第22話
津田先輩は、行動力があるんだと思う。
少なくとも、俺は後輩に何か相談された時に一緒になにかをやり遂げるなんてできないと思う。俺には、走ることしかできない。小学校の頃からそうだった。
小さい頃から、とにかく走ることが好きだった。
どうして、好きになったのかはよく分からない。
ただ走るのが早くて、走れば一番に慣れた。勝つことと、足が速いことで称賛の目を向けられることが気持ちよかったのかもしれない。そして、それ以上に友人とのかけっこが面白かったのかもしれない。
誰かと一緒に走る。
友人と一緒に走る。
その行為で、俺の心臓は高鳴っていた。運動をしたからということではなくて、走っている友人の姿を見ることによって俺の心臓は高鳴った
俺は、走っている友人たちに最初の恋をしたのだ。
小学校に上がっても、俺が走ることに変わりはなかった。けれども、周囲は違うようだった。友人たちは、そろって女の子の話をし始めた。
俺には、それは何だか不思議な国の不思議な風習の話を聞いている気分だった。女の子の友人もいたけれども、彼女たちを特別に好きっていう感情はなかった。そういう感情は、俺は男の子たちに向いていた。
俺の感情の方向性は、なんだか可笑しいらしくて母親はよく俺のことで悩んでいた。俺は何でも母親に言ってしまう子供だったので、母親は俺の成長についてよく把握していた。そして、母親はそうそうに諦めた。
俺には優秀な弟が二人もいたので、そっちに期待をしたのだ。
親の期待がなくなった俺だったが、特に気にすることもなく日々を過ごした。俺は、元々難しいことを考えるのが苦手だ。人の期待とか、全然分からなかった。
そんな感じで、俺は中学生になった。
周囲は、俺を変わった人間だと言った。
走ることしかできない俺には、どうして周囲が俺を変わった人間だというのか分からなかった。どうして、俺は変わった人間扱いされるのかが分からなかった。
みんな違ってみんないい、なんていうくせに。
人が自分と違うことは当たり前なのに。
どうして、俺は変わった人間扱いされてちょっと避けられるのだろうか。
高校生になって、俺は初めて親戚の人とであった。俺の従弟という人は、同じ学校に通う先輩だった。津田という名前の人は、とても綺麗な人だった。
まっすぐな立ち姿に、力強いまなざし。
そして、嘘をつかない唇。
俺は、一目で津田先輩が好きになってしまった。
だから、すぐに「好きです」と言ってしまった。
津田先輩は、俺の顎の拳を入れてきた。この一発で、津田先輩には男兄弟がいないのだと確信した。いや、前から兄弟がいないことは知っていたので、思い出したと言ったほうがいい。なぜ、俺がそう思ったのかというと……男兄弟がいれば顎に拳を入れるだなんて危ない攻撃はしないだろう。男兄弟でもまれたら、喧嘩の仕方も覚えるはずだ。俺は津田先輩の攻撃で、舌を噛みそうになった。
俺は、フラれた。
でも、俺の感情が消えたわけではない。
俺は、今でも津田先輩が好きだ。そんな俺の大好きな津田先輩が企画した、文化祭の出し物は――……見事に閑古鳥が鳴いていた。
文化祭で津田先輩たちが割り振られたのは、最上階の端っこの教室。もっとも人がやってこない場所だ。俺も津田先輩がこんなところにいなければ、こなかった。なにせ、文化祭のメインは一階から二階だ。そこには喫茶店とかお化け屋敷とか、いかにも文化祭っぽい出し物でひしめいている。
ちなみに、俺たちがいる隣の教室では科学部が実験発表を張り出していた。お客さんは、堂々のゼロである。
……悲しい。
「津田先輩、どうしてこんなに暇なんですか?」
「うるさい、三司馬」
津田先輩は、俺をにらんだ。
そんな顔でさえ、津田先輩は綺麗だ。
「宣伝に失敗してるんだよな……ポスターも目立つところに貼れなかったし」
生徒会は許可してくれたが、目立つところに貼ることはNGが出たのだ。内容が内容だったのでSNSでの宣伝もしなかった、と津田先輩は言う。
ちなみに、今回の発表に参加するらしいアスナと言う女の子はまだ来ていない。弓道部の出し物の準備が終わってから、こっちに合流するらしい。ちなみに、カップケーキを売るのだという。
「三司馬、おまえはちょっと走って宣伝してこい」
「俺、この出し物のメンバーじゃないんだけど……」
えへへへ、と俺は笑った。
津田先輩は、俺に舌打ちする。
親戚のせいなのか、それとも好意を表してフッているせいなのか、津田先輩は俺に容赦がない。
「もう、これだったら客寄せにAVを流すべきだったか……でも、それだと色々問題がでてくるしなー」
津田先輩は、一人でぶつぶつ言っている。
それを苦笑いで見守っているのは、零と豊っていう先輩の後輩だ。俺と同級生らしいけど、俺は二人のことをよく知らない。でも、津田先輩が目をかけているんだから良い奴らなんだと思う。
「津田さん、それ最初に却下した案でしょう」
豊が、呆れていた。
どうやら、この二人は最初は学校でAVを流そうとしていたらしい。そういう企画だったら、俺は参加したい。だって、AVってまだ見たことないのだ。見てみたい。初めてのことは、なんでもわくわくする。
「ここまで人がこないなんて……」
ぶつぶつ言っている津田先輩にとっては、この事態は予想外だったのだろう。
「もう、本当にAVを流そうかな」
津田先輩が、なにも書いていないDVDを取り出す。
「津田さん、それしまってください」
豊が、津田先輩の肩を叩く。
津田先輩は、正気に戻ってDVDをしまった。
「というか、それはどこから手に入れたんですか」
俺も、それは気になる。
先輩だって、まだ高校生なのに。
「先輩が残していったビデオをDVDに移したんだよ。モザイク以上の画質の悪さで、正直なんにも見えないぞ」
津田先輩は威張った。
そんな顔も綺麗だ。
「きれー」
俺は正直に言った。
津田先輩は、俺を蹴った。
無言だった。
たぶん、八つ当たりだと思う。
それでも、それをうれしいと思ってしまうのは俺が盲目だからだと思う。恋は、盲目っていうだろう。逆に、恋をしなければはっきり見えているんだ。
可哀そうだよな、と思う。
恋すれば、相手のいいところしか見えなくて幸せなのに。
俺は、そう思いながら教室から追い出された。
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