第3話
京介は木の上で、どうしたものかと考えていた。
時間は未だに、四時四十四分から動いていない。
先ほどの化け物がどこかに行ったおかげで、臭いはほとんど感じられなくなったことだけが救いか。
「時間が進まないということは、何か変なことに巻き込まれているということだよな。もしも、そうだとすれば……何か行動を起こさなければ、帰ることが出来ないのか?」
ホラー映画やゲームを見たことがある京介は、この異常な状況を冷静に分析しようとする。
スマートフォンの残りのバッテリーは、まだまだ十分にある。
「かくれんぼを終わらせるのが条件か? それとも、他に何か方法があるのか?」
まだ木から下りられるほど、精神状態は回復していない。
そのため、京介は他の四人と連絡を取ることにした。
まずは勝太。
こういう時に、一番頼りになるからだ。
何回かのコール音、しかし出る気配は一向に無い。
しばらく粘ったが諦めて、かけ直してくることを期待する。
その次は、美樹にかけた。
コール音が鳴り、京介は早く出てくれと焦れていた。
しかし出る気配は無かった。
今回もしばらく粘ったが、結局諦めた。
仕方なく、和泉の番号をタッチする。
京介は和泉の性格の悪さを感じ取っていたので、あまりかけたいとは思っていなかった。
しかし緊急事態なので、仕方なくだった。
数回のコール。
出てほしいような、出てほしくないような、矛盾した気持ちを抱えながら、京介は待っていた。
そしてコール音が止み、弱々しい声が聞こえてきた。
「……き、京介……?」
和泉の声だった。
まるで今にも消えそうな、普段の彼女とは百八十度違っていた。
その様子を珍しく感じながら、京介は電話の向こう側の人物に呼び掛ける。
「和泉か? 今どこにいる?」
「……ここ? 分からない。ドロドロした何かに襲われて、気が付いたらここにいたの。暗くて、変な臭いで、全然分からない」
和泉は段々回復してきたのか、はっきりと状況を話すようになった。
しかし、話を聞いても分からないのだから、意味が無かった。
「そこから逃げられそう?」
「……多分。ねえ、京介は今どこにいるの?」
「僕? 僕は裏庭にある木の上にいるから。そこから逃げられたら、ここまでおいで」
和泉のところに助けに行けないのならば、向こうから京介の元に来てもらうしかない。
そう考えて、京介は自分の場所を教えた。
電話の向こう側が、静かになる。
「和泉? どうした? おーい!」
不安になって、何度も呼びかける。
せっかく繋がった電話を、ここで終わらせたくないという気持ちがあった。
「和泉? 大丈夫か?」
「だいじょうぶだよ」
その声は、和泉のものではなかった。
京介の知っている声では無かったのだ。
「だ、誰?」
「だいじょうぶだよ」
老若男女の区別もつかない。機械音のようにも聞こえた。
「だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶだよ」
「いま から いく から」
「まっててね」
「ひいっ?」
京介は耐え切れず、スマートフォンを落としてしまった。
地面へと落ちてしまったが、土のおかげで壊れるのは阻止されたようだ。
「に、逃げなきゃ」
少し呆けてしまう時間の後、覚醒した京介は木から下りようとする。
しかし、その時には全てが遅かった。
「みいつけたあ」
肩に手が置かれたかと思うと、異臭がその場を包み込んだ。
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汚れてしまった指を洗った美樹は、荷物のところに座っていた。
しかし十分も経たないうちに、暇になって体育館の中を歩き回る。
他の四人に連絡を取りたいところだったが、肝心のスマートフォンが無いので、どうしようも出来ないようだ。
「早く帰ってこないかな。みんな何をしているのかな」
さまようのにも限界があり、美樹は荷物のところに戻ろうとした。
しかしちょうどその時、部活をしていたクラスメイトを見かけて、そちらに向かった。
「部活おつかれ。ねえねえ、今まで体育館にいたの?」
「そうだけど。何しているの? こんなところに一人で」
タオルで流した汗をふいていたクラスメイトは、美樹に対し変なものでも見るかのような視線を向ける。
「ちょっとかくれんぼをしてて。もう時間になったのに、他のみんなが帰ってこないのよね」
視線に居心地の悪さを感じつつ、美樹は話を続けた。
「え? かくれんぼ? そんなことをしたの?」
「う、うん。そうだけど」
思っていたよりも話に食いついてきて、少し引き気味に答える。
「放課後にかくれんぼをするなって、何で言われているのにやっちゃったの。駄目だよ、それ」
「何が駄目なの? 別に何かが起こるわけじゃないし」
「私、何で駄目って言われているのか、先生に理由を聞いたことがあるの」
クラスメイトの馬鹿にした様子に、美樹は苛立ったが、話を聞くことにした。
「昔ね、かくれんぼを放課後にした人達がいたらしいの。そうしたら次の日、全員頭がおかしくなった状態で発見されたって。そういう事件が、頻発したらしいの。だから先生達は、かくれんぼを禁止したんだって」
「……それって……」
「ねえ。今、かくれんぼをしている人達は、大丈夫なの?」
言いたいことだけ言うと、クラスメイトは去っていった。
美樹は追いかけずに、呆然とその場に立ち尽くす。
胸を占めるのは、他の四人に対する心配の気持ち。
「大丈夫。きっと大丈夫。……大丈夫だよね……?」
大丈夫だと口に出しても、心配が消えることは無かった。
美樹は、ゆっくりとした足取りで、荷物の元に戻る。
そこには、勝太が立っていた。
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