第3話





 涼太が衝撃から立ち直るまで、しばらく時間がかかった。

 その間、洋一は部屋の中を動き回り、落ち着くのを待つ。


「……すみません。落ち着きました」


 平静を取り戻した涼太は、持っていたことに気がついていたので、謝罪をする。

 そして本を自身の元に引き寄せて、数ページめくった。


「……あと、この中で気になっているのは、放課後にかくれんぼをしてはいけない決まりです。この怪談は、どういった経緯で始まったものなのか。呪いや、そういった類のものか、先輩は知っていますか?」


 そして開いたページの中の、一部分に視線を落とす。


 そこのページに書かれていたのは、高校にある禁止事項だった。

 たくさんある中の一つに、放課後にかくれんぼをしてはいけないとある。


「これが始まった経緯、ですか」


 口元に指をあてて、洋一は眉間にしわを寄せる。


「私よりも古参のものなので、詳しくは知りません。ただ、とある生徒の妹が原因だという話を、耳にしたことがあります」


「妹、どういうふうに関係しているのでしょう」


 涼太は、これまでの話に疲れて、背もたれに深く寄り掛かった。

 洋一は動き回るのを疲れていたみたいで、同じような格好で座る。


「その生徒の妹は、まだ小学生。家に帰っても親がいないから、放課後は兄の通うこの学校に遊びに来ていました。他の生徒からも有名で、手が空いている生徒に遊んでもらっていたのです。野球部である兄の部活が、終わる時間まで」


 洋一の視線の先には、グラウンドにいる生徒達の姿があった。

 部活動を行っている者、友達と遊んでいる者、様々な種類の者がいた。


「遊んでいた生徒のほとんどは、純粋な気持ちでした。……しかし残念なことに、そうではない人間も存在してしまった」


 どの生徒の表情も、とても輝いている。

 未来に何の不安も抱いておらず、希望を持っているように見えた。


 内心では、どんな醜いものがはびこっているのか、誰にも知る由は無いが。


「一人の生徒は、特殊な性癖の持ち主でした。一定の年齢までの人間しか、欲情をしない。そしてその年齢が、最悪なことに妹に当てはまってしまったのです」


「もしかして……」


「田中君が想像している通りです。妹がかくれんぼをしている時を狙って、一人になったところを襲いかかり、嬲って嬲って嬲りつくして、最後には命を奪ってしまった」


 生徒達の姿を見ている顔は、慈愛に満ち溢れていた。

 その内心を、誰にも読み取ることは出来ない。


 本当は、何を思っているかなんてことも。


「命を失った姿を前にして、何を思ったのでしょう。保身や後悔、恐怖、そういったものでしょうか。だから彼は、隠すという結論に至った」


「隠したって、どこに?」


「それは分かりません。今もなお、この学校のどこかにいると言われています。いつかは、見つかる可能性はありますよ」


 涼太も同じ方向を見た。

 生徒達の姿を見て表情に浮かんできたのは、複雑な感情だった。

 彼の背景を考えれば、当たり前の感情か。


「その殺された妹が、こうして襲っているということですか?」


「ええ。かくれんぼをしている生徒がいると、恨みから出てきて自分の身に起こった出来事を体験させるそうです。だから、頭がおかしくなってしまう」


「……うーん」


 話を聞いた涼太は、先ほどの洋一のように口に手を当てて、眉間にしわを寄せた。

 何かを考え込んで、唸っている。


「どうしましたか?」


 その様子に、洋一はどうしたのかと尋ねた。

 しかし、すぐには返事をせずに唸り続ける。


「うーん。うーん。でもなあ……僕の勘違いの可能性もありますし」


 はっきりとしない物言いに、普段は穏やかな洋一の中に、苛立ちの感情が生まれた。


「どうしましたか? 田中君?」


「あっ、はい。話します話します!」


 感情を隠すことなく、涼太に向かって催促する。

 その顔は笑っているのに、目は笑っていなかった。


 唸っていた涼太は、顔を見て苛立ちを悟ると、考えを一転して話すことにした。


「あ、あの。放課後にかくれんぼをすると出てくる怪談って、本当に被害者の妹なのでしょうか?」


「……と、言いますと?」


「その子は小学生でしたよね。そうだとしたら、自分の身に最期に起こったことを体験させるでしょうか? 普通は自分にとって恐怖でしかないから、違うことをする気がしただけです。考え過ぎですよね」


 考えを話した涼太は、すぐに自身で否定に入った。


「いえ、とても興味深い考えです」


 しかし洋一は、その考えを否定することはなかった。

 むしろ、新たな考え方だと、興味を引いたようだ。


「確かに、妹の仕業だとするのは浅はかでした。かくれんぼをしていて悲惨な末路になってしまったからと、イコールで繋げるのは違いますね」


「な、なんか、そこまで全面的に肯定されると、自信が無くなってきます」


「そうですか? 中々、難儀な性格ですね。私は目から鱗が落ちる気になって、田中君を尊敬しましたのに」


 手放しの称賛に、恥ずかしくなってしまった涼太は、顔を俯かせた。

 そして熱を冷ましてから、顔を上げる。


「もしも妹では無かったならば、誰の仕業なのでしょうか。僕は、そこまでは考え付きません。先輩なら分かるのではないですか?」


「そうですね。別の人間を上げるとすれば、一人しか思い浮かびません」


「……誰なのか、聞いても構わないですか?」


 考えようによっては、人任せのように思えるかもしれないが、これが最善だと信じた結果だ。


 そして、その期待通りに、洋一の中では犯人がすでに分かっていた。

 涼太からの期待の眼差しを向けられながら、特に緊張した様子もなく、あっさりと口にした。


「きっと、妹を殺した犯人である男子学生でしょう」


「え? ……ええ?」


「よく考えれば分かるはずです。被害者以外に、その状況を知っているのは、加害者しかいないでしょう?」


「……そうですね」


 涼太は納得し、そして再び首を横に傾けた。


「そうなっているということは、その学生は……」


「おそらく、すでにこの世のものではなくなっているのでしょうね。死んでからもなお、迷惑をかけるなんて。まるでなっていませんね」


 疑問に淡々と答えると、洋一は机の上に広がっている本を全て閉じた。






「ここまで来て、分かったことがあります」


「何でしょう?」


 高校にある怪談の話を、二人はこんなにも詳しく話したのは初めてだった。

 謎の達成感に包まれながら、涼太は軽く欠伸をする。


「この学校で何かをした人は、全員その後は行方知れずになっているということです。今まで話した人は、そうなんですよね」


「そうですね。田中君の言う通りです」


「これって、今起こっていることと関係していたりする可能性はありませんか」


 話をしているうちに、最初の緊迫感はどこかに消えてしまっていた。

 しかし、本来の目的を忘れたわけではなかった。


「消える、という点では同じですね」


 洋一は、背もたれによりかかり、目を閉じる。


「しかし標的の関連性はありません。今までは何かを起こしてきた人でしたが、今回は特にこれと言って目立つことのない、普通の生徒も含まれていますよ。彼等は、何を基準に選ばれているのか」


 目を閉じ口も閉じてしまえば、顔色の悪さも相まって死んでいるみたいだ。

 胸が上下に動くことは無いので、そう見えてしまうのも仕方のないことか。


「確かに、そこは違います。もしも、それが重要な点だとすればどうでしょうか?」


「重要な点、とは?」


「標的にする人間の種類が変わった。それは目的が変わったからと、そう考えてみるんです」


 涼太は立ち上がり、部室に置いてあるホワイトボードに近づく。

 そしてマーカーを手に取って、ボードに書き始めた。


「今までは、邪魔になっていたから消した」


 桜井瞳、伊藤駿二、かくれんぼの怪談の犯人、それぞれの名前を書くと、すぐに上からバツ印をつける。


「しかし今は、選抜しているのではないでしょうか」


「選抜?」


「はい。将来性のある人材を、取り込んで育てているのです」


 次に、いなくなっている人達、と書くと丸で囲む。

 一度だけではなく、何度も何度も。


「だから、もしかすると今いなくなった人達は、これから新たな怪談として出てくる可能性があるとか」


 好きなだけ丸で囲むと、ペンを置いてホワイトボードを背にした。


「まあ、全て僕の推測でしかありませんけど。今から、それを調べましょうか。少し、話をしすぎましたね」


 洋一の顔を見て、そして締まりなく笑う。


 しかし涼太の方を見た彼は、目を少し開いた後、三日月のように細めた。


「……いえ、その必要はなさそうです。後ろを見てください」


「後ろ? ……うわっ!」


 促されて振り返った先には、ボードいっぱいに書かれた大きな文字。


『正解』


 誰が書いたのかなんて、すぐに二人には分かった。


「わざわざ教えてくれたみたいですね」


「親切にしてくれたんでしょうか」


「いいえ、そうではないでしょう」


 正解と書かれた文字が消え、次の文字が現れる。



『邪魔したら消す』



「牽制されたみたいです」


「……そうみたいですね。それでも、正解だと分かったのだから収穫はあったと思いましょう」


 二人は席に戻り、深く息を吐いた。


 そして、それぞれ違う作業を始め出し、今までのことなど全て忘れてしまったかのように、話題から出さなくなってしまった。





 こうすることが、最善の策だと本能で察したからだ。

 こうして高校の怪談は、途切れることなく続いていく。

 永遠に。






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高校奇談 瀬川 @segawa08

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