第2話
こうしたやりとりを経て、彼女の作戦は準備段階に入った。
入ったとはいえ、表立った動きは無かったのだが。
一応、誰にもバレないように。
それが作戦の、第一段階だった。
瞳が何をしていたのか。
彼女は、そこまで大変なことはしていなかった。
自分の勉強を優先して、その片手間に準備をした。
ノートのコピーは、コンビニに行くとお金がかかってしまう。
彼女はお金をかける気はなかったので、学校にある無償でコピー出来るところで何十枚も行った。
カラーコピーは出来ず、少し見づらくなってしまったが、自身が見るわけではないので構わなかった。
その紙に簡単ではあるが、要点のところにマーカーを引く。
不格好だとしても、今回限りしか使わないから仕方がない。
そう納得させた。
話に出していた、プリントはどうなったのか。
そこにも、彼女の狡猾さが発揮された。
「先生、私今回のテストを頑張りたいと思っています。百点が取れるぐらいに。だから……プリントとかを作ってもらえたら……すみません、わがままを言いました」
「いや、そこまでやる気を出してくれて、とても嬉しいです。簡単なもので良かったら、すぐに作りますよ」
「本当ですか? ありがとうございます、先生!」
真面目にテストに取り組む生徒。
そんな仮面を付けて、彼女は生物担当の先生に近づいた。
テストで良い点数を取りたい。
純粋な表情を浮かべれば、先生は簡単に騙された。
今時、真面目な生徒がいるものだ。
そう感動しながら、テスト問題作成で忙しい身であるのに、プリントを渡すことを約束してしまった。
全てが彼女の思い通りになっているとは気づかずに、ただただ満足げに喜んでいた。
自分の手を煩わせることなく、そして有利に運ぶように。先生に作成を頼んだプリントが完成したら、彼女自身も勉強に使わせてもらえる。
準備が予想以上に上手くいっていて、彼女はとても機嫌が良くなっていた。
あとは早苗の働き次第で、四十九点が取れるか変わってくる。
彼女に出来ることは、そこまで残っていなかった。
探せばあるはずなのだが、やる気がない。
自分からやり始めておいて、色々な人に迷惑をかけているのにも関わらずである。
しかし一応、最低限ことはするつもりのようだ。
彼女は一度だけでも、勉強会を開くことにした。
「先生にもプリントを作ってもらったし、これを元に勉強をすれば間違いないと思う。あとは資料集の中で、先生が授業中に触れたものを覚えた方がいいね。そういった問題を出すのが、あの先生は好きだから」
「うげえ。こんなに覚えるのか。多すぎるだろう」
「期末テストだからね。それでも、まだ簡単な方だよ。先生優しいから、ひらがなで書いても許してくれるし」
お互いの家に行くほどは仲良くないので、休みの日に図書館に来た二人。
机に並んで座り、顔を突き合わせている様子は、傍から見れば微笑ましいものだった。
しかし本人達の内情を知れば、そうは言っていられないだろうが。
「それにしても、先生が作ってくれたプリント凄いね。図まで載っていて、凝っている。文字だって、手書きじゃないし」
「確かにな。まるでテスト問題みたいだ」
「あはは。それはないでしょ。……もしかして、そこから引用しているのかも。先生だって、テスト問題を作るのに忙しいはずだから。そうだとしたら、私達はとても運が良いみたいだね」
丁寧に作られたプリントを見て、彼女の頭にそんな考えが浮かんだ。
そしてその考えは、実は当たっていた。
安請負いをしたはいいが、テスト問題を作るのと並行するのは、やはり難しかったのだ。
そのため、バレなければいいだろう。
そう考えて、こっそりテスト問題から引用した。
気づくことは無いだろうし、平均点が上がってくれるのならば嬉しい。
先生の考えは、簡単にバレてしまったのだが。
こうして彼女にとって、作戦を成功させるための要素が増えた。
無理なのではないかと思っていた彼女も、四十九点をあえて取れるという希望が見えるようになった。
希望が見えてきたので、やる気も起こってくる。
一回で終わらせようとしていた勉強会も、何度か行われる結果となったのだ。
そして、二週間はあっという間に過ぎた。
瞳は生物も含めて、全教科の勉強をまんべんなくしていた。
一方の早苗は、愚直にも言われた通り、生物の勉強しかしてこなかった。
それでも彼が勉強をしている姿は、たくさんの人に目撃されていたので、更生して真面目になったのではないかと、余計な期待が持たれていた。
「……高橋さん、自信のほどはどうですか?」
「昨日も遅くまで、勉強はした。百点を取ろうと思えば、取れる気がする。そのぐらいは、自信がある」
「それは心強いですね。今日を乗り切れば、今までの苦労は報われるはずだから。全てを、生物にぶつけよう」
「おう」
クラスメイトも最後のあがきとばかりに、テスト勉強をしている中、二人はプリントと資料集を覗き込んでいた。
二週間で、二人の仲は少し縮まっていたからだ。
「一時間目に生物のテストで良かった。そうじゃなかったら、集中出来なかったもの」
全てが順調すぎて、彼女は逆に恐ろしくなるぐらいだった。
それでも上手くいくかどうかは、今日にかかっている。
気は抜けなかった。
「どこの問題を正解にするかも、打ち合わせ通りにね。一番楽なのは、点数配分が書いてあることだけど。さすがに、そこまで期待するのは難しいか」
「ちゃんと覚えているから、安心して任せておけって。何度も見直しする。絶対に四十九点取るから」
最後の確認を終えると、ちょうどチャイムが鳴った。
担任が両手に紙の束を持って、ゆっくりと入ってくる。
一時間目のテストは、ホームルームの延長で、担任が監督を務めるようだ。
「ほら、席に着け」
担任の掛け声とともに、蜘蛛の子を散らすがごとく、それぞれの席に戻っていった。
瞳と早苗も、テスト用に割り振られた席に移動する。
男女で分かれているので、距離は随分と開いてしまった。
テストが終わるまで、もう話をすることは出来ない距離だった。
瞳は、早苗の座った席の方を見る。
彼も彼女の方を見ていたので、二人の視線は交わった。
頷き合えば、会話をしなくても考えは共有出来る。
今までの努力を発揮する時、とにかくやるしかない。
そんな考えを。
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