第21話

「こんなんでいいと思うか?」

 俺は、豊に手作りの面を見せた。お祭りで売っているような狐の面は、割とうまくできているほうだと思う。だが、豊の方を見ると彼はとても力の入ったお面を制作していた。

おそらくはウサギだと思うのだが、手の込んでいる丁寧な作りに反してデザインが恐ろしい。ゲームに出てくる呪いの面を思い出してしまう。それでもモチーフがウサギだと分かるということは、豊の仮面のデザインが優れているということである。

「……それ、お前が被るのか?」

 思わず、俺は確認した。

 ちなみに、この面は文化祭の発表中に被ることにしている。それを考えて、おれは可もなく不可もなくといったデザインにしているのだが、豊は攻めすぎなデザインだった。

少なくとも俺は、豊の話より仮面のデザインのほうを覚えているだろう。そう思うぐらいに斬新だ。

「少し派手なほうがいいと思ったんだけど。ちょっと派手すぎたかな」

 豊本人も攻めすぎたデザインだと思っていたらしい。

「服はどうするの。制服だと面白みがないかもって、津田さんは言ってたけど」

 そんなことも津田さんは、そんなことも言っていた。

 俺たちは比較的真面目なことをやるが、文化祭は基本はお祭りである。そこらへんを意識したほうがいいということだろう。

「ドンキでなにか買ってくるか……」

 問題なのは、予算だ。

 基本的に部活は、前年度の文化祭で設けた分が今年の文化祭の予算になる。もちろん、学校側から割り振られる予算もあるのだが、それは前年度の活動に応じての金額になる。今年設立されたばかりの俺たちの部活に割り振られる活動費はない。そのため、使う金額は自腹となる。俺たちが面を作っていたのも、手作りで予算をできる限り抑えたいからだ。

 俺も豊もバイトをしていない。

 津田さんには聞いたことはないけれども、あの人は受験生だからたぶんバイトはしていないだろう。

「おーい」

 噂をしていると津田さんがやってきた。

 いつもとは違う、覇気のない声だった。

 振り向いた俺たちは、言葉を失った。津田さんの恰好は、それぐらいの影響力があったのだ。

「……津田さん、正気ですか?」

 豊は、津田さんにそう尋ねた。

 俺は、苦笑いをしていた。

 津田さんは、女装をしていた。しかも、メイドの姿だった。それこそ、ドンキで三千円ぐらいで売っているような安っぽいミニスカートのメイド服。黒を基調とした衣服に、ところどころ入った白。一応、化粧もしているらしい。ファンデーションで整えられた肌は、いつも以上にきめ細やかだった。

 総評すると女装の津田さんは、元々の顔の良さも相まって……非常に面白みのないものに仕上がっていた。普通ならば、男の女装は笑えるぐらいに似合ってなくて面白くなるはずなのだ。あるいは、やたらと足が綺麗でソコが笑えたりとか。

 ところが、津田さんの女装は面白くなかった。

 別に、女装が特段に似合っているわけではないのだ。津田さんは少女漫画に出てくるような美形な優男だが、女物の服を着れば体格の違和感を強調される。肩幅は女子より広いし、足の筋肉もわりとある。それでも「なんだか見られてしまう」という感じの女装なのである。テレビのマルチタレントが女装したら、思ったより似合っていてあまり面白くなかったという感じだろうか。

「クラスの女子に押し付けられたんだよ。俺のクラスの出し物は、今年は女装喫茶だから」

 津田さんは、不機嫌だ。

 同性愛者の人って女装が好きだと思っていたので、意外だった。

「俺、別に女になりたいってわけじゃないから。こういうことをやって、笑いものになるのが嫌なの。クラスの女子には写真をめっちゃ取られるし」

 津田さんは、ぷんぷんと怒っている。

 怒りながらも「テレビに映っているような同性愛者が一般的だと思うなよ」と言っていた。とりあえず、津田さんは女装が嫌いらしい。というか、自分の容姿が注目されるのが嫌いなようだ。美形なのに、もったいないと思う。少なくとも、俺は津田さんの写真を撮りたがる女子の気持ちがちょっとわかった。

「似合うのに」

 豊も、俺と同意見だったらしい。

 津田さんの目が光った。

「だったら、お前が着てみろ……」

 津田さんが、豊を抑え込む。

豊は、生娘のような悲鳴を上げた。俺は耳をふさぎ、目もふさいだ。

しばらく経つと、豊の女装が完成されていた。

豊も可愛らしい顔立ちをしているが、津田さんほどの美形じゃない。そのため、安心できるぐらいには笑える女装になっていた。

「安心できるなー」

 俺は、しみじみと豊を見た。

 豊は、涙目に成りながら俺を睨んだ。

「同じ目に合わせてやる……」

 豊と津田さんが、俺に向かってくる。

 俺は、嫌な予感がした。

 だが、すでに出口は二人によって塞がれている。

「ぎゃー」と俺は悲鳴を上げるが、助けてくれるような人間はいなかった。俺は豊と津田さんの手で、女装させられることになった。

そして、女装をした俺を見た二人は、そろって「似合わない」と大爆笑していた。笑うのならば、最初からやらないでほしい。二人と違って俺は肩幅が広いので、そもそもメイド服をちゃんと着られていない。背中の真ん中あたりで、チャックが止まってしまっている。鏡を見なくとも、滑稽な姿だということは分かった。

「そういえば、津田さんって平気なのか?」

 俺は、疑問に思ったことを津田さんに尋ねる。

 津田さんは、同性愛者だ。だから、同性の裸は、俺たちにとっては異性の裸と同じだと思ったのだ。俺だったら、後輩の女の子の服を脱がしてメイド服を着せることはできない。津田さんは「うーん」と悩んだ。

「日本って、基本的には男女に分ける文化だよな」

 津田さんは言う。

 温泉や更衣室を言うのならば、そうだろう。

「俺もその文化に慣れ親しんでいるからさ。同性の裸に対する耐性はできているというか……うーん説明が難しいな。こういう感覚を漫画とかでやってくれたら、説明しやすいのに」

 津田さんの独り言に、最初は俺も首もひねった。

 けれども、考えてみると自分で考えた言葉というのが少ないのだ。女の子の肉体にドキドキする気持ちというのは、漫画や小説などでよく語られている。その言葉を使うと自分の感情を相手に分かりやすく伝えることができる。

「あれ……」 

 俺は、ふと思った。

 俺は、ずっと自分の言葉で伝えることが大切だと思っていた。けど、自分の言葉で喋ることなんて元からあまりなかったのだ。

「……」

 俺は、白鷺に自分の言葉で思いを伝えたいと思った。

 けれども、そもそも自分なんてなかったのだ。俺のしゃべる言葉が、誰かに伝えようとする言葉の全てが、誰かがすでに使った言葉だった。

 俺は、自分の言葉というものを探そうとした。

 けれども、そんなものは何もなかった。

 俺は、自分のなかが空っぽになったかのように感じた。

「おい!」

 津田さんが、俺に声をかける。

「大丈夫か?」

「なんか……自分が空っぽになったような気がして。自分の言葉がないんだよ」

 俺は、頑張って津田さんに色々と説明をした。

 そして、津田さんと豊は顔を見合わせた。

「当たり前だよ」

 豊は、言った。

「僕たちは、言葉のスペシャリストじゃないんだ。だから、自分の言葉でなんて軽々と言っちゃいけないんだよ」

 自分の言葉なんてものは、一から自作しないと作れない。

 けれども、俺たちにはそんな才能も覚悟もないのである。

 そして、よくよく考えれば自分の言葉など最初からなかったのである。あったのは、意思だけである。そして、その意思はすでに白鷺に伝えてしまっている。

 俺は、まだ白鷺とそういうことをする意思はない。

「……ねぇ、また変なことを考えて落ちこんでないよね?」

 豊は、俺の方を見る。

「あのな、自分の答えが出てたことにびっくりしてたんだ」

 俺は悩んでいたと思っていた。

 高校生で性的なことは早いのか、と。

 それを皆で、話し合いたいと思っていた。

 けど、自分のなかで答えがでていた。

「……俺、なにがやりたかったんだろう」

 茫然としていると、豊はぽんと俺の頭を叩いた。

「話し合いたいんだろ」

「でも……俺の答えは決まってた」

 決まっててもいいんだ、と豊は言った。

「俺、今回のことでAセクシャルのことを改めて調べたんだけど……調べれば調べるほどにAセクシャルの定義が広すぎて挫折しそうになったんだよ」

 これがAセクシャルだ、という説明をするのが難しいと豊は言った。

「だから、たぶんこれから言葉とか程度とかは色々と変わると思うんだ。少なくとも、三十年前とかにはAセクシャルとかいう言葉はなかったんだと思うし。でもさ、言葉ができるにはまずは話し合いとか情報の共有が必要だと思うんだ。それでもって、不便だって思わないと新しい言葉は生まれないだろ。Aセクシャルの範囲が広すぎるのも、なんか不便っていう感覚がないからっていう気がするし」

 豊は、ちょっとばかり恥ずかしそうだった。

「だから、自分お腹で答えが決まっていても話し合いを開くっていうのは割と大切なことだと思うんだよ」

 ちょっと前まで、メイド服を着せられていた人間とは思えない言葉だった。

 豊は、俺の考えを読んだかのように急に不機嫌になった。

 けれども、俺は少し安心した。

 俺がやろうとしたことは間違いではないらしい。

「とりあえず、メイド服はなしでいこうな」

 俺は、サイズの合わないメイド服を脱ぎながら言った。

「それには、賛成だよ。零には似合わな過ぎたし」

「ああ、化け物爆誕って感じだったぞ」

 豊と津田さんが、俺の女装を見て再び笑い出した。

「ふふふふ……」

 悔しくなった俺は、スマホの画面を二人に見せる。

 そこには、女装をした二人の姿があった。

「おまえ、いつの間にそんな写真を撮ってたんだ!」

 消せ、と津田さんは叫んだ。

「大丈夫だ。津田さんのは面白みがないから、誰にも見せない」

「僕のは見せるの!」

 豊のは面白いので、話の流れによっては見せる。

 頑張って顔には出さないように、俺は思った。

「答えないってことは、見せるつもりだね……」

 豊は、声もなく笑った。

 そして、なぜかストレッチを始める。

 俺は、察して教室から飛び出した。

 豊は、それを追いかけてきた。

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