第18話

性的な話を文化祭で扱いたい、という生徒がいた。

その話を聞いたとき、私は少しばかり緊張した。周囲と比べれば、早い年齢で教頭になったと思う。けれども、昔から私にはなぜかそんな相談が持ち込まれることが多かった。

教師になりたてのころから、そうだった。

二十代の頃の話だ。

そのころから、私は自分の異常を悟っていた。私は、男でも女のでも惹かれてしまう節操なしであった。学生時代は男性ばかりが側にいたせいか、男に惹かれることが多かったように思われる。けれども、成人してからは知的な女性に惹かれることも多くなった。

冷静に考えるに、単に私は知的な人間に惹かれる性質なのだろう。

妻も、教養がある人間であった。

私の可笑しな匂いを嗅ぎ取るのか、可笑しな生徒は私にこっそりと相談しに来た。一番最初に相談しに来たのは、男子生徒だった。彼は、女装趣味だった。とても明るく、周囲を笑わせるのが得意だった。冗談で将来は芸人になれと言われているような子だった。

その子は、私に「女装がしたくてたまらなくなる」と言った。

男の恰好をしているのが、苦痛だと私に相談した。いまでこそ、トランスジェンダーという言葉がある。だが、その子が相談してきたのは二十年も前のことである。

私は、そのうちに収まるといった。

人を笑わせるのが好きな生徒だったら、女装はうけると思ってしまっているだけだ。私は、彼にそう言った。

彼は、卒業してからも私に手紙を書いていた。女装に心惹かれて悩む彼に、私は同じことしか書かなかった。女装に惹かれるのは、一時の迷いだと言い続けた。

ある日、私のもとに手紙が届いた。

その手紙は、女装趣味の元生徒で「死にたい」と書かれていた。私は呼吸が止まって、書かれていた住所に向かった。私が訪れたとき、彼の家族は引っ越していた。

私は――……涙した。

きっと、私に相談の手紙を送っていた生徒は死んでしまったのだと思った。私が、手紙をのらりくらりと躱したばかりに。だが、どうすればよかったのだろうか。

私は、今でも別れない。

今よりもずっと窮屈な時代だったのだ。

そんな時代に、答え方の分からない質問をされたのだ。私自身の答えさえもでなかったのに、どうして生徒の悩みに答えられたのだ。妻と結婚したのは、その年であった。自分を明確にすれば、生徒の悩みにも答えられるような気がした。

妻は、面白い女性だった。

花を育てるのが趣味で、彼女の花壇の作り方は独特だった。何種類もの花の種を混ぜて、花壇に撒くのだ。そうして、雑草のごとく生えた花をめでた。考えもつかない色合いが好きなのだ、と言っていた。そんな妻も二年前に亡くなってしまった。

妻をめとり、子供を得た私にも、懊悩が消えることはなかった。

相変わらず、私は女にも男にも惹かれた。

妻を裏切ることはなかったが、そのたびに私は自分が欠けた存在であるように思われた。私は私に自信が持てないのに、生徒たちは私に相談を持ち掛ける。なぜかそれは、性にまつわることばかりだった。

相談にのらりくらりと答えながら、私はいつも叫んでいた。

助けて、欲しいと。

自分自身でもどうにもならない私を――どうか助けてほしいと。

そんなことを考えながら、私は家に帰った。

妻がいなくなった家の花壇は、いつでも寂しい。

これは、私の心の現れのような気がする。

男にも、女にも惹かれるのに――私の心はいつでも空っぽのような気がする。

私は、妻がうらやましい。

妻の心には、いつでも何種類もの色違いの花々が咲いているような気がした。

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