第4話
テストの次に行われる授業は、たいていがテストの返却と解説に使われる。
そして今日は、待ちに待った生物の授業がある。
朝から二人は、期待でそわそわと落ち着かなかった。
生物は四時間目。
それまで、ずっと落ち着いていられない。
早く時が過ぎれと思っても、逆に長く感じる始末。
しかし、ようやくその時間は来た。
「はい、みなさん。今日は、この前行ったテストを返却します」
生物担当の先生が、答案用紙を抱えて入ってくる。
どことなく、そわそわしていたクラスメイト全員が、期待に胸を高鳴らせた。
「それじゃあ、順番に名前を呼びます。呼ばれた人だけ、前に来てください。……井口さん」
「はい」
出席番号順に名前を呼ばれ、呼ばれた人は前に出て、先生から直接受け取る。
受け取った人の表情は、それぞればらばらだった。
「……桜井さん」
「……はい」
瞳の番が来た。
彼女は、緊張した面持ちで前に行く。
「桜井さん、今回はよく頑張りました」
「あ、はい。ありがとうございます」
他の人には無かった言葉が、彼女に対してはかけられた。
その理由は、答案用紙に書かれた点数を見れば、一目瞭然だった。
そこには、赤いペンで百点と書かれていた。
ご丁寧にも、よく頑張りました、という一言も添えられている。
彼女にとって、初めての百点だった。
だからこそ、喜びでいっぱいになる。
席に戻った彼女は、今にも鼻歌が出そうだった。
「高橋さん」
「……」
しかし、早苗を呼ぶ声が聞こえて、喜ぶのを一時中断した。
気だるそうに、返事もせずに彼は前に出てくる。
先生も慣れているので、注意はされない。
「えーっと……今回は、調子が悪かったみたいかな? それでも、よく頑張ったと思う」
答案用紙を渡しながら、顔をひきつらせて言葉がかけられる。
彼が睨んでいるように見えるのは、緊張で表情が固まっているだけなのだと、誰も知らない。
彼女は彼の表情の変化を、じっと観察していた。
事前に確認したとはいえ、絶対とは限らないと思っていたからだ。
彼女が見守る中、彼は点数が書かれているだろう場所に、視線を落とした。
そして勢いよく顔を上げると、彼女の方を見て笑った。
その動作だけで、答えは明白。
彼女はよくやったという気持ちを込めて、小さく親指を立てた。
その様子を、偶然見てしまった先生は、何故あんなに悪い点数で喜んでいるのか分からず、首を傾げる。
全員分のテストの返却が終わり、それに伴う解説をすれば、授業時間は終わった。
彼女は号令が終わると、真っ先に彼の席に突撃した。
「た、高橋さん! テストの答案、見せて!」
「そんなに焦らなくても、見せてやるって。ほらよ」
興奮しているのをなだめて、机の中から二つ折りにした、それを渡す。
破いたら大変だと、丁寧に開けば四十九という数字が見えた。
それを目にした途端、彼女は喜びを抑えきれず、彼に飛びつく。
「うわっ? 何をするんだよ?」
彼女の体を受け止めて、驚きながらも満更でもない様子だ。
クラスメイトがいる中で、このやり取りは行われた。
クラスメイト達の中が、二人を公認のカップルにしたのも、仕方のない話だった。
四十九点を取ることは出来て、二人の計画は次の段階に進んだ。
呪われないために、唱えるべき呪文を言わない。
それだけのことなのだが、瞳には一つの不安要素があった。
それは恐怖に駆られた早苗が、こっそりと呪文を言ってしまうのではないか。
そういう心配だった。
彼は小心者だ。
だから一人になったら、何をしでかすか分からない。
彼女が知りたいのは、呪文を唱えなかったら、本当に呪いは起こるのかということだった。
怒らなかったとしても仕方のない話だが、呪文を唱えて起こらなかったとは意味が違ってくる。
きちんとした、検証を行うべき。
そういった熱心さが、彼女にはあった。
四十九点を取るというチャンスは、そうそうない。
上手くいった時に、きちんとした懸賞をするべき。
だから彼女は、不安要素を潰しておきたかった。
「高橋さん、連絡先を交換しておこうよ」
「え? 連絡先? 良いけど……何で?」
「うーんと、何かあった時に連絡を取るために? かな?」
一緒に行動をすると言っても、ずっと出来るわけではない。
だから、いつでも連絡が取れるようにしたかった。
もしも耐え切れずに呪文を言いそうになったとしても、彼女に連絡を取るというワンクッションが出来る。
それがあるだけで、随分と違うだろう。
そう考えての案だった。
そんな思惑には全く気付かずに、好意を持っている人に連絡先を聞かれたと、浮かれていた。
だから何も考えることなく、素直に交換する。
「いつでも、連絡くれていいよ」
_ただし、今日一日だけ。
その付け足しはせず、彼女は仮面をかぶって答えた。
それに騙されて、彼は嬉しそうに恋先が増えたスマートフォンを見ているだけだった。
その日、二人は学校で一緒に行動をしていた。
昼休みにお弁当を食べるのも、一緒。
移動教室も一緒。
酷い時は、トイレにまでついていこうとする始末。
バカップルだとしても、やり過ぎだ。
そんな生温い周囲の視線をものともせず、いつまでもくっついていた。
学校が終わり、もちろん下校も一緒。
時間が許す限りは、一緒にいようと思っている彼女は、彼を図書館に誘った。
「高橋さん、もしも用事が無いのなら、六時ぐらいまで一緒にいない? もちろん、嫌なら断ってくれて構わないけど」
「特に用事はない。でも図書館に行って、何かやることあるの?」
早苗の疑問は、一緒にいて面白くないから言ったわけではない。
一緒にいられるのだから、図書館以外の場所に行きたいという意味だった。
「そこが一番、落ち着くから。今日は図書館にしようよ」
「まあ、今日はそうするか」
しかし、彼女に押し切られて、しぶしぶ了承する。
こうして二人は、二時間ほどを図書館で過ごした。
その間、何をしていたのか。
特に重要ではないので、割愛する。
「それじゃあ、高橋さん。何かあったら、絶対に連絡してね。絶対絶対、約束だからね」
「分かった分かった。必ず、連絡するから。そんなに言わなくたって、いいよ」
「信じているからね。……また明日、学校でね」
「ああ、また明日」
図書館の閉館時間になり、二人は名残惜しくも別れた。
彼女が何度も念を押したせいで、彼はあきれながらも笑っていた。
翌日も会う約束をして、最後の挨拶をしたのだった。
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