第23話
むすっとしていた、三司馬先輩を見つけた。
あの人は、色々がある。
第一に、バカだと言いうこと。
第二に、バカだと言うこと。
第三に、足が速いということ。
つまりは、足の速いバカだろいうこと。
そんな先輩が、文化祭のどこかの教室の出し物の看板を掲げて走っていた。目立ったというよりは、異様だった。なんというか、罰ゲームじみた気配があった。現に、私以外の生徒は三司馬先輩を避けていた。そして、後ろ姿を恐る恐る見つめるのだった。
私は、彼を呼び止めた。
「ちょっと」
だが、三司馬先輩は走っていた。
私は無言で靴を脱いで、その靴を三司馬先輩に投げつけた。綺麗に弧を描いた私の靴が、三司馬先輩の頭に当たった。「いてっ」と三司馬先輩は言って、靴を失った私はケンケンをしながら三司馬先輩に近づいた。
「何やってるんですか、陸上部」
運動部は、文化祭で凝った出し物をしない。せいぜい玉こんを売るぐらいだ。けれども、三司馬先輩はとある出し物の看板を背負って走っていた。全力疾走する三司馬先輩のほうが目立ちすぎて、誰も見ていなかっただろうけれども。
「ええっと……」
三司馬先輩は、私の顔を見て悩んだ。
自分の名前を知っているのに、私の名前は知らない。だから、悩んでいるという顔だった。三司馬先輩は、有名人だからこんなことはよくあると思っていたのに。意外だった。私は、自己紹介する。
「私は、七菜」
苗字は言わなかった。
必要ないと思ったのだ。
代わりに「一年生です」と言った。そちらの方が、私を適切に紹介できるとおもったのだ。三司馬先輩は戸惑いながら、自己紹介した。女の子に慣れていない男の子、といった風情だった。
「えっと、俺は三司馬」
それは、知っている。
三司馬先輩は有名人だ。別名、走るバカと言われている。いや、バカ走るだっただろうか。とりあえず、バカの有名人ということには変わりない。
「誰?」
三司馬先輩は、もう一度訪ねた。
私は、名前を尋ねられているのかと思った。だが、さっき名乗った。おそらくは「どうして自分に話しかけたのか」を訪ねたいのだろうと思った。
「その看板……なに?」
三司馬先輩は「性の討論会」と書かれた看板を背負っていた。なかなかショッキングな看板だったけど、走っている三司馬先輩の方が目立つなんてなかなかに面白い。
「津田先輩がやってる出し物なんだよ!」
三司馬先輩は、生き生きと語り始めた。
津田先輩という名前には、聞き覚えがあった。この間、零先輩に声をかけられたときに一緒にいた先輩だ。顔がいいから、わりと有名な先輩だった。でも、この津田先輩ってたしか……。
「三司馬先輩って、津田先輩が好きでしたよね」
「うん」
三司馬先輩は、子供みたいな顔で「うん」と頷いた。
「大好きだよ。だから、応援したくて」
三司馬先輩の顔は、輝いていた。
同性愛者なんて後ろ指をさされそうなことなのに、三司馬先輩は全然それを悔いているようには見えなかった。それどころか、自分の恋心を誇っているようだった。
「だから、看板背負って走ってたんですか?」
「うん」
三司馬先輩は、誇らしげだ。
「止められなかったんですか?」
「みんなが、後ろで騒いでいたような気がする」
ああ、なるほど。
他人の制止を聞かなかったわけか。
「でも、ほら。こういうものって、宣伝が大事だろ」
「宣伝の方法は、もうちょっと考えた方がいいと思うわ」
はっきりいって、三司馬先輩のほうが目立っていた。
だが、三司馬先輩にはそれが分かっていないようだった。
でも、好きな人のために何かをしたいという気持ちはちょっと分かるような気がした。私は、少し三司馬先輩がうらやましいと思っていた。何も恥じることなく、好きな人を好きって言える。
私は、白鷺に好きな人をとられた。
私の書いたラブレターを使って、白鷺は零先輩に告白した。そして、零先輩も白鷺を愛してしまっている。
とても――……とても悔しかった。
それを知った時に、私は白鷺を呪ったほどだ。でも、同時に――私のことを零先輩は好きにならないだろうと思った。零先輩は、万引きをしようとした私を叱った。つまり、そういう不正行為を絶対に好まないタイプなのだ。
でも、零先輩は私の不正を知っている。
この不正を、零先輩は許さない。
許さない相手に、人は恋をしない。
「……」
「どうしたの?」
三司馬先輩は、私の顔を覗き込む。
ゲイだからなのか、バカだからなのか、三司馬先輩の距離感はとても近かった。
「……三司馬先輩がうらやましいのよ」
純粋に好きな人のために、動くことができて。
三司馬先輩は、きょとんとしていた。
「自由だろ?」
三司馬先輩は、当たり前のようにいう。
「好きな人のために動くのは、自分の自由だろ。だったら、動けばいいんだよ。考えるよりも行動!昔の偉い人も言ってるぞ、たぶん!!」
三司馬先輩は、元気だ。
その言葉には、根拠がない。
けれども、三司馬先輩は楽しそうだ。
「一緒に、やろうか?」
三司馬先輩は、私に手を刺し伸ばした。
「いいの?」
「ああ、だって俺一人でやっても絶対に成功しないような気がしないし」
三司馬先輩の自己評価は正しい。
だって、三司馬先輩一人のままだったら彼はずっと走っていたことだろう。
「さて、どうやって宣伝しようかしらね」
普通だったら、三司馬先輩がやったように看板を作るというのが一番の手である。だが、三司馬先輩に看板を持たせたら間違いなく走るだろう。この人は、バカだから。
「もっと、インパクトがあることをしないと」
私は、少しばかり考える。
そのとき、放送がなった。いつもならば昼休みに音楽を流す程度の仕事しかしていない放送部だが、文化祭のときは順番に出し物の紹介をしていた。今は一階にある二年三組が企画したメイド喫茶の紹介をしている。
「……あれをジャックするわよ」
私の言葉に、三司馬先輩はびっくりしていた。
「ジャックって、ハイジャックのこと?」
「それは飛行機に対してのジャックよ。つまりは、放送室の乗っ取りよ」
津田先輩たちの出し物は、内容が内容だけに放送では紹介しないだろう。
だったら、放送室をジャックしてしまえばいいのだ。
「そんな大がかりなことをしても大丈夫?」
「大丈夫……だとは思わないから、放送部の一人を買収するのよ」
私は、にやりと笑った。
部員の一人には、心当たりがあったのだ。昔、私に万引きを強要した人間の一人だ。だから、脅すことも買収することも簡単なはずだ。
「さぁ、行くわよ」
すっかり私の下僕のようになってしまった三司馬先輩を引き連れて放送室に向かった。
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