俺、金髪ロリ! ~拳で語れ!~

夕日ゆうや

第1話 俺、異世界へ!

 大黒精霊だいこくせいれい道場。

 その庭に師匠の姿があった。

「はっはっ! やあっ!」

 師匠の攻撃をかわしつつ、隙を狙い攻撃を加える。

「あいやー!」

 師匠と、その周りが持つ瓦が割れていく。

「はぁっ!」

 衝撃波で周囲の瓦を割っていく。

「やあぁっ!」

 さらに拳をふるうと周囲の瓦が割れていく。

「そこまで!!」

 師匠のかけ声とともに全ての攻撃が止む。

愛木あいぎ礼治れいじよ、よくぞ。ここまで耐え忍んできた」

「いえ、俺……自分はできることをやっただけです。お師匠」

 握手をして、俺は師匠の手をとる。

「はっ! そんな奴を跡継ぎにする気かよ!」

 いかり冬弥とうやが遮るように声を投げかけてくる。

「そいつは自分を倒してからにしてくれよ、師匠」

「それはできぬ。お前には足りないものが多い。もっと人を信じろ」

「なんだよ。それ……!」

 怒りに身を任せ、師匠につかみかかるが、すぐにほどかれ地面に説き伏せられる。

「今のお前には無理じゃな」

「……俺はそろそろこのへんで」

 俺はそう言い、道場を後にする。

「逃げるのか! ちくしょう!」

「まずはその口から治すべきじゃな」

 俺には妹がいる。

 ひいき目なしにしても顔はかなりの美人さんだ。九割の男子が振り返るほどだ。

 性格は温厚で優しい子だ。俺とは生きる世界が違う。

 こんな男臭くはないのだ。

 ピアノを始め、様々な楽器を扱える。しかも絶対音感持ちだ。

 切れ長の目で、凜とした雰囲気を放っている。

 才色兼備とはまさに彼女のこと。

 そんな彼女と俺は別々の家庭で育った。それも両親の離婚が原因だ。父が不倫を続け、そんな父に対して精神的なストレスを抱えこんできた母が参ってしまったのだ。

 父は自分勝手な人で、経済的な理由から俺だけを引き取ったが、その後はじっちゃんの道場に預けて疾走してしまった。

 精神的な疾患にかかった母を支え続けている健気な妹よ。

 その妹に久々に会えるのだ。

 心がウキウキしてしまうのはしかたない。

 慌てて妹・玲奈れいなの元へ向かう。

 今日は報告したいことがあるのだ。


 ――俺が道場を引き継ぐ。


 これほど、誇らしいことはないだろう。

『お前が努力すればすべてを守れる』

 じっちゃんの言う通りだった。

 努力した先にこそ、本当の幸せがある。それを守るだけの力があるのだ。

 これまで二万日間以上も頑張ってきたかいがあるというもの。

 道路を歩いていると暴走したトラックがこっちへやってくる。ふらふらしていることから察するに、運転手の意識がもうろうとしているのだろう。

 と、歩道を歩いていた女子高生が足下をもつれさせ、その場に崩れ落ちる。

「マズい!」

 このままではひかれてしまう。

 慌てて俺はその女子高生の手をとり逃げるよう促す。

「はっ!」

 俺は気合いを入れてトラックを止めにかかる。

 体中の筋肉がブチブチと引き裂かれるような音を立てて、トラックは地面から引き剥がしてしまう。


 ……が、力がなくなり、血の気がひいていく。


 トラックの荷台が崩れ落ち、俺を押しつぶす。



「トラックには勝てなかったよ。じっちゃん、師匠」

「何を言っているのですか? あなたは」

「なに……?」

 周囲を見わたすが、暗く、なにも見えない。夜空であれば星のひとつも輝いて見えるもの。

 だがそれすらないとなれば、ここは。

「すでに涅槃ねはんにいるというのか」

 涅槃。死滅。死。

 すでに死んだ者には語る資格すらもない。

 このまま朽ちていくのだろう。

「そんなことはありませんよ?」

 涼やかな声音が耳朶を打つ。

「私はノルン。運命の女神ですわ」

「女神? はは。やっぱり死んでいるんじゃないか」

「そうですわね。でも、ちょっと違うわね」

「違う……。なにが?」

 まるで明かりが灯るようにノルンの周りにだけ光が集まる。

 椅子の上で優雅に紅茶をたしなむのがノルンとやらなのだろう。

「うふふ。困惑しているわね。かわいい……!」

 そう言われて、恥じらいを覚える。

 顔をあげると問う。

「こんなところ俺は見たことがない」

「ここは女神の間よ。女神しかいちゃいけないの」

「なら、俺はどうしてここに?」

 禁止されているのなら、なぜわざわざ俺をここにつれてきた。

 記憶の断片をつなぎ合わせても、ここにきた経緯は分からない。

「簡単ですわ。ここにきた理由は、あなたが特別な存在だから、ですわ」

 はにかむ女神とやら。

「特別……?」

 俺に特別な要素などないはずだ。

「あなたは近代の転生者の中でも類い稀なる筋肉の持ち主ですわ。それに加えて魔法適正も高い……これほどの実力者なら、転生させるデメリットよりもメリットの方が高い!」

 雄弁に語り始めるノルン。

「ところで運命の女神とやら、これが俺の運命だったのか?」

「いえ。私が少々いじりました……」

「少々……?」

「ええ。それよりも、あなたは異世界へ行く必要がありますわ」

「そこら辺を俺の頭でも理解できるよう、詳しく説明してくれ」

 ちなみに俺の頭脳はさほど良くない。テストの点数で言えば偏差値20点ほどだ。

「実はあなたが元いた世界は作られた世界なのですわ。そこで訓練を受けた魂が、現実世界での生存を許されるのです」

「ど、どういうことだ? 作られた世界……? ははは。そんなバカな」

「それが本当なのですわ。こちらが本当の世界になりますわ」

 トントンと机を叩くと、目の前に扉が飛び出す。

「この扉の向こうに世界があるのか?」

「はい。ちなみにこの女神の間とやらでは自害行為はできないので、異世界いきは決定事項ですわ」

「ははは。そっか。俺は異世界へ行ってなにをすればいい?」

 まだ理解できないことがたくさんあるが、とりあえず目的を聞いておきたい。

「こちらの世界を救っていただきますわ」

「は? 世界を救う? どうやって……?」

「それは自由ですわ。経済的に救うのもありだし、そのご自慢の筋肉を使うのもありですわ」

 ぷるんっと動く上腕二頭筋。

 背筋がうなるように震える。

「あら? 筋肉は行きたがっているようですわね」

「ああ。らしいな……」

 ノルンは含み笑いを浮かべる。


「「なら……」」

 俺も引きつられて笑みを浮かべる。


「「筋肉の赴くままに!」」


 俺は新世界の扉を開く。

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