第19話
「できたか!」
俺は、豊に尋ねた
豊は「一応は……」と答えた。
「あと、アスナが書いたのもあずかってきた」
アスナも書いてくれるなんて、予想外だった。
「津田さんは?」
豊の質問に、俺はちょっと笑う。
「津田さん、文章考えるのは苦手みたいで」
津田さんは部室の端っこで、机に突っ伏していた。
三十分以上はこの状態らしい。
「あの人って、文系特進だよね」
豊は疑うように、津田さんを見ていた。
津田さんは、心外だとばかりに顔を上げた。
「俺は映画が得意だから文系を選択したんだよ」
作文は割と苦手だ、と津田さんは言う。
そうなんだ、と俺は呟く。
「構想は頭の中でできてるんだ。でも、文章にならない」
津田さんはうなだれている。
この人に比べると、俺はさくさく文章が書けたほうだと思う。ちなみに、俺は理系である。もしかして、文章を書くって理系と文系とはまた別問題なのだろうか。津田さんは、俺の方を見つめた。そして、思い出したように笑う。
「彼女とは、どうだったんだよ」
津田さんは、俺と白鷺のことをからかいたいらしい。
「残念なことに、お父さんバリアが強固なんだ」
あれから、連絡が付かない。
津田さんと豊は、可哀そうなものをみるような目で俺を見ていた。
「フラれてるよね」
「フラれてるな」
豊と津田さんは頷きあう。
俺は「フラれてないから!」と叫んだ。
「ただ、答えを聞いてないだけだ」
えっへん、と胸を張る。
豊と津田さんの憐みの目は変わることはなかった。
「とりあえず、これを教頭に提出するな」
津田さんの分は完成してなかったが、できている分だけ教頭にチェックをしてもらうことにする。文化祭まで日がないし、そっちのほうがいいと思った。
「絶対に、ばつをもらうと思うよ」
豊は、乗り気ではない。
自分の書いたものに自信がないのだろう。
「まぁ、豊も理系だしな」
「理系文系の話じゃないよ」
豊は、深いため息をついた。
「自分のことを言葉にするって難しいんだよ。あと、自分の知識があっているかどうかも分からなくなるし」
豊の言葉に、俺は驚いた。
「そうなんだー」
「……ねぇ、何を書いたの?」
豊は、心配そうに俺の原稿を覗き込んだ。
俺は、ちょっとむっとする。
「思っていることだぞ」
「なんだか、心配になってきた。あーあ、教頭先生にどんなことを言われるかな」
そんな会話をしながら、俺と豊は教頭先生に原稿を提出した。
あとで津田さんの原稿も提出することを述べた。
教頭先生は、なぜかその場で原稿を読み始めた。こうなってくると職員室を出にくい。俺と豊は、手持無沙汰になりながらも教頭先生を待った。
「……あなたたちは」
教頭先生は、口を開いた。
「あなたたちは、怖くはないのですか?」
その質問に、俺も豊もぽかんとする。
「昔よりも穏やかになったとは思いますが、こういうことをすれば攻撃されます。私も、そういう生徒を見たことがあります」
教頭先生は、相変わらず原稿を読んでいた。
俺と豊は、顔を見合わせる。
「それが原因で、死んでしまった生徒もいます。あなたたちは、その覚悟がありますか?」
教頭先生は、静かに俺たちに問いかける。
「自分をさらけ出すというのは、それ相応の覚悟が必要ですよ」
とても落ち着いた声だった。
それでいて、俺たちを止めようとしている声のような気がした。
「覚悟ってなんですか」
答えたのは、豊だった。
なぜか、彼は少し怒っているように見えた。
「自分のことを受け止めるなんて、もうとっくにやってるんです。そこから、先に進めないからこのバカの提案に乗ったんです!」
俺は、豊の声にびっくりしていた。
だって、豊がどうして俺と一緒にいるのという理由を初めて知ったから。
「覚悟なら、とっくにしてますよ。立ち止まって、うじうじしてたらあっという間に寿命ですからね」
豊の言葉に、教頭先生は驚いていた。
俺は俺で、寿命っていう過激なワードに驚いていた。そして、豊の父親がびっくりするほど病弱なことを思い出した。たしかに、豊の父親の寿命だったらうじうじしている間に終わっているような気がする。
教頭先生の唇が、わずかに震える。
「私は……いまだに私が分かりません」
それは告白だった。
「だから、私自身が空っぽのように感じるのです」
空っぽで、何にも持っていないような気がするのだと教頭先生は語る。
「正直、私自身が空っぽだからこそ誰も救えないような気がします」
「じゃあ、満たしてください」
豊が、叫んだ。
「満たして、満たして、それでも満たされないなら……ただ器が大きいだけなんですよ」
豊は、自分の思いのたけを全部ぶつけたみたいだった。
息が荒い。
そして、豊は教頭をにらみつけた。
「教頭、あんまり甘く見ないでください。こっちは、こんなことする時点で腹は決まってるんですから……その甘いところはあるとは思いますけど」
なぜか、最後のほうは弱弱しかった。
「……昔から、なぜかこういう相談をする生徒は私の前に現れるのです。まるで、私の匂いを嗅ぎつけているように」
教頭先生は、長年色々な生徒の相談を受けているようだった。
そして、その時代に合わせた返答をしてきたらしい。教師としての助言と言うよりは、常識をもった大人の返答したことしかなかったという。
教頭先生は、俺たちに原稿を返した。
「特に問題はありません。文化祭では、ここの教室を使ってください」
渡された書類には、俺たちが使う教室の番号が書かれていた。一瞬意味が分からなかったが、例年文化祭では教室に番号を割り振ってからどこで誰がどの教室を使うのかを決めるらしい。
実はこの学校、空き教室も多いのだ。そのため、普段は空いている教室を言い表すことが難しい。教室に番号を割り振るのは、そのためだろう。
一緒に渡された教室に番号を割り振った地図を見て、俺は自分たちがどこの教室を使えるかを確認する。
四階の一番上だった。
ちなみに、四階は最上階だ。華やかな露店などは一階に設置されるので、俺たちは端っこに追いやられたこととなる。それでも、教室をもらえるだけ御の字なのだろう。
俺たちは、津田さんのところまで行った。
津田さんは、相変わらず自分の原稿で唸っている。俺たちは津田さんの唸り声を聞きながらも、教頭先生に教室を割り振ってもらったことを話した。津田さんは教室を確認して、少しほっとしていた。
「とりあえず、準備段階はほとんど終了ってことか」
津田さんは、いう。
原稿全くできてないのに。
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