第4話





「しょ、勝太?」


 その姿を確認した美樹は、急いで勝太のところへ行く。


 ぼんやりとしていた様子の勝太は、名前を呼ばれたのに気が付いて、顔を美樹に向けた。


「ああ……いたのか」


 声に力が無く、いつもと違う。

 美樹は嫌な予感がしたけれど、その考えを無視して近づいた。


「大丈夫だったの? 他のみんなは?」


 返ってくる答えを何となく察していたが、それでも勝太に尋ねる。

 美樹から視線をそらして遠くを見ていた勝太は、低く小さい声で答えた。


「無事だ。他のみんなは、分からない」


「そうなの。私はずっと保健室で寝ていて、起きてきたら終わりの時間が過ぎていたけど。勝太は、今まで何をしていたの?」


「……分からない。気が付いたら、ここにいた」


 普段と違い過ぎる態度に、さすがに美樹もおかしいと感じ始める。

 頭の中に浮かぶのは、先ほどのクラスメイトのやり取り。


 かくれんぼをしいた人達の変化。

 それは、勝太にも当てはまるものではないか。


 気が付かれないように、少しずつ距離を置く。


「あ、あのさ。かくれんぼをしている時に、何か変なことがあった?」


「何でだ?」


「えっ? 何でって……えっと……」


 頭がおかしくなったかどうか、確認する気で聞いた問いに、問いで返ってきて困ってしまった。

 次に何を行動すればいいか分からず、視線をさまよわせていた。


 ただただ、視線をさまよわせ、言葉を発せない美樹。

 その姿を見て、勝太は力無く笑った。


「なあ……」


「な、なに?」


「今まで何をしていた?」


「何って、さっきも言ったでしょ。保健室で、ずっと寝ていたの。私も、ここまで寝られるなんて驚いたけど、たぶん疲れていたみたい」


「そうか……」


 勝太は俯いてしまった。

 美樹は得体の知れぬ恐怖を感じて、数歩後ずさる。


「蓮治、和泉、京介」


 俯いたまま、勝太は話を始めた。


「三人に連絡を取った。その誰もが混乱して、支離滅裂なことしか言わなかった。それでも何とか読み取れた言葉もある」


 逃げた方が良い。

 美樹の頭の中で、警鐘が鳴る。


「『化け物が来た。それはドロドロしていたけど、絶対に美樹の顔をしていた』ってな」


 しかし、地面に足が張り付いたように動かない。


「美樹にも連絡した。そうしたら驚いたよ。普通に電話に出て、普通に今日は用事があって学校を休んでいたと言ったからな」


 ゆっくりと勝太は、顔を上げた。


「なあ……お前は何だ?」


 その目は、怒りの感情を灯していた。





「誰って……私だよ? 美樹だよ」


 全力の怒りの感情をぶつけられた美樹は、豹変することなく戸惑うばかりだった。


「私が化け物だと思っているの? 変な冗談は止めてよ。何でそういう考えになっちゃうの」


 考え直してもらおうと、行き場のない手を上げて近づく。

 しかし今度は、勝太の方が距離を取る。


「ねえ、どうすれば信じてくれる? 私は私だよ。化け物なんかじゃないって」


 怯えていたことも忘れて、美樹は信じてもらおうと必死だった。

 どうすれば、本物だと信じてもらえるのか。

 そういった考えしか、頭の中に無かった。


 まだ逃げる気は無いみたいで、勝太はこの場にとどまってはいる。

 しかし、その表情は硬い。


「信じる、ねえ。それじゃあ聞くけど。自分が化け物じゃない確証は、自分で持っているの?」


「……え……?」


 美樹は固まってしまう。

 勝太の言葉に、きちんとした答えを返せなかった。


 自分が化け物ではない確証。

 それが出てこなかったのだ。


「あるの? 確証? 無いのなら、化け物じゃないと断言出来ない」


「そう、だけど」


 何かを言ったところで、論破されるのは目に見えている。

 美樹はどうすればいいか分からずに、立ち尽くす。


「確証はない。それなら、信じるなんて軽々しく口にするな。和泉までおかしくなって、こっちは頭にきているんだから」


 吐き捨てるように言った勝太は、その場から立ち去ろうとする。

 しかし、その前に美樹が動いた。

 去っていこうとする腕を掴み、睨みつける。


「何だよ?」


「勝太が、化け物じゃない確証は?」


「……は?」


 美樹は、反撃を試みた。

 追い詰められていたから、追い詰め返した。


 そしてそれは上手くいき、勝太は黙り込んでしまう。


「勝太にも無いよね? それじゃあ、私にここまで言う理由はある?」


 腕を掴んで追い詰めながら、どうしてこんな展開になってしまったのかと不思議に思う。

 お互いを疑い合って、別々になる方が化け物の思う壺ではないか。


 言ってしまった言葉を、今からでも取り消して謝ろう。

 美樹は、手の力を抜いた。


 その時、嗅いだことのない異臭が辺りを包む。

 突然だったので、勢いよく吸ってしまった美樹の咳が聞こえる。


「何これ? 臭い」


 鼻を押さえて、美樹は生理的な涙を流す。

 化け物に出くわしたことのない彼女には、この臭いの原因は分からなかった。


 そのため、助けを求めるように、勝太の腕を掴みなおした。



 ずるり、皮が剥ける感覚が、手の中に広がる。

 べたべたして、まるで泥に触ったようだった。

 美樹は何が起こったのか分からず、手のひらを見る。



 真っ赤に染まっていた。


 それだけではない。赤黒く柔らかいものが、ところどころについている。


「ひいっ……ひっ、ひっ」


 美樹の口から、いや喉の方から、途切れ途切れの悲鳴が出た。


 臭いの原因は、明らかにこれだった。

 肉が腐り、血や内臓と混じり合い悪臭へと変わった。


「どうした? 美樹?」


 手のひらだけを見ていた美樹は、勝太の声に覚醒する。

 そして直近の出来事を忘れて、救いを求めるために顔を上げた。


「どうした? みき?」


 当たり前だが、それは勝太ではなかった。

 ドロドロとしたヘドロのような化け物が、大きな口を開けて待ち構えていた。


「どうしたあ? みいきいいいい?」


 そして、呑み込まれる。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



「……そろそろ終わったか?」


 自室でくつろいでいた勝太は、時計を見てほくそ笑んだ。


「みーんな、頭おかしくなっていればいいけど」


 持っていたペンをくるくると回し、そしてスマートフォンを取り出した。

 蓮治、和泉、美樹、京介、電話をかけたが誰も出ない。

 その事実に対して、勝太は心配していない。


「ははっ、明日学校に行くの楽しみ」


 むしろ楽しそうに、スマートフォンを机の上に置いて、座っている椅子をくるくると回転させる。

 そして、高笑いをした。


「自分の手を汚さずに、邪魔者を消す。これこそ完全犯罪ってことだろう。俺って、天才だなあ」


 気持ち悪さを感じたので、回るのはすぐに止められた。


 かくれんぼが開始されてから、勝太はすぐに家へと帰った。

 彼はかくれんぼをした生徒の末路を、少し前に知り合いから聞いていた。


 その時に、とある計画を考え付いた。

 一緒にいるけど気に入らない人達を、全て消してしまうという計画を。



 綿密な準備期間を経て、そして今日ようやく実行に移された。

 結果は、勝太が満足のいくものだったわけである。


「これからも消したい奴がいたら、これをやればいい。何て楽で、簡単な方法を見つけたんだ」


 友人として接していた人達が、全員おかしくなった。

 それなのに、みじんも後悔していない。


「そういえば……俺以外にも、かくれんぼの話を詳しく知っているのがいたのか? 俺が提案する前に、誰かがやりだそうと言い出したよな」


 回転も高笑いも止めた勝太は、ふと考える。

 計画とは違う部分は、そこだけだった。


「まあ、そんなわけないか」


 しかし深くは考えず、部屋から出るために立ち上がる。


 その瞬間、部屋の中を悪臭が満たした。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



 翌日、学校の生徒達は、一人の生徒が自宅で錯乱したという話を聞いた。

 原因は分からず、精神病院に送られたらしい。


 はじめは色々な憶測が飛び交っていたが、時が経てば忘れられる。


 当事者の四人が、全員口を閉ざしていたので、真相が表に出ることは無かった。

 先生の中には、察した人も何人かいたが。


 今でもたまに、何も知らない生徒は、軽い気持ちでかくれんぼをする。

 そして、すぐに後悔するのだ。



 とんでもないものを、呼び起こしてしまったと。









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