高校奇談

瀬川

自殺した生徒の呪い

第1話





 桜井瞳が通っている高校は、百年以上の歴史がある。



 そのせいで、怪談話の数には事欠かない。

 有名なものを挙げるとすれば、「体育倉庫の生首」「部室棟の異音」「呪われた椅子」などがある。

 場所も内容も、多種多様だ。


 そんな中、彼女の興味を引いたのは、「自殺した生徒の呪い」という怪談だった。

 話の内容は、いたってシンプル。何年前かは不明だが、テストの点数が悪かったのを苦に、一人の男子生徒が自殺をした。

 以来、テストで彼と同じ点数を取ると、呪われてしまうというもの。


 その点数というのが、四十九点。

 その為、同じ点数を取ってしまう生徒は、多くはないが毎年数人いた。


 その生徒達が、全員呪いを受けたのかというと、実はそうではない。

 呪いを受けない方法、そういった類の救いがあるおかげだ。


 どういった方法かというと、誰が考えたのか分からないが、結構くだらない。

 テストが返却された日に、「セマリトセマリトイサナンメゴ」と三回唱えればいい。


 まるで小学生が思いつきそうな呪文。

 大体の人が馬鹿にしていたが、いざ自分がその点数を取れば、信じきれないながらも呪文をこっそりと唱えていた。


 だから呪われたらどうなるのか、誰も知らない。

 しかし、とても恐ろしいことが起きるというのが、共通認識である。





 そんな怪談の真相を、彼女は解き明かしたいと考えた。

 しかし、まず四十九点という点数を取るのが、彼女にとっては難しかった。


 そこまで優秀とはいえないにしても、いつも平均の上を取っている。

 わざとやるという方法もあるが、親の反応が怖かった。

 先生からも何かを言われるだろうし、成績にも影響が出てくる。

 内申点を落とす気には、さすがになれなかったのだ。


 そうなってしまうと、解き明かすことが出来なくなる。

 行き詰りそうになった作戦。しかし、彼女は諦めなかった。


 自分が出来ないのなら、代わりにやってもらえばいい。

 そしてちょうどいいことに、ふさわしい人物の見当はすぐについた。



「ねえねえ、高橋さん。面白いから、やってみる価値があると思わない?」


 その人は、高橋早苗。

 女性のような名前だが、れっきとした男だ。


 彼の印象は、はっきりといえば不良だ。

 地毛でごまかせる程度に髪を染め、つけてはいないがピアス穴が開いている。

 先生に怒られるのが怖い小心者。


 これで成績が良ければ、まだ格好良いのかもしれない。

 しかし彼は、何故入学出来たのか、不思議なぐらいに頭が悪かった。


 平均点以下は当たり前。

 酷い時は、赤点を取ったこともある。

 同じクラスの彼女を含め、全員が残念な人だと思っていた。


 そんな彼に目を付けたのは、四十九点という点数を取れる可能性が高いから。

 そして、意外だと言われるが、二人の仲が良かったからだ。


 だからこそ、よくよく考えてみると馬鹿にしているような提案も、普通に面と面を向かって言えた。


「そんな噂、聞いたことあるけど、みんな信じていたのか? 馬鹿じゃねえの。普通に考えて、ありえないだろ」


 そして彼女にとっては幸運なことに、話を聞いた彼も乗り気になった。

 本心では少し怖がっていた彼だったが、小さなプライドで怖いので無理だと断ることが出来なかった。

 彼女も、それを狙っていた部分はある。


 こういう経緯で、内心はどうであれ仲間を作ることに成功した。


「それじゃあ、まずは……頑張って四十九点を取ってね」


 期末テストまでは、あと二週間。

 中間テストとは違い、科目は多い。

 しかし、このチャンスを逃したら、次のテストまで期間が空いてしまう。

 そうなってしまうと、お互いに飽きてしまうことも考えられる。


 チャンスは一回だけ。彼女は、そう考えていた。

 だからこそ、テストが始まる二週間までに、色々と仕込んでおこうとする。


「よし、勉強会をしよう」


「はあ? 勉強をしたら、頭が良くなるだろ。四十九点以上取ったら、どうするんだよ」


「逆よ逆。ある程度、テストの答えが分かっていなかったら、四十九点狙って取るのは難しいでしょ」


 先生が問題に割り当てる点数の傾向。

 そして、正しい答えと間違った答えを記入するのに、問題を理解しておかなくてはならない。


 それはどう考えても、百点を取るよりも難しく思えた。

 偶然、その点数を取ったと思われるように、カモフラージュする必要があるからだ。


「高橋さんは、どの教科が一番得意なの? その教科に絞って、重点的に勉強をしようと思っているけど。一番得意な教科を、勉強をする方が楽でしょ」


「一番得意な教科? そうだなあ……得意な教科。生物なら、まだ出来ると思う。それでも、まだマシな程度だからな」


「生物ね。今回の範囲は、簡単だと思う。望みは出て来たね」


 計算問題もたまにあるが、基本的に暗記をする教科。

 一年生なので、まだそこまで難しい問題は出ないはず。

 そう考えた彼女は、希望を感じた。


「勉強するのが面倒くさい」


「そんなこと言わないで。もしも呪いが無いことを証明出来たら、自慢しまくれると思わない?」


「……まあ、そうだな」


 しかし一方の早苗は、勉強会という言葉に、やる気を失いかけていた。

 不良という肩書である以上、勉強をするのは格好悪い行為だと思っている。

 そんな彼を、瞳は上手く盛り上げた。


 言葉を変えれば、彼が単純な人間であるという意味でもある。

 彼女は扱いやすい人間で良かったと、内心で安心していた。


「私も勉強しなきゃならないから、要点をまとめたプリントを渡すね。あ、あと、ノートもコピーして渡すから。ちゃんと毎日、勉強して。絶対だよ」


「分かった。なるべく勉強する」


「あの先生は、大体割り当てる傾向が同じだから。勉強が良い感じに出来るようになったら、どこの問題を正解にするかも教えるからね」


「おー。何とか頑張ってみるよ」


 二人の間で、とりあえず話はまとまった。

 話をしていたのは、ほとんどの人が帰っていた教室だった。

 しかし一人二人は残っていて、珍しい組み合わせに、興味津々で耳を澄ませていた。


 しかしそのことには気が付いていたので、聞こえないぐらいに小さな声で話していた。

 だから彼女達の作戦は、誰にも知られずに済んだ。


「二週間までに、どこまでやれるのかが勝負だよ。二人で頑張ろうか」


「今回限りだからな。これが駄目だったら、次はやらない。でも四十九点をちゃんと取ってやるから。楽しみにしておけ」


 早苗の表情の中には、少しの恋慕が見えた。

 実はほのかな恋心を抱いていた彼なのだが、全くと言っていいほど伝わっていない。


 これからも行動しない限りは、きっと伝わることはないだろう。

 彼女の方には、全く同じ気持ちは無いのだから。





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