2-5
異世界にはなくて、愛花が作れそうなもの。
具体的な作り方はまだわからなくてもいい。
それはこっちでいくらでも調べられる。
この世界には図書館もインターネットもあるのだ。
そうして仕入れた知識を愛花に伝えればいい。
翌朝の俺は学校に行くのではなく図書館へと向かった。
一日くらいは授業をサボってでも、愛花の暮らしを良くすることのほうが大切だろう。
インターネットでの調べものもいいが、本をめくるのもいい。
というか片目で文字を読むのなら液晶画面よりも紙に印刷された文字のほうが優しい気がする。
俺が調べているのは、蓄音機の作り方だ。
CDとまではいかなくとも、レコードのようなものは異世界でも作れるだろう。
朝から一通り調べ、空腹を感じた昼には自宅へ帰る。
両親は仕事で出ているため、俺は一人での食事となる。
お湯と三分で作ったカップ麺を昼食として食べながら、右目を閉じて愛花と連絡を取った。
「今いいか?」
「あ、うん。大丈夫」
愛花と視界がつながる。
今日の異世界の景色は、ずらりと干された洗濯物だった。
晴れ渡った青空と白いシーツがまるで絵のように映える。
背景に緑が豊富なこともあるだろう。
「そういえば家事手伝いって言ってたな」
「うん。今はちょうど洗濯をしてたところ。マナさんは魔法の研究をしていたみたいだけど、あたしにはそういうのできそうもないから」
「忙しいなら時間をずらそうか」
「ううん。そろそろ休憩しようと思ってたから大丈夫。ゲンちゃんのほうはなにしてたの? 家にいるみたいだけど」
「愛花が異世界で出世できるように、具体的な方策を練ってた。今は昼休憩だ」
「おぉ、すごい」
「だろ?」
「ラーメンっておいしいよね」
「そっちかよ」
そういえば今の愛花には俺の昼食が見えていることになるのか。
それはちょっと恥ずかしい気がする。先に食べてしまうか。
一旦目を開け、一気に器を空にしてしまってから再び愛花と交信する。
「まずは蓄音機を作るところから始めるぞ」
「ちくおんき、ってなんだっけ?」
昼間から愛花は間の抜けたことを言う。
「音を記録しておく装置だよ。再生もできる」
「あぁ、音楽聞いたりするやつだ」
「魔法だと手が塞がるって言ってたよな。それにCDみたいな物理メディアもないんだろ?」
「そうだね。こっちだとCDって見たことないかな。広場で楽器を演奏している人なら病院からの帰りに見たことあるけど」
「生演奏がメインってことだな。だったらやっぱり蓄音機は役に立つはずだ」
「でも、あたしにそんなの作れるのかな」
「小学生のときに作っただろ。ほらまさに夏休みの自由研究で」
「えーっと、そうだっけ?」
愛花はすっかり忘れているようだが、およそ十年くらい前に作った。
図書館に行って来たのもそのときの記憶を頼りにした。
小学生の愛花にできたことが、高校生の愛花にできないわけがない。
今の愛花は魔法使いなのだからなおさらだ。
「じゃあ理科の話。音が振動だっていうのはわかるよな」
「うっすら覚えてる」
「その振動を物に刻み込んで、それをスピーカーで増幅させれば蓄音機の完成だ」
「ちょっと待って。わかんない」
「ほら針と紙コップで作っただろ」
「あ、思い出した! 小学生のとき作ったよ!」
「だからずっとそう言ってるだろ」
あのとき作ったのは簡単な仕組みだ。
材料は針と複数の紙コップさえあればなんとかなる。
片方の紙コップをマイク兼スピーカー、もう片方をレコードの代わりに使う。
紙コップに針をつけ、もう一方の紙コップの側面に触れさせる。
あとは一定の速度でレコード側の紙コップを回しながら、マイクに声を吹き込めばいい。
そうすることで声の振動を刻み込むことができる。
記録した音声を聞くためにはレコード側の紙コップを回せばいいだけだ。
夏休みの宿題で作ったときには一定速度で紙コップを回転させるための台座やハンドルを作るほうに手間取った記憶がある。
そうして愛花の歌を吹き込んだものを提出した。
押し入れを探せば出てくるとは思うが無事に再生できるかどうかは怪しい。
紙コップの耐久性は低いため、丁重に保管しておかなければすぐダメになってしまう。
「ようするに声の振動をなにかに刻み込む仕組みを作れば、蓄音機はほぼできあがる」
「CDも同じ仕組みなの?」
「あっちは光の反射だから違う。説明、聞くか?」
「ううん、いい。もう頭いっぱい」
「だろうな」
愛花の顔は見えないが、それでもげんなりした表情が想像できて思わず笑ってしまう。
「でもゲンちゃん、どうして蓄音機を作ろうと思ったの?」
「作るのに難しい手順が少ないのが理由の一つだな。あとは前に一度作った経験があるのも活かせるかなと」
以前に一度作ったという経験は、自信につながる。
それは今の愛花に必要なものだ。
知識は俺が調べればいい。
愛花はすっかり忘れてしまっていたみたいだけど。
「あと、愛花が欲しくなりそうなものがいいという点で選んだ。日頃からずっと音楽聞いてただろ?」
「うん。あのピンク色のプレーヤー、お気に入りだったんだよね」
「知ってる。あんな風に携帯はできないだろうが、演奏を録音しておけばいつでも何度でも聴くことができるようになる」
「そのために蓄音機を?」
「ああ」
本当ならもっと必要になるものは考えられる。
もっと生活に直接関係あることに対して手を打つこともできた。
だが、まず優先するべきは愛花の気分だ。
そこをなんとかしないと始まらない。
「納得したか?」
「うん。あたしも蓄音機が欲しくなってきた」
「じゃあ材料の選定をしよう。試作品を作って、有用性を証明した後はプレゼンテーションをしてスポンサーを見つけ、量産体制に入る。そのためにもコストとリターンについてもディスカッションして」
「ゲンちゃん、わざとややこしい言い方してるでしょ」
「ばれたか」
「あたし、そういうのわかんないんだからもっと優しく話して」
「愛花はバカだなぁ」
「えへへ、知ってる」
お決まりのやりとりをして、俺たちは笑い合う。
やることは決まった。
そのせいか、愛花の声も明るくなっていて、少しだけほっとした。
「じゃあ早速、材料の選定から始めようか」
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