第24話

 零が企画した出し物を見るために、私は校舎の最上階へ向かおうとしていました。その時、放送が鳴り響きました

「現在、四階の教室で『性について考える会』を開催しています。あなたたちは、自分の性を……。他人の性について考えたことはありますか?」

 文化祭で出し物の宣伝をするのは、当たり前なことでした。けれども、零がやりたいことは放送されないと思っていました。なにせ、過激なのです。

 ですが、放送部の方々は当たり前のように放送をしていました。

 私は、思わず立ち止まって放送部の宣伝を聞き入っていました。

「今回は、それを話し合うための試みです。皆さん、是非ごさんか……ちょっと」

 放送をしていた方の声が急に変わりました。

 私は、その声にはっとしました。

 七菜のものでした。

「これは、私たちの問題です。私にも好きな人がいました。でも、その人は私のことを好きにはならないと思います」

 私は、七菜が何を言い出すのかハラハラしていました。

「好きな人が、自分のことも好きになってくれるっていうのは奇跡なんです」

 七菜の言葉に、私は目を見開いていました。

 七菜の言葉は、とても真剣なものでした。

「その軌跡を、ちゃんと話あってください。今好きな人がいる人――」

 七菜の息遣いが聞こえるような気がしました。

「その人は自分と同じセクシャルですか?それは、すっごい奇跡なんです。この世には、色々な個性があって……それがかみ合うことなんて滅多になくて――好きな人が自分と同じというのは奇跡なんです」

 私は、勇気を出して歩きだします。

 七菜が、私に挑戦しているような気がしたのです。『私は零のために、ここまでした。あなたは、どうなのか』と。私は、零の元へ歩き出しました。

 零の出し物の教室前まで行くと「あの放送を止めさせろ!!」という怒鳴り声が聞こえました。なんとなく、私や零よりも年上の先輩のものだろうなと思いました。その声に追い立てられるように、零が教室を追い出されました。

零は、私を見つけました。

そして、ちょっと足を止めました。

今すぐに色々と話したくてたまらない、という顔をしてしました。

でも、教室から「早くいけ!」と怒鳴り声が聞こえてきました。

「後で!」と零は、私に言います

「後で、色々話をしたい。でも、俺は――」

 零は、私を見つめました。

 私も、零を見つめていました。

「お前が、この世で一番好きだ!」

 零が、叫んだのです。

 人によっては、なんてこのもない言葉だったでしょう。けれども、その言葉に私は驚きました。

「えっ、あの」

「好きだ!」

 二回も言わなくていいのです。

 恥ずかしいので。

「答えは、後でいいから……」

 零は、そういって放送室へと走っていきました。

 私は、自分のほっぺたを両手で包みました。

「ズルい」

 零なのに、こんなときにあんなことを言うなんて……。

「あんなのズルい」

 私の方が、ずっと好きなのに。

 自分の方が、ずっと好きみたいに言うなんて。

 なんでも、したくなる。

 放送を聞いたせいなのか、生徒たちが教室にどんどんと集まってきました。どんどんといっても二十人ぐらいでしょうか。ですが、さっきまでガラガラだったらしい教室には、多すぎるほどの人数にも見えました。

集まった人々の話題や表情は様々です。放送で紹介されていたから来てみたという人。いかがわしい話を期待している人。最初から零たちの出し物をイヤらしいものと決め込んで文句を言っている人。 

零のお仲間と思われる人々は、集まった人々に対して少しばかり困っていました。集まった人々はわいわいがやがやとそれぞれが喋っていて収集が付かなくなっていましたし、零の仲間に突っかかる人もいました。

「零は、まだ来ないのか!放送室は三階だから近いだろ!!」

 先輩らしき方が叫びました。

 どうやら、零がこないと出し物が始められないらしいのです。しかも、先輩たちは集まった人々の対応に忙しくて、零を呼びに行くことができません。

「こうなったら、零がいなくなった分は即席でやる。頑張る!」

 先輩と思しき方が叫びます。

 それを止めたのは、零と同学年の生徒でした。

「台本考えるのに一番時間がかかった人間がいうことじゃないでしょう」

 どうやら、先輩は台本を考えるのが得意ではないようです。

 私の心は、決まっていました。

「私が、一番手を切ります!」

 私は、そう言いました。

 二人はびっくりしていました。

 私は、そんな二人に入部届を提出します。本来ならば、文化祭中に提出するものではないでしょう。

 私は、教壇にあがります。

 集まった人数は二十人程度なので、お客さんの人数はそれほど多いわけではありません。それでも、私は少し緊張していました。

 集まった人々も、私が教壇に上がったので驚いていました。

 零たちの仲間はお面をつけてジャージを着ていました。

 あまり気合の入った格好ではありませんが、出し物の主催者側である分かります。けれども、私は普通に制服姿でした。それは、もしかしたら異様な光景だったのかもしれません。

 普通、性のことなんて話し合いません。

 その話し合いを提案したのは、ジャージを着てお面をかぶった異様な人々。それは見ている側から見れば、ある主の安心があったのかもしれません。変わった人間は自分たち側から生まれずに、別の場所から生まれるのです。

けれども、私は制服を着ていました。

 観客側の人間に見えたのでしょう。

 ごくごく普通な。

「放送で、好きな人が自分を好きなのは奇跡だと言っていました。あれは、私も同感です」

 私は、言葉を口に出しました。

「好きな人が、自分を好きだとは限りません。そして、自分と同じ性的趣向だとも限らないのです。そして、隣の人間も同じです」

 私の言葉に、数人が隣の人間を見ました。

 隣の人が、自分と同じとは限らない。

 これは、私たちの社会では当たり前のことなのです。

「私たちの隣が、自分と同じとは限らない。友人が自分と同じ価値観とは限らない。それは、とても当たり前のことなのです」

 友人同士であっても、善悪の価値観がすりあっているとは限らない。

 恋人同士であっても、その本心は分からない。

「私たちは、自分たちが思ったほど暖かな世界には住んでいないのです」

 自分の価値観は、自分だけのもの。

 けれども、私たちは――。

「他者を受け入れることもできます。知識で理解することもできます。感情を共有こともできます。私は、それをしたいんです」

 違う価値観と違う価値観を重ね合わせたい。

 理解したい。

 零が、本当にやりたかったことはそうだと思うのです。

 いつの間にか教室には、アスナがきていました。

 彼女もこの出し物に参加するのでしょう。

「同じ人間は一人もいません。それは、寂しいことでもあります。けれども、その寂しさは理解できると思います」

 私は、頭を下げました。

 ぱちぱち、とちょっとした拍手が聞こえました。私が顔をあげると、そこには零がいました。教室の端っこで、私の話を聞いていました。

 私は、零を見つめます。

 零は、私を見つめていました。

 

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