大賢者様の仰せのままに。

日常言葉

異世界転移と【大賢者】

第1話 異世界転移のその前に

 市立、神楽木かぐらぎ高等学校。通称、カグ高にて。


 私、如月きさらぎ羅夢らむは、つまらない数学の授業中の教室に差し込む、窓からの光を眩しく見つめながら、こんなことを想像する。


 例えば、ミステリー系。

 幾つも降りかかる難事件、それを解決する私立探偵の私。隠されたトリックを見抜き、犯人を見つける。うーん…ちょっとベタか。

 しかも『某体は子供、頭脳は大人の名探偵』とか、既にあるしなぁ。

 でも、ベタでいい。むしろベタがいい。

 だって……誰だって一度は、難事件を解決してみたいじゃないか。探偵衣装だって着てみたいし。ああいうのってどこで手に入るんだろう。



 じゃあ、今度は恋愛モノ。

 うーん……こっちはあんまりリアリティがないなぁ。私、あんまり恋愛に興味もないし。理想が高すぎるって親友の弥生やよい理茶りさにも言われたっけ。別に高いとは思わないけど…。

 ただ、最低条件は優しくて明るくて私の妄想癖を知っても引かないでいてくれて笑顔が素敵な人でそれからそれから…うーん、あまり厳しくない気がするけど。

 でも理茶は冗談なんか言わないから…本当なのかも。これはいけない。理想が高すぎると恋愛は難しそうだし、気をつけよう。

 ………この決意は何回目だろう。未だ叶えられたことはない。まあ、頑張る。


 でも、理茶は特別だよなぁ、と溜息をつく。

 理茶は、茶色に近い髪をポニーテールに結んで、同じ色のキリッとした涼しげな瞳、低身長の私とは違うスラッとした高身長でおまけにスタイルも抜群。

 アネゴ肌だし世話焼きだからモテてるし…。

 しょっちゅう男子に告白されているけど、全部断っているらしい。もったいない、と私は毎回言うが、理茶は、今は羅夢といる方が楽しい、と毎回言う。仲が良いのは大変よろしいことなので、というか単純にそう言ってくれるのが嬉しい為、未だに私達二人に彼氏は出来ないまま。いつ出来るんだろう。何だか遠い目をしてしまう。

 私なんか、特に駄目だ。ダメダメだ。

 背は小さいし、肩までの黒髪は適当に下ろしたままだし、二重なのは二重だけど理茶みたいにキリッとした瞳じゃなくてぬいぐるみの瞳みたいな黒い瞳だし、スタイルは一向に良くならないし、幼児体型だし。

 この前それを言ったら、理茶にそれがあんたの良さなんだよと苦笑された。

 褒められてるのか分からないけど、とりあえず悪い意味では無さそうなので嬉しい。

 …と、話が大幅にずれた。とにかく私に恋愛は向いていないという訳である。恋愛はもう少し先のよう。



 じゃあ、次。異世界ファンタジー。

 私は、自由自在に炎や氷や雷を魔法で操り敵を倒す自分を思い浮かべて、うっとりすると同時にワクワクとする。この想像が、一番私の胸が踊る。


 剣士もいいかもしれない。小学生の頃傘で打ち合ったりしたからこれは剣道の経験があると言えるのでは…。

 件の親友がいたら、アホか!とでもツッコまれそうなことを延々と考える。

 理茶は剣道経験者らしい。高校に入って知り合ったから、理茶の小さい頃の話はあまり知らないけれど、剣道については知っている。全国大会に出場したこともあるらしい。もうやめてしまったみたいだけれど。

 理茶のかっこかわいい魅力に数多の男子達が虜になるのも無理はない。というか私も男子だったら惚れてると思う。それぐらい私の親友はすごいのである。


 やっぱり、魔法かな、と考える。

 魔法だったらそこまで体力の無い私でも戦えそうだし。精霊とかを使役して戦うのも良いかもしれない。

 特に風を操る魔法とか便利そう。飛べるし、遅刻しそうになっても間に合いそうだし。

 でも、新しい魔法とかも作ってみたい。

 例えば…『某青いタヌキ型ロボット』の四次元ポケットみたいな魔法とかがあったら便利だと思う。

 色んな物を収納できて、自由に取り出すこともできる。攻撃にも使えるかもしれない。いきなり剣とか武器を飛ばしたら強そう。

 ここで一つ、溜息をつく。


 私だって、そんなことは無いと知っている。

 子供の頃なら信じていられたけれど、さすがに本気で魔法が使えるようになるとは思っていない。使えたら万々歳だけど。

 異世界に行くにしたって、転生とかは一度死ななきゃいけない。学校生活は楽しいから、死にたくはない。


 そうだ、と目を見開く。

 転移ならどうだろう。いわゆる、異世界トリップ。

 突然現れた女神様が私を…いや、一人は寂しいから、学校の皆と一緒に異世界に転移させる、なんてどうだろうか。

 異世界を救ける為に呼び出された、とかはテンプレすぎて世の中に溢れかえる程あるけれど、テンプレもいいではないか。夢があるし。


 ここまで考えてまた溜息をつく。今日は溜息が多い日である。

 そんな都合の良いことがあったらいいんだけどなぁ。なかなかこの世の中上手くはいかないものである。


 その時不意に、虫の知らせというような奇妙な感覚がした。今まで感じたことのない、強いて言えば、悪寒のような。


 教室を見回すも、特に変わったところはない。

 いつもと同じ、授業風景。

 先生が黒板に式を書いて、生徒達は、眠そうに黒板を眺めている人、真面目にノートをとっている人、早く終わらないかというように壁に掛けられた時計とにらめっこをしている人、窓の外を見ながら空想をしている人…は私だけか。

 気のせい…だろうか?

 首を傾げて、窓の暖かい日差しに眠気を誘われ小さくあくびをする。しかし、誰かに呼ばれたような気がして、また周りを見回す。何だろう、とまた首を傾げる。




『貴方達、市立神楽木高等学校の生徒の皆様は、転移対象に選ばれましたーー』



 綺麗に澄んだ聞き取りやすい声が、脳内に響き渡る。

 え、と声を出す間もなく、急に視界が真っ暗に染まる。

 それを最後に、私は意識を手放した。




 目を覚まして最初に目に入ったのは、白く綺麗な高い天井だった。はて、と瞬きをして、5時間目という一番眠気が襲ってくる授業を受けていたからか、それとも長い間寝ていたからか若干重く怠い身体を起こす。

 そこは、もちろん教室ではなかった。

 教会のようにどこか神聖な雰囲気の、だだっ広い部屋に、クラスメイト、いや、学校の生徒達が転がっている。文字通り、寝転がっている。

 はて、と首を傾げる。

 いつの間に、夢を見ていたのか。知り合いの顔もちらほら見える。理茶もいた。大集合という感じだ。数学の授業中に夢を見るとは、結構寝てしまっているのか。まあいいか、と頭を振って立ち上がる。

 部屋にいる生徒達は大体、七百…いや、八百人ぐらいだろうか。夢の中でも寝るとは、なかなかに可笑しいものだ。

 部屋を見回すと、窓が一つもないことに気付いた。窓を探しせめて午前か午後かを知りたかったが一つもない。

 どういう建物だ、と思いつつ、部屋を歩き回る。このだだっ広い部屋は高級感溢れる彫刻やらが壁に刻まれていて壊したら怒られそうだから壁には手を触れないように気をつけながら、今度は出入り口がないか探す。

 うろうろと歩き回り、ドアも何も無いことを確認して溜息をつく。密室って感じか。今日の夢は脱出ゲームってこと?…それはちょっと楽しそうだな。


 それにしても綺麗だなあと天井を見上げる。外国の教会みたいに、洗練された美しさがある。世界遺産みたい。いや、どちらかというと天国というか…天界みたいな。

 地獄ではないと思うんだよね、だって全体的に白い建物だし。ちょっと偏見が混ざってるけど。じゃあ、ここから地獄にも行けるのかな?まあ、行くというか…見てみたいかも。よし、と拳を握り、今度はドアだけでなく、隠し扉も探して見る。隠し扉といえば床にあるよね、と探そうとしたが、寝転がっている生徒達を退けないといけない為物理的に不可能だった。うーん………詰んだ。どうしよう。…あ、そうだ。思いつきぽんと拳を打つ。

 こんな時こそ、私の妄想力…いや想像力の出番だ。

 夢だし何とかなるでしょ、と軽い気持ちで想像する。

 イメージは、地獄に繋がる扉。色は…黒?黒だろうな、地獄って感じするし。扉は洋風な感じ。装飾も付けたい。竜…とか?黒竜でも付ける?私のデザイン力でそんな格好いいものが想像できるのか?うんうん唸りながら考える。そうだ、城門っぽくすれば、何となくイメージ出来るかも。何だか楽しくなってきた。

「あの…………」

 門番は鬼だろうか。地獄だし。そうなると、和風の鬼か洋風の鬼かが悩ましい。やっぱりこの天国っぽい建物とか洋風の扉にすることから考えると洋風だろうか。いや、あえて和風にするという手もある。

「あの、すみません…………」

 うーん、どうしよう。これは難しい。言うなればショートケーキとチョコレートケーキ、どちらを選ぶかぐらいの難しさだ。あ、私は断然ショートケーキ派です。

「あ、あのぅ…………」

「あーもうちょっと黙って!今良いところなの!」

「いやその前にこの状況についての説明を聞いた方が良いと思うんですけど……」

「………」

 その通りだった。

 振り返ると、そこにはいかにも天使のような服を着た幼女がいた。繰り返す。幼女がいた。首を傾げすぎて私の首が取れないか心配になってきた。眩い輝きを纏う顎までのボブの金髪、深い湖の底のような落ち着いた碧とお転婆そうな光を併せ持つ瞳、人形のような整った容姿の少女。天使のような愛らしさなのに、どこか大人びている。もしかして、不老不死…とか?

「まあ、そんなところです。自己紹介が遅れました。私はマリア。一応女神をさせてもらってます!」

 にっこりと屈託なく笑ってマリアさんが言う。

 物凄くナチュラルに心が読まれていた。

「えっと……天使じゃなくて?」

「女神です」

 即答された。しかも食い気味だった。

 うーん、私疲れてるのかな。こんなめちゃくちゃな夢を見るのは初めてだ。

「これ、夢じゃないですよ?」

「………まあ、そんな気はしてた」

 デスヨネー。こんな支離滅裂な夢、いくらなんでも可笑しいよね。うん。

「ここは貴方の予想通り天界です。まあ、天国って言ったら分かりやすいかもですね。ところで……」

 不意に、幼女女神のマリアさんが私の背後を指差す。

「それ、何ですか?」

 それ、と指差した先には。

「………え?」

 私のイメージした通りの、黒く禍々しい扉が出現していた。

 竜の彫刻もしてあり、城門のような形の扉。

 イメージした、通り。

「それ、地獄に繋がってると思うんですけど…どうやって出したんですか?というか貴方が出したんですか?」

「えーっとぉ………いや、その…地獄に繋がる扉とか出てこないかなぁって思ってたら……」

「出せちゃった、と」

「はい………」

 どうしよう、何かやらかした気がする。というか勝手に地獄への扉造っちゃ駄目だよね普通。ああ……やらかした……。

 ……ん?というか、何で出せたの?

「多分ですけど……想像力で出したのでは…」

 まじかい。想像力ってそんな力ありましたっけ。

「実際に、想像力で、貴方の世界で魔法と呼ばれるものが扱える世界がありますよ。天界にもそんな機能が付与された……かもしれないです」

 ……この人本当に女神様……?

 自分の管轄内であろう天界についてはちゃんと知っておきましょうよマリアさん……という言葉はすんでのところで飲み込んだ。危ない危ない。

 それよりも、私はその前の言葉の方が気になる。

 想像力で魔法を扱う……なんて私向きすぎる世界だ。言うなれば、一人だけイージーモードのゲームで無双しまくるぐらいの感じだ。ちなみに私は最初から最難度のレベルで遊び撃沈するという珍しい遊び方をしています。

「私が言うことじゃないと思いますけど、貴方結構変わり者ですよねぇ……」

 憐れむような目でマリアさんが言う。

 そこまで変わってないと思うけど……と言おうとしたが、常識人の理茶からの数々の厳しいお言葉を思い出し何も言えなくなった。くっ…無念……ッ。

「あ、そうだ。貴方の名前、何でしたっけ?」

 名前?あれ、私自己紹介してなかったっけ。

 ……………してませんでしたゴメンナサイ。

「ああ、私は如月羅夢。よろしくねマリアさん」

「羅夢……変わった名前ですねぇ…じゃあ……うーん、ラムネシア、とかですかね?」

「へ?」

 ラムネシア?何か異世界っぽい名前。あと、無駄に強そうだ。羅夢だから、ラムネシア?結構いい名前だとは思うけど…その名前がどうかしたのだろうか。

 不意に、今まで楽しそうに笑っていたマリアさんが、ばつの悪そうな顔で、私を覗き込む。

「あの、ラムネシアは異世界転移とかそういう系の話大丈夫ですか?」

「大丈夫というか大好きだけど」

 思わず、というか意識せずとも答えが出た。

 異世界転移や転生の話、小説ではよくあるし当然私も大好きだ。大好物だ。三度の飯より好きだ。

 私の答えを聞いて、マリアさんはほっとしたように破顔する。

「じゃあ、大丈夫ですね。…どうして皆さんがここにいるのかとかの諸々の話はとりあえず、皆起こしてからにしますね」

 それでもいいですか?と上目遣いでマリアさんが聞く。もちろん、と頷くと、マリアさんは小さく何事かを呟いた。戸惑ったように、小首を傾げながら。

「本当に不思議な人ですねぇ…それに、私が来るまで眠らせていたはずだったのに…魔法は解いてないのに、起きているなんて…。自力で解除した、とか?」

 何やら怪訝そうな顔をするマリアさん。

「え、何か言った?」

 聞こえなかった為聞き返すも、呆れたような顔で、首を横に振った。やれやれ、というように。

 この人、限りなく阿呆か限りなく天才かのどちらかだろうな……というマリアさんの心の中のぼやきは、もちろん羅夢には聞こえなかった。

「……じゃ、起こしちゃいますね。ほいっと」

 覇気のない力の抜けるような掛け声で、建物が一瞬白い霧で覆われた。瞬きの内にその霧は消えてしまう。

「わー…マリアさんすごーい…っ!」

「ラムネシアよりは規格外じゃないと思いますが」

 初めて自分の眼で見た魔法に目を輝かせ興奮して拳を振る私と対照的に、マリアさんは特に変わった様子はない。さすが女神だ。身長は155センチの私より20センチぐらい下だけど。


 私達の会話をよそに、生徒達が目を覚まし始めていた。

「え……ここ、どこ……?」

「あれ……?教室にいたはずなのに……」

「うわっ何この天国みたいなところ!」

「いつの間に死んだの……!?」

「え!?俺、寝てたの?これ、夢?」

「…あれ、羅夢?」

 起き上がった生徒達は、一様に驚き慌てている。いかにも、状況が掴めていないという感じだ。

 と、その中の一人、親友の理茶が、いつものようにクールな出で立ちのまま私に声を掛けてきた。

 手を振り理茶のところへと駆け寄る。

「やっほー理茶!」

「おはよ…ところで、ここどこ?」

「うーんと……天国?」

「いつの間に死んだの?」

「死んではいないみたいだよー」

 首をひねる理茶に、どう説明しようかと考えていると、慌てふためく生徒達のことを見かねてマリアさんが声を掛けた。

「皆さん落ち着いてくださーい!ここは天国です。死んではいないので安心してください、私が連れてきただけなので!」

 安心要素が至って見つからないが。まだどよめいている生徒達に笑いかけて、不意にふわりとその体が浮き上がる。

 ポカンと口を開けて見上げる生徒達、もちろん私も含めるが、構わずにマリアさんが言う。

 やっぱり、お転婆な少女のように。


「皆さんにはこれから、想像力で魔法を扱う、剣と魔法の世界の、ある王国へと転移してもらいます。つまりは…皆さんを異世界転移させます!」


「「「……………はあ!?!?!?」」」


 生徒達が口を揃えて異口同音に間抜けな驚いた声を出す。

 もう何が何やらというような表情の生徒達を見下ろして、マリアさんは心底楽しそうに、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。




 驚き慌て、そして若干嫌そうな顔をしている生徒達の中でただ一人、顔を上気させ目を輝かせている者がいた。

 その、『愛すべき阿呆』は。

 羅夢ーー異世界での名を、ラムネシアという。

「異世界………転移…………!!」



 かつて何度も想像し夢を見、憧れた異世界転移。

 それが叶う喜びに、打ち震えていた。





 自分の、膨大な想像力さいのうなど、まだ知る由もなく。











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