1-3
ここからは親や医師に聞いた話になる。
端的に言うと、俺は車に轢かれた。
運転手がどういう状態だったのかは知らない。
酒を飲んでいたのか、眠っていたのか、あるいは車自体に問題があったのか。
どうあれ事故が起こったことが大事なのであって、それ以外のことは今の俺にとってはさほど重要ではない。
さて車に跳ね飛ばされた俺は、そのまま運悪く看板に激突したらしい。
どんな店の看板かまでは聞いていない。
多分、喫茶店かなにかだろう。
今どき珍しい木製の看板は釘を使って組み立てられていた。
そういうデザインだったのか、作りが雑だったのか、釘が飛び出していたようだ。
で、運悪くその釘が刺さった。
どこに、というのは言うまでもないことだろう。
想像するだけで痛いので、深くは考えないことにした。
すでに意識を失っていたのは不幸中の幸いってやつかもしれない。
そんなわけで俺は左目を失った。
これが昨日の出来事らしい。
ガーゼと包帯に覆われた左まぶたの裏には、ぽっかりと空洞ができているのだろう。
怖いので触る気にはなれない。
指で押して、空き箱のようにペコペコとへこんだ日には夜も眠れなくなりそうだ。
体重は何グラムか減ったのだろうか、そんなどうでもいいことばかりが意識にのぼる。
長年あったものがなくなったのに、俺は生きている。
治療のおかげと言えばそれまでだが、いわゆる精神的なショックもあまりない。
あらためて事故当時のことを回想したところで、期待していたような現実感が押し寄せてくる感じもしなかった。
泣いたり取り乱すことも特にない。
冷静というよりかは、無感動という表現のほうが近いか。
俺は薄情なのかもしれない。
ちなみに、愛花は助からなかった。
俺と同じように轢かれて、しかし後頭部を強く打った愛花はそのまますぐに死んでしまったらしい。
左目に負けないくらい付き合いの長い幼馴染が、突然いなくなった。
それを知ってすぐに泣けるほど、俺は誰かの死に慣れていない。
正直に言うとよくわからないのだ。
幸運なことに祖父母も健在だし、今まで身近な誰かが死んでしまった経験というものに欠けている。
ドラマや映画のように、死に際に立ち会えたわけでもなければ、辞世の句を聞き届けたわけでもない。
愛花に死の予兆があったわけでもない。
本当になんにもなかった。
直前まで愛花とは普段どおりに話をしていたし、左目はその嬉しそうな表情を映していた。
それなのに死んだとか言われても、俺にはそれがどういうことなのか理解することができない。
わからないことで泣いたり、悲しんだりすることは難しいだろう。
だから俺は左目を失ったことも、そして愛花が死んでしまったことも悲しくなかった。
悲しくはなかったのだ。
***
その晩、また音のない夢を見た。
たくさんの人と話している夢だ。
もちろん声は聞こえない。
この夢には音がないからだ。
誰としゃべっていても、相手がなにを言ってるのかはわからない。
読唇術でも使えればまた違うのかもしれないけど、相手が俺の知ってる言語を話しているとも限らないだろう。
なにせ服装がどうもファンタジーだ。
鎧とか甲冑とか見かけるし、ドレスを普段着で着ているとおぼしき人も見かける。
夢の中の俺はその人たちと面識があるようで、向こうはそれなりに気さくな感じで話しかけてくれる。
なにを言っているのかはわからないが、そういう親しみは感じた。
対するこちらは混乱しているのか、はっきりと返事ができていない。
声にならない声のような、感嘆符や簡単な身振り手振りで反応するのがやっとだ。
会話の相手は見目麗しい女性が多い。
不思議なくらいどの人もクラスメイトに似ている気もする。
服装が変なのは演劇の衣装という設定が夢の中では出来上がっているのかもしれない。
そんな夢を見た。
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