第12話 ノセトモコ2
あれから半年が過ぎて私は平穏な日々を取り戻しつつある。あの倉庫みたいな作業場で目覚めたとき、世界は救われたらしい、他の人たちがどうなったのか牧田恵子は教えてくれなかった。
私はいただいたはずの才能がすべてなくなったと告げられた。それでも寿命は戻る事はないらしい。その事で牧田恵子、いや、牧田恵子のいる組織が報酬という形でかなりの金額を提示してきた。
そのお金だけでもう働く必要もないのだが、人間は働かないとだめになるという思いに駆られ隣町でコンビニを始めることにした。もちろん元ダンナのところに戻ったんじゃない。正真正銘私のものだ。パン祭り騒動の後、地域担当者から怒りの連絡があり、私がこっぴどく怒鳴られると言う理不尽な扱いを受けた。その酷い扱いに腹が立った私は、地域担当の上司にあたる統括部長に怒りの逆電をして事情を説明した。ちなみに統括部長はコンビニを始めた時の担当でよく相談に乗ってくれる人物だ。その流れで私の離婚が成立した後、出店の手助けをしてくれたのだ。ちなみに元ダンナはユキとも上手くいかずに慰謝料を搾り取られたあげくFC契約も断たれ全ての店をたたんだらしい。
結局四店目はどうにもならず借金だけ残し途中でやめるという情けないことになり、元ダンナはあの年で就職活動をしていると高須家の嫁から聞いた。
悠斗は希望通り私の元に来た。北村家は結局経済的に行き詰まってあっさり悠斗を手放した。
そのときの義父のほっとした顔がかなりムカついたけど家まで手放す事になった人たちを攻める気にはならなかった。
後は関わらない事を条件に私への慰謝料と悠斗の養育費は辞退した。
この街で悠斗と二人だけで生活を始めてすぐ、悠斗は自分のやりたかった事を口にした。
驚く事に野球をしたいと言い出したのだ。よくよく聞いてみると前から野球をしたかったらしい、ママ友問題で私に気を使って遠慮していたという事か?
隣町になった高須家のショウくんが所属するチームは、私のことを考えるとどうしても言い出せなかったらしい。
子供にママ友同士の確執みたいなものを悟られ気を使われていたとは情けない話だ。
青く晴れた日曜日の午後、開店したてで忙しいコンビニをバイトさんたちに任せて河川敷のグラウンドに来ている。
悠斗の試合があるからだ。
今日の試合がデビュー戦で親バカとしては見逃すわけにはいかない。日差しとは裏腹に少し肌寒い空気の中で審判のおじさんがプレイボールの声を上げる。
野球の応援なんて高校の時以来だ。しかも身内に野球部員などいなかったので試合開始がこんなに緊張するなど思いもしなかった。
高校野球でよく見る祈る親の気持ちが理解できた。
悠斗が軽く素振りしてからはじめての試合で初めての打席に立つ。
このチームがどのくらいの強さなのか知らないので、初心者の悠斗にいきなり2番でレフトと言うのがよく分からない、補欠でなくて大丈夫かと心配する。
相手チームは以前住んでいた町のチームで、もちろんピッチャーはショウ君である。高須家の嫁は馬鹿にしたようなワライ顔で私を見た。
「悠斗!バシッと打っちゃえ」
無責任な私の期待に悠斗がはじけそうな笑顔で答えた。
私のほうが緊張しているようで悠斗は余裕な感じがする。なんだか頼もしい、3球目のボールが放たれたあと高須ママ軍団の声援が悲鳴に変わる。小さな悠斗が打ったボールは飛距離を伸ばし外野の頭を超えた。見事な2ベースになった。
ガッツポーズで答える悠斗に私は手のひらが痛むほど拍手を送り声を上げた。
私は嬉しさの反面、かなりの反省を強いられる。
危うく悠斗の可能性をつぶす所だった。つまらないプライドのために大切なものを見失いそうになっていたことにようやく気が付いたのだ。
初めての打席でヒットを打ったから甲子園やプロ野球にいけるほど甘いものではないだろうが悠斗自身が初めて言い出したやりたい事を応援していこう。私はコンビニの店長として子供を見守っていこう。
後ろから声をかけられる。
「悠斗、才能あるんじゃないか」
くたびれた顔の元ダンナが立っている。
「あなた!なんで来てるのよ?」
私はせっかくの天気と悠斗のヒットが汚されたような気分になる。
「怒らないでくれよ、悠斗から電話があって見に来てほしいって、それとお前に謝れって」
悠斗が連絡したんだ。少しだけフンと思う。
「仕事は見つかったの?」
元ダンナは苦笑いして頭を掻いた。
「今も面接の帰りなんだ。その場で不採用、何にも出来ない人間は要らないって言われたよ」
悲しげな表情で元ダンナは悠斗に視線を向けた。見た目は父親の顔を見せる。
「本当にすまないと思っている、俺がバカだった。今はそれだけしかいえない、でも、ちゃんと就職決まったらまたやりなおしてくれないかな、今更むしのいい話だけど」
この男今更何を言っているのよ、何言ってるの、何言ってる……
「ねえ、いま私の店バイトが足りないのよ、就職決まるまで手伝いなさい、時給の安いバイトとしてこき使ってやるから」
私も相当のバカだな。
悠斗がこちらを見て微笑んだ。
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