受け継がれる絵画
第1話
「先輩先輩。この絵って、どういう経緯でここに来ましたっけ?」
放課後、「ミステリー研究会」の部室。
特にすることもなく、暇を持て余した田中涼太は、部長の大嶋洋一に話しかけた。
その視線の先には、一枚の絵画があった。
モチーフは、校庭にいる生徒達を描いたものだ。
ベンチで談笑していたり、少人数でサッカーをしていたり、八号のキャンバスにたくさんの生徒がいた。
とても微笑ましいものだが、どことなく不気味な雰囲気がある。
「ああ、その絵ですか」
作業をしていた洋一は、手を止めて涼太と同じ方向を見た。
そして、懐かしんで目を細める。
「それは、田中君が部員になる前に、ここに来たものです。先輩というものに、なりますね」
作業を止めた洋一は、立ち上がり絵画の元に近づいた。
そして軽く表面を撫でる。
油絵なので、傷つけないように、そっと。
「僕の先輩ですか。だから来た経緯を覚えていないんですね。納得です」
洋一の様子を珍しいと思いながら、涼太は何度も頷いて納得する。
そして、ついでとばかりに尋ねた。
「この絵は、いつ来たんですか? 見たところ、普通の絵に思えるんですけど」
涼太は絵画に近づき、筆のタッチが分かるぐらいの距離になった。
何かあった時に責任は取れないので、触れるのは憚る。
「それにしても、細部までこだわっていますね。生徒一人一人の表情が、まるで生きているみたいです」
唾が飛ばないように配慮して、ハンカチで口を押えている涼太。
そのせいで声がくぐもっているが、洋一は何を言ったのか聞き取れた。
「生きていますからね」
簡潔に、そう答える。
涼太は、言葉を理解するのに時間がかかった。
そのせいで、聞き流してしまいそうになる。
「……へ?」
理解した途端、時間差で大きな声で驚いた。
その声が大きかったせいで、洋一の顔がしかめられる。
片耳を指でふさぎ、距離を置いた。
「いいい生きているって、どういうことですか?」
しかし気にする余裕もなく、更に大きな声で問い詰める。
「そのままの意味です、絵の中にいる方達は、全員生きています」
洋一はもう片方の耳もふさぎ、面倒くさそうな顔を隠そうとしないまま、席に戻った。
そして、今日は作業するのを完全に諦めて、昔話をすることにした。
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随分と昔、絵画は校舎の、とある場所に飾ってあった。
美術室や校長室、廊下などどいった場所ではない。
誰がそこに決めたのか分からないが、三年七組の教室にあった。
後ろに飾られた絵画を、最初は生徒達も珍しがる。
しかし時間の経過と共に、段々と慣れていき、いつしか気にしなくなってしまう。
その絵画は、この学校の校庭の様子を描いたもの。
しかし絵の中には、一人の生徒もいなかった。
だから風景画としては、あまり面白みが無かった。
絵画を描いたのは、数年前に卒業した男子生徒。
受け持ったことのある先生からは、変り者だったという評判を持たれている。
「いつも窓の外を眺めながら、ぶつぶつ呟いている。気味が悪くて仕方なかったなあ」
しみじみと思い出し、その生徒のことを話す先生は、少し嫌そうな顔を浮かべた。
生徒がどういった種類だったのか、それだけで何となく察せられる。
「美術部でもないのに、卒業の一週間前に美術室にこもっていてな。その時に描き上げたのが、七組の教室に飾られている絵だ」
絵画を飾ることを、ほとんどの先生が反対したらしい。
ただの風景画なのに、どうしてか。
それは、件の生徒が卒業をした際に言い残した言葉だ。
「この絵は、学校と共に成長していくはずです。全てを呑み込んで、大きくなっていきます。生徒がたくさんいる教室に飾って、どんどん受け継いでください」
反対している先生の言い分としては、気味の悪い生徒が残した絵画が生徒にいい影響を与えるわけがない。
描いた生徒が卒業後、どういった進路を辿ったのか分からないところも、その意見を後押しした。
飾ればいいと考えている先生は、反対意見をくだらないと切り捨てた。
ただの風景を描いているものだから、飾ったとしても良い影響を与えるわけではない。
むしろ残してくれたものを、有効活用しない方がもったいない、と。
対立は、どちらも一歩も引くことは無く、堂々巡りが続いた。
話し合いは何度も何度も行われたが、結論は全く出なかった。
このまま結論が出ず、絵画が飾られることは無いと思われていた。
しかしある日、三年七組の教室に、いつの間にか飾られていた。
飾った犯人は分からず、当然すぐに外されようとしたのだが、思わぬ邪魔が入った。
それは、三年七組の生徒達だった。
外そうとする先生に対し、別にそのままでも構わないと、強く反抗したのだ。
そうなると反対していた先生も、無理やり外すわけにもいかず、飾られ続けることとなった。
そういう形で、ひと悶着あった絵画。
しかし驚くことに、数週間が経つと、生徒の興味は薄れてしまった。
あんなにも先生に対して、停学処分を覚悟に反対したのにも関わらずである。
この態度には、先生も呆れを通り越した感情を抱く。
それでも、外そうという意見は出てこなかった。
生徒からも先生からも存在を忘れられ、絵画は教室になじんだ。
たまに絵画の前に生徒が立っていても、まじまじと見るものはいなかった。
そうして更に数ヶ月が経つと、驚くべき変化が三年七組に起こる。
生徒達の偏差値が、全員大きく上がったのだ。
特別な授業や何かを行ったわけでもなく、自主的に勉強をするようになった。
不思議に思った先生が理由を尋ねると、返ってくる答えは一言一句同じ。
「悔いのないように生きたいからです。もしも、駄目になっても、逃げ場があるので」
穏やかに、悟ったように話す生徒の姿は、得体のしれない気味の悪さがあった。
しかし偏差値が上がることは良いことなので、多少の違和感は見て見ぬふりをした。
それから変化があったのは、偏差値だけではなかった。
ボランティアを始めたり、人助けをしたり、学校の清掃を始めたり、模範的な生徒になったのだ。
部活動にも熱心に取り組み始め、その功績も素晴らしいものとなった。
一人や二人ではなく、クラス全員が、まるで人が変わったかの如く完璧になっていく。
喜んでいたのは、学校の評判が上がると思った校長だけ。
あとは気味が悪いと、避け始めた。
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