放課後の恐怖
第1話
この高校には歴史に見合った分だけ、決まりごとがたくさんある。
その中には、意味がよく分からないものがあった。
部室棟から聞きなれない音がしても、耳を澄ませてはいけない。
呪われた椅子に座った生徒と、一ヵ月話をしてはいけない。
特別棟にある教室の中で、黒い手形のあるところは触ってはいけない。
どれもが良く分からないが、生徒は何となく守っていた。
そして中でも一番意味が分からないのは、放課後にかくれんぼをしてはいけないこと。
高校生にもなって、そんなことをする人がいるのか。
そう思う者がいるかもしれないが、意外に高校生でも童心にかえるものだ。
鬼ごっこなど、昼休みに騒いでいる姿が見かけられ、先生に怒られ一部の生徒からは呆れられている。
そういうわけで、高校生でも子供みたいな遊びをするものだ。
しかし、さすがに放課後まで遊ぶ人はいなかった。
わざわざやらない限りは、これからもかくれんぼなど、行わないはずだった。
大多数の人間は、禁止されることはやらない。
しかし一部そうではない人間も、悲しいことにいる。
彼等は禁止されればされるほど、その理由も考えずに破ってしまう。
後悔した時には、全てが遅い。
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誰が言い出したのか。
「放課後に、かくれんぼしない?」
その提案に、場にいた五人が賛成した。
「面白そうだな!」
グループの中心である勝太が、真っ先に乗っかったのが大きいのかもしれない。
「かくれんぼなんて、久しぶりだね」
勝太の彼女である和泉も、すぐに肯定的な言葉を言う。
「確かに。懐かしい」
和泉の親友の美樹は、スマートフォンを操作していた手を止めて、面白そうといった表情を浮かべた。
「いいねいいね。負けた人は、罰ゲームさせようか」
美樹の彼氏である蓮治が、テンション高く意見を言えば、
「やろう」
最後の一人である京介も、嬉しそうに笑い、そう言った。
こうして五人は、放課後にかくれんぼをすることに決めた。
ルールは簡単で、鬼になった一人が、残りの四人を探す。
制限時間は一時間で、それまでに全員が見つかれば鬼の勝ち。
時間切れになるか、降参すれば隠れている方の勝ち。
鬼は公正なるじゃんけんの結果、蓮治に決まった。
「一時間なんてかからずに、全員見つけてやるよ」
じゃんけんで負けて鬼になったのだが、蓮治はとてもやる気だ。
現在五人は、開始の位置である体育の真ん中に集まっていた。
制服を着ている彼等に、部活動を行っている生徒は注目しているが、何かを言うことは無かった。
学校での彼等の立ち位置は、それぐらい上にあるせいだ。
「それじゃあ、蓮治。一分数えてから、探すのを開始だからな。逃げているところを見たりするのは、駄目。時計を見て、きちんと一分数えること。分かったな」
「分かっているって」
勝太が最後の確認とばかりに念を押せば、蓮治は面倒くさそうにしながらも、きちんと返事をする。
そうでもしないと、ズルをする可能性があったのは確かだ。
「えーっと、制限時間は一時間ということは。終了するのは、五時三十五分までだね」
京介の言葉に、全員が時計を見た。
時間は四時三十三分を指している。
「四時三十四分になったら、僕達は隠れ始めよう」
時計の秒針が、十二を過ぎた。
「それじゃあ、行くぞ」
勝太の合図で、四人は散った。
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蓮治は時計の針を見ながら、一分が過ぎるのを待っていた。
普通にしていれば早く過ぎるのに、どうしてこういう時は長く感じるのか。
彼は少し、イライラしていた。
待つ、という行為が彼は嫌いだった。
しかしズルをしなかったのは、勝太に念を押されたからだ。
それが無かったら、すでに探し始めていたはずだった。
背後には、四人の気配がすでに無い。
それでも蓮治は、四人がどの方向に行ったのか、気配で何となく察していた。
二人は、体育館の正面入り口から出て行った。
勝太と和泉か、和泉と美樹の組み合わせだろう。
一人は、部活動の生徒に紛れて、外に向かった。
頭を使った逃げ方なので、京介の可能性が高い。
あとの一人は、脇の出口から逃げて行った。
勝太か美樹の、どちらかだ。
蓮治の予想は、こういった感じで、その中から一番楽そうな京介を、探そうと考えていた。
一分が経つまで、残り三十秒。
蓮治は早く時間が経てと、真っすぐに時計を見ていた。
そのせいで、全く気が付かなかったのだ。
辺りの物音が、一切無くなってしまったのを。
周りには、誰もいなくなっていた。
帰ったのではない。一瞬にして、消え去ってしまったのだ。
三十、二十、十、九、八、七、六、残り五秒、蓮治はカウントダウンを始めた。
「五」
静かな空間の中に、異物が現れる。
「四」
それは、ゆっくりと蓮治に近づく。
「三」
背後に忍び寄り、ドロドロとした腕を伸ばす。
「二」
蓮治は、まだ気が付いていない。
「一」
時間が来たと、顔に笑みを浮かべて振り返った。
「零」
そして、全てが呑み込まれた。
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京介は、部活動を行っていた生徒の群れに紛れ込み、外に出て行った。
そうすれば、気配を隠せると思ったのだ。
実際は蓮治にはバレていたが、良い作戦だと自信満々だった。
外に出ると、真っ先に隠れ場所へと向かう。
時間は一分しか無いので、寄り道をしている場合ではない。
そして京介には、良い場所の候補があった。
それは、裏庭にたくさん生えている木の上。
身長は低いが、木登りを得意としている京介にとっては、格好の場所だった。
人は上への注意力が、散漫になってしまう。
特に単細胞の蓮治は、気づかない可能性がある。
木々の中で、一番高いのを選び、慣れた動作で上まで行った。
そして体重を支えられそうな枝に座り、後ろに寄りかかる。
「あとは一時間、待っていればいいだけ」
京介は一人呟き、時間を潰すために目を閉じた。
昔から木登りをしているので、眠るのも彼にとっては朝飯前である。
危険を感じることなく、そのまま意識の闇に沈んでいった。
次に目を覚ました時は、辺りが寒くなっていた。
そこまで時間が経ってしまったのかと、驚いてスマートフォンを取り出した。
画面を表示すれば、時間がすぐに分かる。
「……四時四十四分か……思っていたよりも、経っていないな」
示された時間は、開始から十分も経っていない。
予想よりも過ぎていないと、京介は残念な気分になってしまった。
しかし、ここで気づく。
まだ十分も経っていないのは、おかしいと。
体育館から裏庭までは、直線距離は近いが道が入り組んでいる。
いくら蓮治に見つからないように急いでいたとはいえ、裏庭まで来て木に登り、眠っている間に十分以上は経っているはずだった。
「電波が悪いのかな? それとも壊れた?」
もしも壊れていたとしたら、面倒だと京介は考える。
バイトをしていない学生の身として、親に買い替えてもらえるように頼むのは、一苦労だ。
この時代に電波が悪いというのは中々無いが、京介はそちらであってほしいと願った。
「……ん? 誰か来た?」
そうしている間に、京介の隠れている裏庭に、何かの気配を感じた。
雑草を踏みしめ、時々小枝を踏んだのか、軽い音が鳴る。
放課後に、わざわざ裏庭まで来る生徒はいないので、正体は蓮治だろうと、京介は考える。
そのため、ばれないように口を押えて息を潜める。
枝に邪魔をされて、下の様子はあまり伺えない。
それでも歩き回っている音が耳に入っているので、まだ探しているのだと分かった。
京介の考えている通り、上を見て探していないようで、彼は笑いが零れそうになるのを必死に抑えていた。
うろうろ、うろうろ、歩き回る気配は、思ったよりもしつこい。
もしかして本当は気づいていて、わざとしているのではないか。
そんな考えが浮かんだ京介は、身を乗り出して、下をよく見ようと覗く。
枝と枝の小さな隙間から、ようやく歩き回っている姿が見えた。
それを視界に入れてしまった京介は、口から勝手に出そうになった悲鳴を、寸でのところで手のひらで受け止める。
もしも一音でも出してしまったら、すぐにバレてしまっただろう。
声を出さなかったのは、とても幸運だった。
気配はしばらくうろついた後、ここには誰もいないと考えたのか、どこかへと消えた。
ようやく京介は息を吐く。
「何だ……あれ」
出てくる感想は、これだけだった。
先ほど京介の目に映ったのは、異形の化け物。
ヘドロのようで、近づいたら悪臭で鼻が曲がってしまいそうだ。
そんな化け物が、何かを探して動き回っていた。
一体、何を探していたのか。
「もしかして、僕達を? ……はは、まさかそんなわけ……」
京介は笑い飛ばした。
しかし心の中にある不安が、無くならない。
木の上から動けず、助けを求めるためにスマートフォンで、誰かに連絡を取ろうとした。
「は……?」
画面を見て、その一言しか出なかった。
示された時間は、四時四十四分から変わっていなかった。
京介は自分の目が信じられず、何度も確認するが、見える数字は同じ四が三つ。
スマートフォンを手にしたまま、彼は途方に暮れるしかなかった。
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