一人じゃあぶないよ

第1話





 一人で学校にいると、連れていかれる。



 そんな噂が、ある日一気に広まった。

 出所は分からず、生徒達はくだらない冗談だと馬鹿にしていた。


 しかし数人の生徒が行方不明になる事件が起こり、笑っている場合じゃなくなった。

 一人で学校にいたから、連れていかれてしまったのだ。


 そう考えて、学校の中では誰もが一人で行動しないようになった。

 大人びた者も、不良じみた者も、その例外ではない。


 生徒達の様子に、ただならぬ気配を感じて、先生も何か対策を講じようとした。

 しかし、そのどれもが上手くいかず、結局一人にならないようにと、注意する以外になかった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



「これは高校始まって以来の、大事件ですよ。先輩」


「大事件、ですか。……今回は大げさではなく、確かにそうかもしれませんね」


 ミステリー研究会では、今日も田中涼太と部長の大嶋洋一が、話をしていた。


 しかし、普段の気楽な雰囲気はない。

 お互いに真剣な顔をしている。


「先輩は正体が何か分かっていますか?」


「いいえ。全く見当がつきません。明らかに質が悪いので、調査しないといけませんが」


「僕も手伝わせてください!」


 重苦しい中、二人は覚悟を決めたように頷いた。

 洋一は、部室にある本棚の元へと近づく。

 そして上から下まで全てを見回して、一冊の本を取り出した。


「……それは?」


「もしかしたら、手掛かりになるかもしれないと思いまして。調査をする前に、一度目を通しておいてください」


「はい、分かりました!」


 それを涼太に渡すと、定位置に座る。

 渡された涼太は、まず表紙を見た。


 そこには、『高校怪談まとめ』と書かれている。


「これ、ずっと気になっていましたけど、触っちゃ駄目なものかと思っていました。……僕が見ても……大丈夫ですか?」


「大丈夫です。田中君なら、見ても耐えられるでしょう。おそらくは」


「……急に不安になってきました」


 ミステリー研究会の部員として、一人前だと認められ嬉しくなっていたが、見るのをためらってしまいそうになる。

 しかし読まなければ進まないので、恐る恐るページを開いた。


 はじめはゆっくりと、しかし段々とめくるスピードは速くなっていく。

 そして最後のページに辿り着く頃には、涼太の眉間のしわは深くなっていた。

 本を閉じると、洋一の方に向き直る。


「先輩、ここに書かれていることは」


「全部、実際にあったことです」


「そうですよね……」


 またぱらぱらとページをめくり、とあるページで止まった。


「これとか凄いですね。テストで四十九点を取ると、自殺した生徒に呪われるって。結構いそうですよね。呪われてしまう人」


「ああ、それですか。それは特殊な事例でして」


「特殊な事例?」


 止めたページには、随分前に起こった出来事の詳しい内容が書かれている。


 テストで四十九点を取った生徒は、呪文を唱えなければ呪われてしまう。

 そのせいで、数人の生徒が自殺に追い込まれてしまったということだった。


 回避方法があるとはいえ、自殺した生徒の呪いは強い。

 そう考えさせるものだと、涼太は感じたのだが。


「確かに昔、テストで悪い点を取ってしまったがために、自殺してしまった生徒はいました。しかし、そこから呪いは産まれなかった」


「……? それは、どういうことですか?」


「呪いは産まれたのではなく、作られたのです。一人の女子生徒の手によって」


 洋一は、また立ち上がり本棚の前に行くと、今度はすぐに一冊取り出した。

 そして涼太に渡す。


「これは……?」


「呪いを作った本人の資料です」


「これが……普通の人に見えますが」


 渡された資料には、一人の女子生徒の情報と写真が入っていた。


 桜井瞳。

 彼女の容姿は可愛らしいものではあるが、その他に不気味な雰囲気を持っているわけでもなく、いたって普通にしか見えなかった。

 写真の姿と、行った所業が結びつかず、涼太は軽く混乱してしまう。


「まあ、見た目はそうかもしれませんね。しかし実際に、全ては彼女が一人で全てを計画し、実行したのです」


 洋一は、本のページをめくり指し示す。


「ここを見てください。四十九点を取ると、呪われるという噂は昔からありました。その噂を利用して、彼女は一人の生徒を実験体にしました。高橋早苗。彼は少し素行の悪い生徒でしたが、操りやすい素直さがあった。そのせいで選ばれてしまったのです」


「彼が、最初の犠牲者というわけですか」


「ええ、そうです。彼は四十九点のテストが返却された日に、自殺しました。首をつっていたらしいです」


 そこに写っている男子生徒は、カメラを睨みつけるように、挑発的な表情を浮かべていた。


 その姿も、数ヶ月後には無くなってしまうのが分かってしまうと、もの悲しく目に映るのだから不思議である。

 彼を操り、自殺にまで追い込んだ手腕が恐ろしい。


「そして彼女が在学中、数人の男子生徒が毒牙にかかり、同じ結末に行きつきました」


「誰もおかしいとは思わなかったんですか? 彼女との関連性に、気が付く人とかは」


「いませんでした。そこが彼女の狡猾なところで、選ぶ人間は孤立している人ばかり。少し違和感があったとしても、自殺の原因は他にあるだろうと思われてしまったわけです」


「……なるほど。それで、彼女は結局どうなったのでしょうか?」


 渡された本には、どこにも結末が記されていない。


 無事に卒業できたのか、それとも何か事件が起きたのか。

 涼太は気になって仕方が無かった。今まで問いにすぐに答えを返していた洋一だったが、ここで初めて言葉に詰まった。


 口を開いては閉じ、それを何回か繰り返す。

 さすがの態度に、涼太は心配してしまう。


「そ、そこまで言い辛いものですか? 一体、どんな悲惨な末路を……」


「……いいえ、違います。そうではありません」


 想像力を掻き立てられてしまい、頭の中では様々な妄想が繰り広げられていた。

 それを察し、洋一は慌てて止めに入る。


「そうではなく、その逆です」


「ということは……?」


「ええ、全く分からないのです。卒業後にどうなったのか」


 洋一はとても言い辛そうに、しかし結局話をした。


「分からないって、引っ越したとかですか? どこか遠くに行ってしまったから、追うことが出来なくなったとか?」


「そうだったら、まだ調べる方法はいくらでもありました。しかし彼女は、文字通り消えてしまった」


「き、消えてしまった……。ど、どこに?」


 その場に、大きなため息が響く。


「それが分かれば苦労しません。何の手掛かりもなく、誰にも分かりませんでした」


 話を終えると涼太の前にある本を閉じ、静止がかかる前に本棚に戻してしまう。


「どこに行ったのか、私こそ知りたいぐらいです」


 その声の中には、様々な感情がこもっていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る