2-6
翌日、水曜日。
朝から早速、蓄音機の作成に向けて異世界の愛花と試行錯誤を繰り返す。
材料についてはさほど難航しなかった。
愛花の視界を借りたまま商店にでかけてもらったが、異世界には想像以上に加工品が普及している。
楽器はすでに聞いていたが、他にも瓶や女性用の下着など、それなりに現代的なものも揃っているようだ。
そのくせ移動手段は馬車止まりなのは、いったいなぜなのか。
魔法が便利だと技術の進歩が不均衡になるのだろうか。
もしも俺が研究者だったら心くすぐられる疑問だが、あいにくそうではないため脇に置いておくことにする。
しかし瓶があるのは朗報だ。
わざわざ他の材料を丸く成形せずとも、瓶底をそのままレコードにすればいい。
ガラスは紙よりも耐久性がある。
使用済みの瓶を使えば、量産化に当たってのコストも抑えることができるだろう。
だが俺たちに都合が良かったのはそこまでだった。
想定外に都合の悪かったことのほうが多かったのである。
その最たるものは、愛花が想像以上に不器用だったことだろう。
「こんな感じ?」
「いや、そこのパーツはもっと細くだ。もうちょっと設計図にしたがって作ってみよう」
「えーっと、じゃあこっちは?」
「それどこのパーツなんだ?」
「え、ちょ、ちょっと待って」
一事が万事この調子だ。
そういえば昔から夏休みの工作は俺が手伝っていた。
愛花の不器用さに加えて、いちいち片目を閉じなければ情報を共有できないのもテンポの悪さを生んでいる。
愛花が右目を閉じてこっちにある設計図を確認し、次に左目を閉じて作業をするということを繰り返している。
細かい作業は難航しても仕方がない。
ちなみに蓄音機の設計図は俺が書いた。
愛花が必要な材料を買い集めている間に作成できたのだから、我ながら惚れ惚れする手際の良さだ。
もちろん元となるデータは図書館で借りてきた本に書いてあるんだけど。
向こうで入手できる素材と、魔法による加工のおかげで制約は少ない。
瓶底のレコードに針、スピーカーは金属製のコップを使えばいい。
微調整は魔法でなんとかなる。
レコードを回す動力には、ゼンマイを採用した。
手で巻いてもよし、魔法で巻いておいてもよしの万能動力である。
ただし、それらを組み上げて形にする技術力が愛花には足りていない。
なにが問題って、すべての作業が大雑把だ。
寸法通りに作ろうという気持ちはあるのだろうが、一センチや二センチのズレを誤差として処理するのはひどい。
仕方がないので俺もほぼ同じ材料を揃えて、異世界とこっちで一緒に蓄音機を作り上げることにした。
まず日が暮れてしまう前にホームセンターへ駆け込む。
ホームセンターを利用するのは事故のとき以来だけど、売り場の配置は変わっていなかったので助かった。
一式揃えて帰宅した後、夕食をとり、自室の机で異世界の愛花とあーでもないこーでもないとやりとりをしつつ、蓄音機を組み上げる。
そんな作業を続けること数時間。
「できたよ、ゲンちゃん」
「やったな。偉いぞ」
夜中までかかってしまったがその甲斐あって、無事に蓄音機は出来上がった。
愛花の技術的な理由で手作り感満載の見た目だが性能に大きな問題はないはずだ。
ちなみに俺の勉強机の上にも蓄音機が完成している。
こちらの使いみちは特にない。置物にでもするか。
「じゃあ早速試運転だな。歌ってみてくれ。もちろんゼンマイを巻いておくのを忘れないようにな」
「なにを歌えばいい?」
「そうだな、テストだから短くてアカペラでも歌える曲がいいんじゃないか?」
「わ、わかった」
幾分緊張した声で返事がある。
その後愛花が目を閉じたため、俺の視界も異世界を映さなくなる。
形としては二人とも目を閉じて、お互いの声しか聞こえないような状態だ。
「じゃあ歌うね。聴いててね、ゲンちゃん」
愛花はそう前置いて息を吸い込む。
俺は黙って耳を澄ませた。
そうして愛花が歌いだしたのは「蛍の光」だった。
家にいるのにどこかへ帰りたくなってくる曲調だ。
普段の底抜けに明るい愛花とは異なる、どこか物悲しい歌い方だった。
一番を歌い終えたところで愛花は目を開く。
おかげで俺の目にも回っているレコードが見えた。
ちゃんと忘れずに蓄音機を動かしていたようで安心する。
「どうだった?」
「長さはちょうど良かったんじゃないか」
「そうじゃなくて歌の感想だよ」
「再生して聴いてみればいいだろ。そのための蓄音機なんだからさ」
「もう。ちゃんと褒めて」
「いつもどおりうまかったよ」
「えへへ、照れる」
「じゃあなんで言わせたんだ」
「いいのー」
間延びした声で抗議すると、異世界の視界が一旦消える。
蓄音機を操作するために両目を開いたのだろう。
俺も目を開けて現実世界に目を向ける。
こちらの蓄音機は数分前から変わらず沈黙したままだ。
瓶底で作ったレコードにも歌声は刻まれていない。
「どう?」
しばらくして愛花が尋ねてくる。
異世界に目を戻すと、蓄音機を再生してみているようだった。
しかし当然聞こえない。
「忘れてるみたいだけど、俺にはそっちの音は聞こえないぞ」
「あ、そっか」
蓄音機の出来を確かめることはできない。
見たかぎり順調に回っているが、音質については不安が残る。
クリアな音までは目指していないが、ノイズが多すぎても困る。
「愛花が聞いた感じではどうなんだ?」
「安いイヤホンで聞いたらこんな感じになるのかなって感じかな」
「初期作にしては上々だな」
完成度をあげるのは蓄音機が普及して、十分な設備や投資が得られてからでも遅くはない。
魔法を使わなくても音楽を再生できる装置。
しかも再生中は別の作業までできる。
これは売れる!
「じゃああと十個ほど作ろう」
「えー、そんなに?」
「これでも少ないほうだ。現物があるんだからあとは魔法でコピーとかすればいいだろ」
「ゲンちゃんは魔法を万能に考えすぎだよ。材料をいい感じにするのはできるかもしれないけど、組み立てのほうは難しいんだから」
「じゃあ五つでいいから今晩中に作ってしまおう。大丈夫、一回作ってるから次はもっと簡単に作れる」
「うーん、でもなぁ……」
「手伝うことはできないけど、話し相手くらいにはなってやるからさ」
「じゃあやるけど……でも、そんなに作ってなにするの?」
「明日からは売り込みだ。知り合いとか、興味を持ってくれそうな相手に蓄音機の説明をして回る。そうすると相手が買ってくれるという計画だ。噂は人から人へと広がり、やがて世界は音楽であふれることだろう」
少々楽天的な展望だが、愛花にはこれくらい言っておいたほうがやる気になってくれるだろう。
「おぉー! で、その売り込みはゲンちゃんがやってくれるの?」
「なんでだよ。愛花がやるに決まってるだろ」
「え~、あんまり知らない人と話すのやだなぁ」
「マナさんは色んな人がお見舞いに来てくれるくらい顔が広かったんだろ? じゃあ向こうから話しかけてきたときに説明すればいいよ」
「うーん……そうだね。やってみるよ、ゲンちゃん」
「頼んだぞ、愛花」
異世界に対する不満をもらしていたことなど忘れてしまったかのように、愛花の声は活力に満ちている。
俺にとってはもうそれだけで計画は成功したようなものだった。
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