第2話





 そんな中で、事件が起こった。


 三年七組の生徒が、一人学校に行ったきり家に帰ってこない。

 当然騒ぎになり、警察も出動した。


 しかし、いくら捜索しても、学校からの足取りを掴めなかった。

 まるで、学校の中で忽然と消えてしまったみたいに。


 もちろん、学校の捜索も行われた。

 それでも、どこを探しても全く見つからず、諦めムードが漂った。


 何かの犯罪に巻き込まれたのか、それとも自ら消えてしまったのか。

 一応捜索は続けられているが、最初ほどは熱心ではなくなった。


 教室にある行方不明になった生徒の机の上には花瓶が置かれ、そこにはスイートピーの花が飾られた。

 毎日、誰かしらが交換をしているようで、いつも美しく輝いている。

 菊ではないだけマシかと、先生はその行動を放置した。


 それに気が付いたのは、どの先生だっただろうか。

 小テストを行っている最中に、カンニング予防で見回りをしていると、視界に入ってしまったのだ。

 見てしまった時の衝撃と言ったら、計り知れない。


 校庭だけを描いた、風景画。

 そのはずだったのだが、絵画の中に一人増えている。

 ベンチに座り本を読んでいる姿、それはいなくなった生徒に酷似していた。


 その事実に気が付いてしまった先生は、すぐに他の先生にも伝えた。

 かわるがわる先生達が、絵画を確認しに教室に訪れる。

 そして絵画の中の生徒は、いなくなった生徒だと判断をくだした。


 しかし何故、絵画の中に生徒が描かれているのか。

 職員会議が緊急で開かれたが、結論は出なかった。

 生徒のいたずらだとすれば質が悪い。

 もし、そうではなかったとしても問題である。

 そういうわけで、結論の出しようが無かった。


 それでも対処の一つとして、絵画を取り外す決定がなされた。

 あれが飾られてから、全てがおかしくなった。

 校長も、さすがに反対はしなかった。


 すぐに取り外されるはずだった絵画。

 そうは上手くいかなかったのは、再び三年七組の生徒から反対があったからだ。

 前回よりも、強く拒否反応を起こした。


 恐怖から無理やり外そうとした先生に対し、暴力で訴える生徒が出るぐらいだった。

 そのため、絵画に何かがあると感じていても、手を出すことは出来ずにいた。


 何をそこまで執着するのか。

 絵画の中に魅力があるとは思えず、生徒達一人一人と面談をした。

 生徒間で相談する暇を全く与えず、話し合いを行ったはずだった。

 しかし生徒達からは、全く同じ答えが返ってくる。


「あの絵画は、救いです。あれがなければ、生きていく希望が持てません。ずっと、あそに飾っておいてください。それだけが願いです」


 その表情は前回よりも、更に穏やかで悟りきっている。

 気味の悪さも増して、関わるのが嫌だという先生が続出した。

 そういうわけで、取り外さない方が楽でいいと、放置する。


 これが良い判断だと、その時は思っていた。





 二人目の生徒が消えた。


 また三年七組の生徒だった。

 二人目ともなると、騒ぎが大きくなったが、先生達の胸の中には一抹の不安がよぎる。


 そして、その不安は当たってしまった。

 恐る恐る絵画を確認した先生は、言葉通り頭を抱えた。


 絵画の中にいる生徒の数は増えていた。

 ベンチに座った生徒の隣に座り、何かを話しかけている。

 もちろん顔は、いなくなった生徒に似ていた。


 驚くべきことは、元々いた生徒が読んでいた小説を置いて、話に参加しているように見えるところだ。

 絵画の様子が変わっている。


 これで、絵画に良くないものがあると、確定した。

 見て見ぬふりは出来ないと、先生も行動に出る。



 次の日、生徒が学校に行くと、絵画が取り外されて無くなっていた。

 事態を重く考えた先生が、生徒が邪魔をしない放課後に、実行したのだ。


 当然、生徒は荒れた。

 先生に掴みかかり、絵画をどこにやったのかと暴れまわった。

 それでも、絵画を戻さなかった。

 人がいなくなるよりも、生徒が落ち着きを取り戻すまで、我慢すればいいと考えた。


 そして、その予想通り、時が経つにつれて生徒達は落ち着いていった。

 まるで、憑き物がとれたようだった。

 誰もが、何故あそこまで執着していたのかと、不思議がった。


 原因は分からなかったが、根源である絵画を取り外すことが出来たので、先生達は安心していた。



 しかし、まさか度々、誰かが絵画を飾るようになるとは想像出来なかった。

 それでも廃校に追い込まれなかったのは、行方不明になる頻度が十年に一人や二人だったからなのだろう。



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「それで? 結局どうしてここにあるんですか?」


 話を聞き終えた涼太は、当然抱いた疑問をぶつけた。

 話に疲れた洋一は、少し気だるそうにしながら、始めに座っていた席に戻る。


「先輩がスカウトしたんですよね。いつ、どうやったんですか? 気になるので、そこまで教えてくださいよ」


 その態度に話をする気が無いと思ったのか、粘着質に絡み始める。


「ねえねえ、先輩。お願いしますって……んん? そういえば、これ何をしているんですか?」


 首元に抱き着き、体重をかけていた涼太は、洋一が作業に使っていた用紙に注目する。

 そこには、この高校の生徒の名前が、一覧で載っていた。

 しかも、現在通っている生徒達の名前だ。


「ああ、これですか。どれを選ぼうか迷っているのです」


「選ぶって何を?」


 涼太の腕を外しつつ、洋一は説明をする。


「十年に一度、入れるべき人を選ぶんです。人生に嫌気がさして、違う場所に逃避したい人を。あとは、性格も考慮しています」


 そして、一人の生徒の名前をマーカーでなぞった。


「私達、オカルト研究会は生徒と触れ合う機会が多いですからね。この方法にしてから楽になりました。それを期待して、ここに来たみたいです。非常に興味深いので、お互いに良い関係を築けています」


「ああ、なるほど。今年で、また十年が経つんですね」


 短い説明だったが、涼太は理解したみたいだ。

 それ以上は何も聞かず、洋一の作業を手伝い始めた。




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