第2話 俺、奴隷を解放!

 私はエヴァ=オルコット。

 歳は6歳と三ヶ月。

 魔法が使えるようになって二ヶ月。

 身体強化の魔法。ただ単にマナで筋肉を強化するだけの魔法だ。

 私はオルコット家の次女として誕生した。

 5歳の時に魔法を覚え、学習をしている。

 現在使える魔法は、風風魔かぜふうまのみ。風をまとった剣戟で敵を圧倒することができるのだ。

「どうしたの? エヴァ」

「イザベラ姉ちゃん。魔法がもっと使えるようになりたい……!」

 真剣な顔で懇願すると、にへらと笑う姉。

「カーラも、私ができるようになったら見てみたいでしょ?」

「うん! みたいみたい!」

 一番下の妹がこくりと頷く。

「あなた。おやめください!」

「かまわん! わたくしの一世一代の晴れ舞台なのだ」

「あなた……! おやめください。そんなことをしても民衆が混乱するだけです。しかも、税収はどうなるのですか?」

「奴隷制度を廃して、消費税で全てまかなえる計算だ」

「奴隷制度には奴隷教会と農家の方々に被害が――」

「お父さんとお母さん、もめているね」

「だね。エヴァ。魔法の練習くらいなら付き合ってあげるよ。ほら、カーラも見てみよ」

「うん!」「ありがとう!」

 私とカーラは元気よく返事をし、屋敷の庭にでる。

「うちってお金ないの?」

 純粋な目で問うカーラ。

「ええと……」

 どう言うべきなのか迷っている間に、カーラは「そっか」と顔を伏せる。

 実際、裕福な家庭ではないと思う。

 没落貴族。

 母・エリーの種族がエルフであることから、私たちは全員ハーフエルフなのだ。

 亜人であるエルフは魔法を使えるため、民衆から煙たがれいる。人によってはだ、とする意見もある。

 一方、貴族でも魔法の所持は危険視されているのだ。

 積もるところ、強すぎる力に責任を負えないのだ。畏怖の念を超え、恐怖の対象になっているのだ。

「おこづかい500コルだしね……パン一枚かー」

「10円ガムが10個分だもん」

「10……なに?」

「え。いや、なんでもない。コッペパンを買うのがいいかな?」

 〝円〟という知らない言葉が、今出てきたのは不思議でならない。私、どうしたのだろう。

 口にした自分が一番混乱している。

 どこかの知らない国の通貨。

 いや、知っている。

 日本だ。

 ここオルコット領地とは無縁の世界だ。

 女神とやらが創りあげた異世界。その端で私――俺は育ったのだ。

「私は、いや、俺は……」

「こら。貴族なら私で通しなさい」

 イザベラが叱りつけるが、そんなことはどうでも良く感じた。

 あの日本で俺は数十年生きたのだ。その膨大な情報量に圧倒され、今ある6歳の身体には負担が大きかった。

 身体が重く感じ、倒れ込むようにその場へ膝を折る。

「ど、どうしたの? エヴァ」

「エヴァお姉ちゃん?」

「だ、大丈夫……。うん、まだいける」

 なにがいけるのかは分からないが、私と俺はひとりで一つの存在になったのだ。

 ただ、ちょっと熱が出たので、ベッドへ横たわり休養するはめになった。


「あう~。まだ頭がくらくらする」

「こうなってはしかたない。もう少し安静にしていなさい」

 父オルドリッチがなだめるように言い聞かせてくる。

「お父様、奴隷はダメ」

「そうだな。俺もそう思うぞ」

「エヴァっ!!」

「そうと決まれば話は早い。俺はすぐにでも領民に知らせてくる」

 ビシッとした態度で廊下に向かう父。その隣でガミガミと言っている母。

「なんであんなこと言っちゃったの!? エヴァ」

 イザベラ姉ちゃんが困惑したような顔でこちらを見る。

 分かっている。

 可愛い娘に許可をもらえば、父もるんるん気分になるというもの。しかも、それに姉イザベラが関わってくるとなると……。

「私にだって納得できないんだから!」

「エヴェお姉ちゃんとイザベラお姉ちゃん、なんでケンカしているの?」

 まだ5歳になったばかりのカーラからしてみれば、ケンカにしか見えないのだろう。

 私――いや俺は2000年代の日本の感覚で生きている。その世界に奴隷はいない。いや、どこかにはいるのかもしれないが、俺の知るところでは存在していない。

 となれば、その感覚で話してしまうというもの。

 でなくとも、奴隷を受け入れられないのは俺の心の内だ。

「奴隷に反対するなんて……」

 イザベラが信じられないものでも見たかのような顔色をしている。だがどこか嬉しそうな笑みにも見える。

 それはイザベラが生け贄にならずにすむかもしれないからだ。

「お姉ちゃんたち嬉しそう」

 カーラが不思議な顔で見てくる。

「イザベラお姉ちゃんが幸せになるといいよね?」

「うん」

 純粋な目を向けるカーラ。

 その純粋さにあてられたのか、イザベラはそれ以上、追求する気にはなれないらしい。


 議会が可決した。

 俺の父が〝奴隷ならびに生け贄〟の法案を削除したのだ。

 そこには当然イザベラの案件も含まれているわけで、父はそういった私情で動いていると反発を受け止めている。

 反論の余地がない法案を無理やりにでも可決させたのだ。領民との間に亀裂のひとつも走るに決まっている。

 それも奴隷商人の間では避難の荒しが続いている。

 毎日のようにオルコット家の旗が焼かれている。

 そんな荒れた街中に俺は一人で出歩いていた。

 というよりも自宅にいた方が危険と判断したためだ。

 俺と妹は近くの分家に、顔の知れているイザベラと父、それに母は自宅の屋敷に滞在している。

 俺がまだ金髪のロリだとは知られていないのだ。

 いや、年齢くらいは知られているのだろうけど。

 しかしながら領民の意思は難しい。

 反奴隷運動をしていた者には嬉しい誤算だったらしく、連日のように奴隷商人とぶつかっている。

 一方で、奴隷の解放に向けての準備がある。

 奴隷を解放することで経済を回す人が増えるが、職業を請け負う領民が増えたのも事実。

 領民が増えた一方で、仕事が足りないのだから、経済的な支援をおこなわければそのうち野垂れ死ぬのだろう。

 守るはずの奴隷解放が、逆に奴隷を苦しめることになっているのだ。

 しかも奴隷を領民として受け入れる以上、主に農民の奴隷として働いていた労働力が減る。領民として扱うため、賃金が上がってしまう。

 労働者としての能力が上がるわけでもないのに、給料は上がってしまうのだ。

 これでは奴隷解放をしても、誰も得をしないのだ。


 奴隷をなくすという志は立派。だが現実の問題として重くのしかかってくるのだ。

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