3-2

 校門を出て帰路につく。

 ただでさえ高い気温が、夕日によってさらに暑くなっているような気がした。



「さっきの話だけどさ」


「なんでしょう?」



 委員長は隣を歩いているが、目を合わせようとすると自然と下を向く形になった。

 近づくと、意外と背が低いことがわかる。



「俺の変な行動とか、妙なたとえ話にどうして付き合ってくれる気になったの? この前は全然そんな感じじゃなかったよね」



 具体的には三日前の金曜日までは、俺の逃避行動に対して否定的だった。

 そのことを指摘すると委員長はそっぽを向いてしまう。



「だから反省したんですって」


「委員長が? なんで?」


「失礼な。私だって反省するくらいあります」


「そういう意味じゃなくて、あの状況なら反省するのは俺のほうじゃないのかと思って」



 委員長の言うとおり、俺の態度は現実逃避気味だった。


 愛花の異世界生活をプロデュースすることに熱中するあまり、自分自身の生活を疎かにしていた。

 叱られても当然だろう。



「あれは個人的な感情を正論で包んだだけの意見です。後から恥ずかしなってベッドでジタバタしました」



 感情なんて個人的なものなんじゃないだろうか。

 しかしベッドでジタバタと悶える委員長を想像している間に、自分の意見を言いそびれてしまった。



「正直に打ち明けると私、奥野くんに興味があったんです」


「自分ではあんまり面白いところがある人間だとは思わないけど」


「病院までお見舞いに行ったとき、すごく落ち着いてましたよね。強がっている様子もなく、ごく自然な様子に見えました。そのとき初めて気になったんです。奥野くんがいったいなにを考えているのか」


「あのときはまだ現実感がなかっただけだよ」


「それならそれでほうっておけません」


「委員長は面倒見が良すぎる」


「私はそんなに善人じゃありませんよ」


「いや、そんなことはないよ」



 事故に遭うまで、俺と委員長はさほど親しいわけではなかった。

 同じクラスだったから話をする機会はあったが、友達と呼べるほど親密だった覚えはない。

 もちろん以前になにか委員長に対して恩を感じてもらえるような行動をしたこともない。


 正真正銘、俺と委員長はただのクラスメイトだった。


 それなのにここまで気にかけてくれるのだから、面倒見がいいと評する以外に言葉はないだろう。

 少なくとも俺は違う表現を知らない。



「誰にでも親切にできるわけではありません。こんなことを言うと変かもしれませんが、他の誰かが事故に遭っていてもこんなにお節介はやかなかったと思います」


「お節介ってことはないよ。とても助けられてる」


「ならいいんですけど」


「でもじゃあなんで俺にはこんなに親切にしてくれるの?」


「直感、ですかね」



 理路整然とした委員長から、意外な言葉が出た。

 よほど驚いた顔をしてしまったのか「そんな顔しないでください」と委員長は苦笑いを浮かべる。



「でも他に説明しようがないんです。最初のお見舞いで奥野くんを見たとき、なんとなく放っておけないような感じがして……こういう感覚って、わかります?」


「わかるような、わからないような」


「そうですよね。多分これは好奇心のようなものなので、あまり気にしないでください」



 なるほど、これも謙遜の一種なんだろうか。



「奥野くんのやっていることがどういう意味を持つのか、私にはわかりません。現実逃避なのか、もっと前向きなことなのか。どちらにせよ、一緒にやったほうがあなたの気持ちがわかると思ったんです」


「ということは今後も手伝ってくれるってこと?」


「ええ、あなたがきちんと学校に来ているかぎりは手伝いますよ」


 先週のサボりがまだ心証を害したままのようだ。

 できれば名誉挽回といきたいところだが、机に魔法陣を書いている間は無理だろうな。



「もし良かったら」



 その一言だけ、委員長の声は妙に上ずっていた。

 言いにくいことを尋ねる前兆のように思える。



「御堂さんのことを教えてくれませんか?」



 しかし出てきた問いは他愛のないものだった。


 それくらいならいくらでも話せる。

 なんなら朝まで話したって構わないくらいだ。



「別にいいけど、そんなに面白い話はないよ」


「構いません。クラスメイトだったけれど、私はあまり御堂さんとは親しくなかったので」



 抜けているところの多い愛花と、真面目できちんとした人間の相性は最悪だ。

 身体の中を流れている時間そのものが違う。



「愛花はアイスとアイドルが好きでさ、歌って踊ってみたいなことをずっとやってた。でも誰かと一緒にやるのは苦手みたいで、いつも一人でやってたよ」


「奥野くんの前でってことですか?」


「見るのは俺しかいなかっただけとも言う。歌はともかく踊りは下手くそでさ」



 そんな愛花が今や異世界のトップアイドルだ。

 あの世界には他にアイドルがいないという事情はあるが、それでもある意味で夢を叶えたことになる。



「お二人は付き合っていたんですか?」


「どうだろう。そういう風に意識したことはないけど、一緒にいるのが当たり前みたいなところはあったかな。だから自分や愛花に誰か恋人ができるなんて想像したこともない」


「幼馴染ってそういうものなんでしょうか。私にはそういう気心の知れた相手がいないのでよくわかりません」


「ありがちな表現だけど兄妹みたいなものかな。委員長は兄弟いないの?」


「姉が二人います。けど、年が離れているので同年代のように接したことはありません」



 兄妹とたとえたけれど、やはり愛花と俺は家族ではない。

 家族のような他人だった。


 それにしても、あらためて愛花と自分の関係を外から見ると珍妙だ。

 話しているとだんだん恥ずかしくなってくる。


 なにか話題をそらす方法はないかと視線を巡らせると一軒のコンビニが目に入った。



「そうだ、アイスでも食べようか。まだ暑いし」


「帰り道の買い食いは良くないですよ」


「じゃあ俺が買ってくる。そして委員長にアイスを渡す。すると委員長は買ってないから買い食いにはならない。摩訶不思議」


「屁理屈ですよ。それに、その方法だと奥野くんは買い食いになるじゃないですか」


「そこでまずは二つのアイスを一旦委員長に渡すんだ。すると委員長は食べきれないので、親切心からそのうち一つを俺にくれる。すると俺は委員長からアイスをもらっただけなので、買い食いにはならない」


「ひどい理屈ですね」


「名付けてアイスロンダリング!」



 夏になるたび、愛花とよくやった言い訳だ。

 校則の穴をついた、我ながら見事な屁理屈だと思っている。



「というわけで少し待ってて」


「あ、ちょっと……」



 委員長に止められる前にさっさとコンビニに入り、アイスを二つ選ぶ。

 委員長の好みはわからないのでオーソドックスなバニラ味とチョコ味のアイスを一つずつ買って、委員長の元に戻った。



「どうぞ。お収めください」


「……わかりました。いただきます」



 委員長はしばらく難しい顔をしていたが、結局俺からアイスを受け取ってくれた。



「では代金をお支払いします。いくらですか?」


「いや、お金を支払われるとアイスロンダリングが成立しないんだけど」


「いいえ、どれだけ親しくともお金の管理はきちんとしないといけません。学生同士ならばなおさらです」


「ですね、はい」



 同級生のはずなのに、教師と話しているような気分だ。

 委員長からアイスの代金を手渡される。



「それから片方返せばいいんでしたね」



 冗談めかして笑いながら、委員長はチョコ味のアイスを俺にくれた。どうやら委員長はバニラ派のようだ。



「そうそう、お礼だと言うのであれば一つ私のお願いをきいてもらってもいいですか?」


「もちろん。委員長には今までなにかと世話になってるし、なんでもこいだ」


「ならその『委員長』って呼び方、なんとかなりませんか?」


「え、気に入ってないの?」


「はい、あんまり」


「全然知らなかった。もっと早く言ってくれればよかったのに」


「自分から呼び方を指定するのって、なんだか気恥ずかしくないですか?」


「わかる気はする」



 俺も結局、愛花からは「ゲンちゃん」と呼ばれたままだ。

 それにしてもあだ名が不評だったとすれば、呼び方なんて一つしか思い浮かばない。


 忘れがちだが、委員長の名前は飯田結子だ。

 ここは名字にさん付けがいいだろう。



「じゃあこれからはちゃんと飯田さんって呼ぶよ」


「そうしてもらえると嬉しいです」



 親しくなった結果、呼び方だけがよそよそしくなるのは少しだけ面白い。



「ところで星に興味があるのなら、プラネタリウムにでも行きますか?」



 アイスを上品に食べ進めながら、飯田さんは言う。



「プラネタリウムって行ったことないな。近くにあるの?」


「電車を使えばすぐです。私は小学校の頃、遠足で行きました。良かったら案内しますよ」


「おぉ、それはいいな。ぜひお願いします」



 独学で調べるよりもそのほうが良い気がする。



「では……そうですね、今週の土曜日にしましょう。なにかご予定はありますか?」


「全然ない。委員長……じゃなくて飯田さんが付き合ってくれるなら、助かるよ」


「では土曜日に駅前で待ち合わせにしましょう。時間はプラネタリウムの上映時間を調べてから連絡します」



 飯田さんはテキパキと予定を決めてくれる。

 愛花といるときは俺が予定を決める側だったので、こういう体験は新鮮だった。



「ただし、金曜日まで真面目に学校へ来てくださいね。毎日迎えに行きますから」


「はい、気をつけます」



 それにしても、やっぱりなんだか同級生というよりも年上のお姉さんと接しているような気分にさせられた。

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