第13話 ヨネタヒロキ5
一年でイタリアから帰国する事になった。
地球が救われた後、牧田の計らいでデザインの勉強をするためイタリアに留学できる事になった。事態を打開したボーナスなのか妻も一緒で待遇のよい留学だ。当初3年位を予定していたのだが留学半年で応募した作品展の優秀賞というのに選ばれた。それが幸運にもアサミヤの会長の目に止まり大抜擢で本社デザイン室に迎え入れられる事になった。
しかも社長の直轄という高待遇は年齢のせいだろうか。何はともあれ高倉の下で働く羽目にならなくてよかったと胸をなでおろす。役職上は高倉と同列らしい。
たいしたものだ。
「お待ちしておりました米田さん」
初出勤の出迎えはスタンダードデザイン室にいた室長代理のネエチャンだ。名前は鈴木さやかと言う。俺がいなくなった後、高倉が盗んだデザインに大胆にも異を唱え、ちゃっかりあの微調整したデザインを突きつけてあっさり採用されると、それを手柄にして本社勤務になったらしい。
その後高倉の足元はぐらついて、今では地方に左遷なんて噂が立つほど立場が怪しいという事だ。
人のものを盗むからそんなことになる。
俺は鈴木さやかに連れられてデザイン室に入った。朝礼で高倉より偉い本社デザイン室のボスが俺を皆に紹介した。
「本日から、社長の直轄のプロジェクトに参加する事になった米田です。よろしくお願いします。特に高倉さん、お互いにいい刺激になるといいですね」
俺が棘のある笑い掛けを送ると端のデスクでこちらをうかがっていた高倉は引きつった表情で軽く右手を上げた。一年ぶりに見る高倉は何だか小さく見えた。スタンダード室の室長をしていたときはもう少しマシに見えたものだが、大海を見た蛙というところだろう。
俺はしばらく様子を見ながらデザインに打ち込んだ。会長は好きにやれと言ってくれたので遠慮なくインテリアデザインを芸術まで高める作業に没頭できた。
鈴木さやかは俺と同じプロジェクトを希望していたらしく……って、まるで俺が戻る事を知っていたみたいだ。
現在、俺の同僚として隣のデスクで仕事をしている。あいかわらずきりりとしたボスキャラで高倉なんかよりよっぽど出来るデザイナーなのだろう。このデザイン室の中でも彼女だけオーラが違った。
「どうして俺と同じチームを希望したんだ?」
昼やすみのカフェレストランで食後のコーヒーをかき混ぜながら聞いた。鈴木さやかはランチパスタを食べ終えたところでこちらを向いて微笑んだ。
「一目ぼれです」
「?」
俺は一度耳を通り抜けた言葉を強引に再生すると意味を反芻してそして見失った。
鈴木さやかに向けていた視線を意味なく泳がせて耳が熱くなった。
俺には妻が……
「あっ、すいません、誤解しないでくださいね、才能にひかれたということです」
「なっ、何だ、そうだよな、こんなおっさんに惚れるわけねーよな、ははは」
ばつが悪いのと顔の暑さから手のひらで顔を扇いだが何の効果もなかった。
「そんな、おっさんだなんて、米田さんかっこいいですよ、おじさんにしては」
おじさんはよけいだって……心での叫びは黙ったままで聞いた。
「でもどうして?なんだか俺が戻って来るのがわかっていたみたいだけど」
鈴木さやかはクスッと吹き出し気味に笑う。
「だって会長にイタリアまで行かせてあなたを推薦したの、私ですから」
「えっ?会長と親密な関係……」
突然の告白にまわりを気にしながら小声で語尾が消えてしまった。
「親密って、えっ、違いますよ!そういうことではなく、会長は私のおじいちゃん、つまり私は孫です。苗字が違うのはお母さんが鈴木専務、お父さんの嫁だからです」
才能を手にして一芸に秀でたとはいえ、失敗した俺が一年前にスタンダードデザイン室に怒鳴り込んだのは無駄ではなかったらしい。
「それでも、あの後しばらく行方がわからなくて、困っていたとき消息不明の米田さんの居場所を教えてくれた人がいたんですよ、お知り合いですか?」
なるほど、地球が救われるまでいろいろあったからな。結局また牧田に救われたということだろう。
「俺の消息教えてくれたの色白で細身の美人だろ」
鈴木さやかは失笑気味に俺を見つめた。
「そんな美人な人じゃなかったですよ。女ですらありませんでしたけど、やせて顔色の悪い男でしたよ、黒いスーツの、残念な男前ですね」
その男は俺がイタリアに行った2ヶ月後ぐらいに鈴木さやかのもとを訪れたそうで、その男が来たとき、なぜか夢でも見ているような不思議な感覚に囚われたそうだ。
俺もそんな男は知らないし、牧田の部下だろうか。
結局才能を手にしても一人じゃ何も出来ないダメダメな俺は、いろんなやつに助けられているなと思う。
「それって才能よりスゲー事だな」と呟いて今日もスケッチブックに鉛筆を走らせる。
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