首を傾げると、マリアさんは緩く目を閉じた。
「……もう何百年も前のことです。この世界に魔王が現れ、世界は滅亡する寸前でした。しかし、同じ時代にいた勇者と呼ばれていた少女が自身もろとも、魔王をある国ーーこのシャルリエ王国、最北端にあるイグリア山へと封印した…という伝承がこの世界に伝わっています。なので、現在この世界に勇者も魔王もいないのです」
「はい!マリアさん、質問です!」
元気よく挙手した私にマリアさんが頷く。聞きたいことがあると聞かずにいられない
「どうぞ、ラムネシアさん」
マリアさんの中では、私は、おそらくマリアさんの考えた異世界での名前で呼ぶことになったらしい。長めの名前だが、実を言うと結構気に入っている。自分の名前の羅夢も入っているし。
覚えやすいと分かりやすいが合わさって大変グッドだ。花丸だ。
…はっ、そうだ質問するんだった、と我に返る。
また思考の奥深くへと潜り込みかけていた。危ない危ない。
「魔王がいて、勇者がいて…結局世界は救われてどっちもいないんだよね。なら私達、何の為に転移するの?理茶も今さっき聞いてたけど。…まあ、私は異世界に行けるから大歓迎ではあるんだけど」
最後の方に小さく本音が漏れてしまった。
そう。私は大歓迎でも、他の人は違うだろう。先程のマリアさんの言葉に喜んでいたのも私一人だけだったし。特に理茶は見るからに嫌そうな顔をしていたし。
私達には私達の世界がある。日常がある。人生がある。
それを急に、違う世界に行かされるなんて…やっぱり皆も抵抗があるのだろう。私でさえもほんの少しの抵抗感はあった。が、異世界への興奮に容易くそれは塗り潰されてしまった。例外というのは私自身も多少は自覚している。さすがに、私もそこまで馬鹿ではない。…ことを願う。
もちろん、皆が私のようにはいかないことも分かっている。だからこその、この質問だ。
理由も無しに異世界に放り込まれる訳がないし…そうだったら嫌だ。
私の人生は私のものだ。
理茶の人生も、当然理茶自身のものだ。
この場の全員の人生を変えてしまうなんて、いくらマリアさんが女神であってもそんなことあってはいけない。…あっていいはずがない。
たくさんの自分に集まる視線をものともせずにマリアさんは肩をすくめた。
あどけないようでどこか老成したその仕草に、何故か私は、きっと長い年月を生きてきたであろう女神という存在の片鱗を実感した。
「そうですね、先程の理茶さんの質問にまだ答えていませんでした。…先程ラムネシアさんにも言いましたが…この世界は、想像力で魔法を扱います。なんとなくイメージは出来ると思いますが…魔法、つまりこの世界での魔法は、自身の想像力でイメージしたもの、事象を、再現したり創造したりするというものです。難しく言うと、自身の想像力で世界そのものに干渉し、世界の一部を改変するという行為が魔法です」
生徒達は顔を見合わせたり、首をひねったり、はたまた理解した顔で小さく頷いたりと様々な反応を返した。
理茶はクールながらいつもの人の好さそうな表情のまま小さく頷いていた。私もそっち側に入りたかった。私の頭脳ではそっち側に行けそうもない。無念だ。
「魔法は自身の想像力を駆使して行使します。まあつまりは、創る物体、起こす事象などのイメージが鮮明であればある程に威力の高い魔法や高度な魔法を扱えるということですね」
マリアさんの説明に生徒達は揃ってふむふむと頷く。なんて私向きの魔法の使い方なんだろう、と心の中で歓喜の叫びをあげながら私も頷く。
と、ここでマリアさんが深々と溜息をつく。
「ですが一つ、困ったことがありまして…。その問題を皆さんに解決して頂きたいのです。それが皆さんに異世界へ転移してもらう理由です」
「問題って?」
私がまたもや首を傾げて問うと、マリアさんは若干わざとらしく眉を寄せ額に手を当てていかにも困ったというような顔をした。
「この世界は想像力で魔法を使います。それすなわち、想像力が無ければ魔法が使えないということです。ーー困ったことに、この世界は年月を重ねるごとにどんどん全体的に人々の想像力が低下しているのです」
想像力が…低下?思いもよらぬ言葉にぽかんと口を開ける。理茶が私の開いた口を閉じてくれながら首を傾げる。
「それ、何か問題なの?私達は魔法なんかなくてもしっかり生きていられてるけど」
マリアさんは憂うようにはあと溜息をつく。
マリアさんの動作はどこか演技がかっていて本心があまり読めない。
「皆さんの世界はもともと魔法が無い状態で文明を築いてきたんです。逆に今から魔法が使えるような世界になったら、それこそ世界が滅亡してしまうでしょう?」
納得した顔で理茶が頷くのを確認してマリアさんは続ける。
「それぞれの世界はそれぞれの環境に適応した文明を築くんです。例えば、ですが……皆さんの住む世界で文明を支えている強力な力…科学などがなくなったら、文明は崩壊してしまうんです。当たり前にあった文明を支えるものがなくなると、世界は簡単に滅亡してしまいます。…実際そうなった世界は何個も見てきましたしね」
最後は感情を押し殺すように無表情で小さく呟いた。
女神には女神の苦悩があり、痛みがあるのだと、その姿を見て頭の片隅がそう零す。
「だからこそ、その未来を変えたいんです。どうか、この美しい世界を私と共に救ってください」
どこまでも真摯なその眼差しに生徒達がまたざわめく。今度は、不安と良心の混ざり合う声。
私は深く息を吸い、吐いた。
どうしたいか、は先程のマリアさんの異世界転移宣言の時から決まっている。
私は、魔法が使ってみたい。私は、魔法が好きだ。魔法は、私の夢だ。
私の想像力がこの世界でどこまで通用するのか知りたい。見てみたい。試してみたい。
けれど、私には家族もいる。
今までの日常と、新しい非日常。これはどちらをとるかの問いだ。この問いはまだただの高校一年生の私には重すぎる。どうしたいか、は分かっても、どうすべきか、の正解はまだ私には分からない。
でも。
「ーーやろう」
小さく小さく、呟いた。
そう。だからといって、滅ぶかもしれない世界をそうと知っていながら見過ごすことなんてできない。その世界にだって、日常がある。必死に生きる人々がいる。
もしかしたら。この視界いっぱいに広がる世界にも、『中学生の頃の』私のように、ありえないと言われるようなことを馬鹿みたいに夢見てしまうような、そんな馬鹿な考えを持つ馬鹿な子がいるかもしれない。
そんな子が、そんな馬鹿な夢さえ見られなくなるような世界には。
したくない。させたくはない。
今ここで、この無知で美しい世界を見捨ててしまったら、私はきっと後悔する。
『ありえない夢見て妄想して、馬鹿じゃないの?』
中学生の頃、何度も言われた言葉だ。ささやかで大それた私の夢は、そんな言葉で片付けられる。当然かもしれない。現実を見ろと、そう諭されていたのかもしれない。それは多分、正しいことなのだ。
けど、それがどうした?
魔法を夢見て何が悪い。信じたいものを信じて何が悪い。
きっと、間違っているのは、私だ。でもそれで諦められるほど、私は利口じゃない。確実に阿呆の部類だ。だからこそ思うのだ。
誰かの夢が呆気なく、誰かの善意のような悪意で、私の手で、壊れてしまうのは嫌だ。
たとえそれが叶わないような夢であったとしても。
だから私は、
「私、行くよ。この世界に。マリアさんも一緒に来てくれるんでしょ?女神様が着いてるんなら向かうところ敵無し、だしね!」
マリアさんは微笑んだ。それが正解だ、と言うように。
「もちろんです。私は王国に何度も来訪しているので、皆さんのお役に立てると思いますよ?」
いたずらっぽく笑ってマリアさんは言う。するとそれに感化されたように、少しずつそれに賛同するかのような生徒達の声の波が広がっていく。
「まあ……ここで救けないのも後味が悪いしね…」
「見捨てるのもちょっとアレだしな……」
「何とかなるよね…女神様がついてるし」
渋々という感じの滲む声だが、それは確かに異世界転移へと前向きな声であった。
この風景はなかなか胸にくるものがある。顔には出さずに感動を噛み締めながら隣の少女を見る。
「理茶は、どうする?」
理茶は私の問いに苦々しそうな響きの声のわりにいつもどおりのお人好しの
「…羅夢が行くなら、私も行くよ。困ってる人がいるなら、助け合わないと」
やれやれと面倒見のいい親友は鼻を鳴らす。アネゴ肌で困っている人を放っておけない性格の親友に恵まれていて良かったと心から思った。一人でいくのは少し怖いけれど…理茶が、女神様が、学校の皆がいるからきっと大丈夫だ!多分。
マリアさんは聖母のような笑みを浮かべる。
……そうだ、この人こんなにお転婆だけど女神だった。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。では魔法を解除しますね」
マリアさんがまた指をくるりと回す。瞬きの内に、私達はあの白い教会のような建物に戻っていた。さすがは女神様だ。格好いい。
「では、早速転移させます。…転移させるの慣れてないからちょっと揺れるかもしれないので、衝撃に耐えられる姿勢をとっておいてくださいね」
最後の小声の忠告に、ぎょっとした顔で生徒達は頭を守る姿勢をとる。ちょっと避難訓練みたいで楽しいと思ったのは秘密だ。
「じゃあ行きます!……そーーれっ!!」
マリアさんの気合の入った声を最後に、私、いや私達は意識を失った。
あのう、せめてそのそーれとかいう掛け声、何とかなりません?
私のツッコミに、マリアさんが楽しそうに笑った…気がした。
緑だ、と不意に思う。視界を埋め尽くすのは緑色。はて、と首を傾げる。芝生だろうか。今日の夢は草原に倒れ込む夢なのか?なんてつまらない夢なんだろう。
「………はっ!違う違う、異世界転移だよ!」
勢いよく草原から立ち上がる。せっかくの異世界転移なんだから、一秒も無駄にしたくはない。
立ち上がり周りを見渡すと、どこまで続くのかと思うほど広大な、いや広大すぎる草原に生徒達が寝っ転がっている。何だか物凄く既視感のある光景だった。
隣の理茶はまだ目を覚まさない。寝不足なのだろうか。そっとしておいてあげよう。
マリアさんはまだ来ておらず、やることもないので草原を歩き回る。どんどん歩いていく内に、崖のような場所に辿り着いた。何だかファンタジーっぽいぞ、と密かにテンションが上がる。崖からは、王国が見えた。何となく見たことのある国だから、シャルリエ王国だろう。目を細めて細部を見ようとするも遠くで見づらい。双眼鏡が欲しい。
栄えていそうなことは分かったが、もっと近くで見たい、けどマリアさんが到着するまで待った方がいいだろうか。
うんうん唸って考えた結果、とりあえずもとの草原に戻ることにした。あんまり離れると迷子になりそうだし。
と、そこまで考えたところで迷子についての黒歴史を思い出して若干げんなりする。
「ラムネシアさんは中学生の時にも迷子になるような方向音痴なんですね。まあ、何となくそんな気はしていましたけど」
「登場のついでに軽くディスられるとは思ってなかった」
それとナチュラルに心を読むのやめてほしい。心臓に悪い。
抗議の意味を込めてジト目で楽しそうなマリアさんを見つめる。いつの間にやら私の後ろにいたらしい。女神様って本当に心臓に悪い。
「マリアさん。前から思ってたんだけど、その読心術みたいなのって魔法?」
「え、いやラムネシアさんが分かりやすいだけです」
またディスられた。さすがの私もムッとする。これは怒っていいよね?
「あ、でも、実は私が今さっき天界で使っていたのは魔法ではない魔法なんですよ」
「え、何それ教えて」
明らかに話題を逸らそうとした一言だったが私は軽々とそれに引っ掛かった。魔法への興味には勝てないのだ。
「世界って、何個もあるんです。それはもう数え切れないくらい。その中心にあるのが天界です。天界は全ての世界と繋がっている分、様々な世界の要素が混じっているんです。魔法や、科学、それらの要素が混ざり合ってできたのが、天界の魔法であって魔法でないもの。それが聖術です。これはさすがのラムネシアさんにも真似はできません。何しろ、女神やら天使やらの天界の住人にしか伝わっていないので」
天界の住民って何だろう、と厨二心がざわめく。それを押し留めながら想像する。聖術、というぐらいだから光とか回復とかそういう魔法だろうか。
あと、さりげなく褒められたのか貶されたのか分からないことを言われた。どっちなんだろう。前者であってほしい。
「想像力で魔法を操るんなら、羅夢でも出来そうだけどね。さすがに天界の住人にはなれないか」
私の知り合いはどうも登場が突然だ。いつの間にか隣に立っていた理茶は悪戯っぽく笑った。二人して私をからかおうとしている。いや私がからかわれ体質なのか?これは由々しき事態だ、改めなければ、と気を引き締める。
いつの間にやら生徒達は起きていた。どれだけ周りが見えていなかったんだろう、私。
「草原広い…!」「広すぎじゃないこれ」「草原しか見えない」
褒めているかはよく分からないが、とりあえず草原の広さには皆驚いているみたいだ。私も最初は驚いた。あれみたいだよね、「某オープニングでめちゃくちゃでかいブランコに乗ってる少女」の出てくるアニメに出てきそうだよね。
「じゃあ、行きましょう。ここからシャルリエ王国まではそう遠くありませんから」
マリアさんが先頭をきって、今さっき私が向かった崖の方向へと歩き始める。その後に八百人ほどの生徒達が続く様子は壮観だった。小学生の頃の全校遠足みたいだ。その倍は人がいるけど。
「ていうかマリアさん、普通に王国へ直接転移させれば移動しなくても良かったんじゃないの?」
ふふ、とマリアさんが笑う。
「気分ですよ気分。こういうファンタジーな場所に転移させた方が異世界を実感できますからね」
気分かい。まあ…確かにこんなだだっ広い草原は地球になかなかないから、異世界っぽいと言ったら異世界っぽいかもしれない。女神様なりの気遣いだろう。
「にしても……どうやって王国に行く訳?こっちはもう崖だけど」
理茶が訝しげに首をひねる。確かに、私達は崖に立っていた。先頭の私達はもう何歩か進めば落ちる。風が吹き上げてきてなかなかにトラウマになりそうな光景だ。思わず足がすくむ。うう、怖い。こちとら高所恐怖症ぎみなんだぞ。一刻も早くここを離れたい。背筋が冷たくなっていく気がした。
「えーっとですね、落ちてもらいます」
………はい?今何と?
「とりあえず、崖から落下してもらって…」
「ちょい待ち、とりあえず待って」
理茶が青褪めながらマリアさんにストップを掛ける。が、マリアさんは全力で無視をして
「じゃあいきます!ほいっ」
またまた力の抜けたマリアさんの掛け声で、私達は空へと打ち上げられた。とてつもなく強い竜巻に巻き上げられて。
「死ぬぅぅぅぅっっ!!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁ」
「助けてぇぇぇぇぇぇぇっっ」
「落ちるぅぅぅぅぅぅ」
竜巻で打ち上げられた生徒達は悲鳴やら叫び声やらを上げて、今度は崖から真っ逆さまに落ちていった。
あ、私?竜巻で打ち上げられた瞬間に気絶したので今は白目を剥いています。ご愁傷さまです。
何だか私、今日何度も気絶してません?厄日なのかラッキーデーなのかよく分からない。
とりあえず、私はもう無理そうなのでリタイアします。誰に言うとでもなく頭の中で呟き、またもや視界が暗転した。
真っ暗闇の中最初に聞こえたのは、理茶の声だった。
「……ーい、おーい、羅夢ー、起きてー」
理茶がペチペチと私の頬を叩いて起こそうとしてくれているのが目を閉じていても分かった。しかし友よ、私は今とてつもなく眠いのだ。あと5分だけ寝かせてくれ。
「……羅夢、ドラゴンがいるよ」
「ドラゴン!?!?!?」
勢いよく起き上がる。ドラゴンという、ファンタジー生物の代名詞の単語を聞き眠気など吹っ飛んでしまった。安いな、私……。
「おはよ、ドラゴンはいないよ」
「………まあいいんだけどね」
何となく分かっていた。しかし分かっていても反応してしまうのが私という人間なのだ。…あれ、今の言葉ちょっと格好良くない?…あ、格好良くないですかそうですか……。
「…で、ここどこ?」
「崖の下」
端的で分かりやすい理茶の言葉に、現状を把握する。
どうやら私の周りで死んだように横たわっている生徒達は落下の恐怖で立ち上がることすら出来なくなった同志であるよう。腰抜け共め、と言いたいが私もその腰抜け共だったので何も言えなくなった。
崖から落ちたのだから怪我ぐらいは当たり前だろう、いやあんな高さから落ちたんだから死んでいてもおかしくはないと思っていたのだが私は傷一つないままだった。理茶も、周りの生徒達もだ。こんなことが出来るのは、あの人しかいない。
「おはようございまーす。ご機嫌いかがですか?」
「人生の中で一番目覚めが悪いです」
楽しそうなマリアさんの言葉に思わず敬語になり目を据わらせる。そんな私にも可笑しそうにふふと笑いマリアさんは気にせずに言う。
「いやぁ、久しぶりにこの世界に来たので魔法を使ってみました。意外と難しいんですね魔法って」
「個人的には安全性が保障されている魔法を使ってほしいです」
ついうっかり間違えたらどうするんだ。うっかり八百人落として死なせたとか本当に洒落にならないからやめてほしい。落としてもこの女神様ならテヘペロで済ませそうだ。余計にたちが悪い。
おそらく、マリアさんが使ったのは風を操る魔法だろう。見たかったという気持ちはあるがそれよりも安全が第一だ。気絶していて良かったかもしれない。高所恐怖症ぎみの私ならトラウマになっていたと思う。
そうそう、とマリアさんが手を打つ。相変わらず、どこか演技がかった仕草。性格なのかもしれない。
「今ので思い出したんですけど、落ちなくても王城まで魔法で転移させることが出来るんですよね」
「…………」
恐らくこの場の誰もがマリアさんへ殺意を抱いた。この場に奇妙な一体感が生まれていた。これは『マリアさん被害者の会』とか作れるレベルだ。
「あとついでなんですけど、この世界で死んでも皆さんの世界には関係ないですよ。全員死んだら、皆さんの世界に転移した時間へ戻して普通の生活を送り直してもらいます。皆さん全員が死ぬまで戻せないので…先に死んだら天界で待ってて貰わないといけないんですけどね」
「……………」
生徒達はまた殺意が湧いたが既のところで抑える。ついでって何だ凄い大事な事だろそれ、というような生徒達の視線を物ともせずマリアさんは元気よく拳を振り上げる。
「じゃあとりあえず王城に行きましょう!では……ほいっとな!」
相変わらず掛け声がダサい。
せっかくなんだから格好良い呪文とかにすればいいのに、と心の中で文句を言っていると、いつの間にか景色が変わっていた。
生徒達が立っていたのは、まさに王城というようなだだっ広い広間のような場所だった。金の巨大なシャンデリアに、高級そうな絨毯。硝子細工なのか天井から柔らかい陽の光が漏れてくる。それにしても広い。東京ドームとか甲子園球場レベルの広さだ。ちなみに私はそのどちらも行ったことがない。
「な…なんじゃマリア、この者らは!急に転移して来たと思ったら……」
少し高めながらも通りやすい声に振り向く。声の主は豪奢な玉座のような場所に座る赤髪の少女だった。もしかして、女王とかだろうか。
………それにしては幼い。私と同い年ぐらいだろうか。
若干跳ねている赤髪が親しみやすさを増す少女だが、言葉遣いは奇妙だった。古めかしい言葉遣いと同い年ほどの見た目はどこかアンバランスだ。
「あ、陛下。良かった。玉座の間にいてくれたおかげで王城探検をする手間が省けました!」
「よ、良かったのう…?いやいやそれよりこの者らは何じゃ?」
陛下と呼ばれた少女は慌てふためきマリアさんに説明を求める。やはり女王だった模様。同い年ぐらいなのに凄いなぁと感心しつつマリアさんが陛下に状況を説明する光景を眺める。随分親しげな様子だ。友達だったりするのだろうか。
「世界が滅亡…?異世界転移…?もう訳が分からん。まあ、おぬしが言うならそうなのじゃろうが…」
天界で説明してもらったアレコレを言われて、陛下はやや戸惑っていたが割とあっさり受け入れた。さすが大国の女王だ。というかマリアさんへの対応に慣れているの方が正しいともいえる。
「しかし、このことは民には伝えられんのぅ…パニックになって内部崩壊しそうじゃ」
確かに、と心の中で同意する。パニックで国、いや、世界が滅んだら元も子もない。
「そういえば…何故この者らを選んだのじゃ?他にもいるじゃろうに」
陛下に続き生徒達も首をひねる。確かに、私達が選ばれた理由は知らされていない。
皆の視線を受けてあっけらかんとマリアさんが答える。
「ランダムですよ。皆さんの世界は映像技術が発達していて魔法などに適応できそうだったので、想像力豊かな中高生の年代からランダムで市立神楽木高校が選ばれたんです」
ランダムかい。何だか凄く脱力する理由だった。
「まあ……マリアならそうじゃろうな。適当な生き方をしているものじゃし」
陛下が地味に失礼なことを言うが、マリアさんはそれさえも楽しそうに笑う。
「そんなこと言わないで下さいよ陛下。私だって可憐な女神様としてシャルリエ王国で大人気なんですよ?」
「おぬしは悪戯ばかりするから大人気ではなかろう」
「えぇー?そんなこと言わないで下さいよー」
姉妹のように仲良く言い合う二人を見てほっこりしていたのだが、集まる視線に陛下は気を取り直して咳払いをする。
「自己紹介が遅れてしもうたの。
玉座から立ち上がりこれまた豪奢なドレスのスカートの裾をちょこんと掴み優雅にお辞儀をする。庶民の私達とは仕草がだいぶ違う。
「………と、ここまでは女王っぽく言わせてもらう。堅苦しいのは嫌いじゃ。妾に
陛下は気安い様子で苦笑する。その笑顔はどこにでもいる同年代の少女のようだった。
少なくとも、堅苦しい礼儀などを求めるような人では無いようだった。
「じゃあ、陛下…で良いんですか?」
女王様とか呼んだ方が良いのだろうか、と考えつつ疑問を呈するも陛下はこれまた庶民のように明るい笑みを浮かべた。
「好きなように呼べば良い。敬語でなくても良いぞ?」
「じゃあ…敬語苦手だからタメ口で」
理茶に若干まじかというような目で見られたが、これは気にした方が負けだと気付かないフリをする。
女王は女王でも親しみやすい人だから関係無しだ。
「そうじゃ、おぬしら、魔法は
全会一致で陛下のご厚意にありがたく甘えさせてもらうことになった。冒険者学園。魔法を学べる学園なんて、ロマンがある。ワクワクと目を輝かせる私をどうどうと諌めつつ理茶が首をひねる。
「陛下の言った、魔法?ってさ、私達にも使えるの?というか入学するにしても時期ズレてるんじゃ…」
いつもどおりに的確な理茶の質問に、確かに、と生徒達が頷く。それにいくら陛下のご厚意とはいえ入学するにしてもこの人数はちょっとアレではないだろうか。
「魔法は想像力さえあれば使える。今は五月じゃから入学の時期の四月とは違うが…学園にもそれぐらいの余裕はある。元々広大な敷地を使っておるから、今更千人ほど増えても変わらんじゃろう」
物凄いアバウトな考え方だった。しかし私はそれよりも早く魔法が使いたいという気持ちの方が大きい。ソワソワし始めた私達を見かねてか、陛下は苦笑する。
「そなたらには魔法は物珍しいのじゃな。よし、じゃあ早速使ってみるか?」
「本当!?!?!?」
「羅夢、落ち着いて」
陛下の言葉に食いついた私を理茶がまたや諌めてくれる。いつもお世話になっております。
良い良い、と可笑しそうに笑って陛下が後ろに立っていたメイドさんに声を掛ける。
「フィーナ、王城訓練場に連絡して貸し切りにしてもらうがよい。妾からの急ぎの命令じゃと伝えれば直ぐじゃろう」
「畏まりました、陛下」
後ろに控えた、藍色の腰までの髪のクールなメイドさんが優雅に一礼をする。広い部屋なのに元々この部屋にいたのは陛下とメイドさんの二人だけだった。側近とかなのかもしれない。
しかし、どこか違和感がある。メイドさんってこんなにお辞儀が綺麗なものなのだろうか?何というか……陛下の着ているようなドレスが似合いそうな立ち振る舞いだ。
くすりと僅かに微笑み、フィーナと呼ばれたメイドさんが言う。
「お嬢様もお人がよろしいようで」
「おぬしに言われとうないわ。ほれ、早く連絡してこい」
陛下ではなくお嬢様と呼ぶフィーナさんはやはり陛下とは気心の知れた間柄のように感じる。拗ねたような顔の陛下に急かされてフィーナさんが部屋を出て行く。
「妾もおぬしらの想像力について気になるからのう。一応の監督者として着いていくぞ」
何ともフットワークの軽い女王様だ。
ともかく私は魔法が早く使いたい。善は急げだ。
「それにしても……陛下は無断で出掛けてもいいの?」
「いつものことじゃから気にはせんであろう」
質問した理茶を含め、大国の女王のフットワークの羽毛並みの軽さに、一同微妙な気持ちになった。
という訳で、やって来ました、王城訓練場。
先程の部屋ーー玉座の間とやらには及ばないが、相当の広さの場所だ。天井は無く、壁はコンクリートっぽい材質で出来ていて、だいぶ硬い造りになっている。何故天井が無いのだろう、と頭上に輝く、澄み渡る青空を見上げながらぼんやりと考える。
しかし、それにしては青空に違和感がある。
見えない天井があるような…何かが間にあるような……。
「………結界?」
「正解じゃ。ここは王都に影響を与えんよう天井に結界を張っておる。しかし、よく分かったのう」
感心する陛下をよそにマリアさんが不思議なものを見る目で私を見てくる。水族館のペンギンはこんな気持ちなのだろうか。
「変な人ですねぇ…ラムネシアさんは魔法を見たことがそんなに無いはずなのに………」
「いや…これは勘だよ。なんとなく」
そう、なんとなくだ。才能があるとかでは多分ない。あったら嬉しいけど。
「じゃあ、早速使ってみるとよい。暴走した時の為に何人か配置させておるから、好きなようにやってよいぞ」
「あ、その前にステータスの話をしましょう」
陛下の隣でマリアさんがパチンと手を鳴らす。
「この世界は、名前、性別、年齢などのステータスを可視化できるんです。皆さん、左手を前に出してください」
マリアさんの指示に従い生徒達は左手を出す。何だか全員が厨二病みたいな感じがして可笑しかった。
「ステータス」
マリアさんが発した言葉に反応して、マリアさんの突き出した左手の前に青い画面のようなものが浮き上がった。
「おお……!ファンタジーっぽい……!」
興奮しながら早速生徒達はステータス、と唱える。
「「ステータス」」
理茶と二人、合わせて唱えると、二人の左手に、マリアさんの時と同じように画面が浮き上がった。そこには、こんなことが書いてある。
『名前:ラムネシア ー如月羅夢 性別:女 年齢:十五歳 称号:【大賢者】 』
理茶の画面にも同じように、
『名前:リーゼット ー弥生理茶 性別:女 年齢:十五歳 称号:【姫騎士】 』
ステータスの中には、称号という見慣れないものがあった。
私は【大賢者】で理茶は【姫騎士】と、何ともファンタジー感溢れる単語だ。それにしても、理茶の名前はリーゼットになったのか。じゃあこれからはリゼ、とかで呼んだらいいのかな?
「最初に出てくる名前がこちらの世界での皆さんの名前です。これからはこの名前を使ってください。呼び合うのもこの名前で」
マリアさんの言葉に理茶と私は顔を見合わせる。
「じゃあ…羅夢はラムのままでいいんだね」
「理茶はリゼかな?一文字違いだし」
理茶改めリゼと名前の確認をし合う。あまり名前が変わっていなくて助かった。しかし慣れるにはまだもう少し掛かりそうだ。
「称号というのは、想像力の高さに応じて付くものです。高い人ほど、その人固有の称号になります。多いのは、【魔法使い】とか【騎士】とか…【魔法騎士】とかですかね?」
「姫騎士って…魔法騎士の方が良かった」
リゼは若干不満そうな顔だ。でも、リゼは【魔法騎士】より【姫騎士】の方がいいと思う。可愛いし、多分固有の称号だろうし、可愛いし。何となくだけれどリゼのイメージに合っている。
じゃあ、私の【大賢者】はどうなんだろう。固有の称号っぽい感じはするけれど……強いのだろうか。どちらかというと頭脳派の意味合いの単語だろうか。私は理性より感情で動く派なんだけれど。
「ラムネシアさんは【大賢者】、ですか…固有なのは何となく分かりますが…」
何かが気に掛かるような表情でマリアさんが言う。やはりこの称号は私固有のものらしい。よく分からないけど、レアなものなのでとりあえず喜んでもいいのだと思う。
「リーゼットは【姫騎士】でラムネシアは【大賢者】か…何やら凄そうじゃのう」
陛下が私とリゼのステータスを覗き込む。陛下からの評価も上々のようで良かった。まあ、パッと見の評価だけど。
「あ、そうでした。名前のことなんですけど、それ私が頑張ってつけたんですよ〜。……最後らへんは適当になりましたけど」
「適当につけないでよ…!うわあこの名前やだぁ…」
「変な名前ぇぇ……」
「捻りがない………嫌だ………」
一体悲鳴をあげる生徒達はどんな名前をマリアさんにつけられてしまったのだろうか。凄く気になる。
「じゃあ名前はそれで我慢してもらうとして。気を取り直して魔法使っちゃいましょう!」
悲鳴をあげる生徒達を華麗にスルーしてマリアさんが待望の言葉を口にしてくれる。悲鳴をあげていた生徒達も、顔を見合わせ考え始める。おそらく、考えているのはどんな魔法を使うかだろう。私もだ。
これは初魔法になる魔法だ。出来ればとびっきり格好良い魔法を使いたい。
うーん…見た目が派手なのは炎とか光とかだろうか。形は…剣?いやでも、ちょっとシンプル過ぎる?などと考えていると、リゼが肩をポンポンと叩き興奮した声で呼び掛けてくる。
「ねえラム、凄いよこれ」
振り向くと、手から雷のようなものを出しているリゼがいた。ピカピカと光る雷がリゼの周りを纏っている姿は、ザ・魔法という感じがしてテンションが上がる。
「わぁぁぁっ……!凄い………!!」
「ラムはどんな魔法使うの?」
はっと我に返り、再び考える。うーん……雷はリゼので見たし…違うものにしたい。そうなると光も駄目か。じゃあ風とか水とかはどうだろう。派手…ではないけど、意外といいかもしれない。いやいや風はマリアさんが使っていたし…水にしてもどんな形にするか……。
そうだ、と顔を上げる。炎だ。
炎なら形とかも自由に作れそうだ。よし、想像してみよう。
形は…竜とかはどうだろう。西洋風じゃなくて日本風の。ここは譲れない。だってこの世界西洋って感じがするから、日本風の竜とかは物珍しいような気がする。よし、竜にしよう。
竜、竜…。出てこい、それっぽいアニメ映像…!
化身みたいな感じで私の周りにとぐろを巻くように…周りの人には被害が出ないように…。
頭の中が冴え渡っていく。絵を描くみたいに自由に思い描く。
ーー見えた。過去の記憶を思い出すかのように、不思議と鮮明な火の竜が見えた。
「ラ、ラム…それ……」
驚くリゼの声にゆっくりと目を開けると。
「火の……竜………!」
私の想像したそのままの姿で、火の竜が私に付き従うように佇んでいた。そう、そのままに。
周囲の驚く声も耳に入らず、私は妙に覚醒した頭の中で好奇心がうずくのが分かった。これを天井に打ち出したら、どうなるのだろう。威力は?結界も破れるのか?速さは?格好良さは?
知りたい。確かめたい。試したい。
ゆえに、躊躇はない。
「ーー征け」
灼熱の竜が、飛び立つ。
光のような速さで飛び上がり、瞬きの間に不可視の天井へと衝突する。王都へと、周りの人々へと被害を出さない為に、それ相応に硬いはずの結界へと当たり…、
結界を、柔らかいものを貫くようにいとも容易く突き破り、そのまま竜は空へと飛び立っていった。
沈黙。
沈黙。
さらに沈黙。
大勢の人がいるはずの訓練場にしんと静寂が落ちる。
「…………まじか」
静寂を終わらせたのは、唖然としたリゼの呟きだった。
「ラムネシアさん……もしかして、私より強いんじゃ……」
マリアさんも唖然とした顔で口が開きっぱなしになっている。
私は自分の手のひらをぼんやりと見つめる。
あの威力の魔法を、私が?
空転する思考の隅でざわめきが聞こえる。
「え…あれ、ちょっと強すぎない……?」
「化け物だろ……」
「竜……だよね、あれ。凄い……」
ざわめきをぼんやりと聞き流しながら私は自分の掌を見つめる。
私の想像力は。皆から嘲笑われるような夢を妄想してきた想像力は。こんなにも、凄いものだったーー?
心臓の鼓動が、はっきりと聞こえる。慌ただしく脈が波打つ。
生まれて初めて、生きていると実感した気がした。
「ただの【大賢者】じゃなくて…【大賢者】様じゃないの…」
信じられないというようにリゼが目を見開いて言うと、その言葉を聞いた、私達の暴走制御のために来ていたが私の魔法をぽかんと見つめるだけだった、私にとっては異世界人の訓練場の人達がざわめく。
「女神様より強いなんて……何者………?」
「もしや【勇者】様よりも強いんじゃ……」
「世界は終わるのか……!?」
私は化け物扱いか?というかもしかしてこれ、やらかしちゃった?救う側のはずがラスボス登場みたいな雰囲気になっている。
これから異世界で暮らしていくにはいささかお騒がせなスタートをきってしまった。今更事の重大さを思い知り青褪める私に、マリアさんは唖然とした顔のまま呟く。
「これ……世界救うとか何とかより前に、ラムネシアさんを討伐しようとしちゃうんじゃ………」
「ですよね…………」
異世界という非日常な場で始まる新生活。スタートがこんなに不安でも、何とかなります………よね?
大賢者様の仰せのままに。 日常言葉 @80291024
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