第13話
俺は、茫然としながら夏休みを過ごすはずだった。
自分の彼女が、自分を愛してないと分かった時の衝撃。その衝撃は、俺をやる気のない生き物にしていた。そんな日々を過ごしていると津田さんと豊が俺の家を訪ねてきた。
「おい、発起人なにやってるんだ!」
津田さんは、俺にそう言って発破をかけようとしていた。なんとなく自体を予測していた豊は、津田さんを止めようとしていた。
「白鷺が……俺のこと好きじゃなかった」
豊は「あちゃー」と呟く。
津田さんは「は?」と呟く。
「白鷺って、お前の彼女だよな。フラれたのか?」
「いいや。付き合ったのに、好かれてなかった」
津田さんは「こいつ何を言っているんだよ」と言う感じで、豊を見ていた。豊は、彼が知ってる範囲のことを津田さんに教えていた。ちなみに、内容としては「白鷺は他人のラブレターを自分のものとした可能性」だった。
「それって、逆に零のことが好きだったから他人のラブレターを自分のものにしたんじゃないのか?」
津田さんはそういうが、俺は「七瀬っていうラブレターを書いた子に対抗したかったらしい」と話した。津田さんは、俺の言葉に納得していた。
「七菜か……あー聞いたことがある名前だ」
「たぶん、ラブレターを自分で書いたことにしたから七菜っていう子に虐められてるんだろ」
そう考えると、すごく納得がいくのだ。
白鷺は、七菜のラブレターを自分のものにした。それは虐めの復習で、俺にとっては衝撃的だった。白鷺は、そんな人間ではないと思っていたのに。
「ええっと……でも、白鷺さんって中学校から虐められてたんじゃないの?」
豊の言葉も、俺には届かない。
「……一応聞くけど、白鷺さんを信じたいの?」
豊は、俺に尋ねる。
「一応は、信じたい」
思いのほか、すんなりと言葉が出た。
「……じゃあ、アスナに色々と調べてもらうよ。それを報告してもいい?」
豊の言葉に、俺は力なくうなずいた。
「よし。じゃあ、次に進むぞ。気合を入れなおせ!」
津田さんは俺にそういうが、俺に元気なんてでない。
「もう、いい!豊、今日はナンパするぞ。零に新しい彼女ができれば、元気がでて解決だろ」
津田さんの言葉に、豊は「それはさすがに短絡的すぎるような」と呟いた。
「うるさい。さっさと元気だして、企画を進めやがれ!」
乱暴な津田さん理論の元、俺と豊(巻き込まれた)は町でナンパに行くことになってしまった。俺、彼女に好かれてないって分かったばっかりという言い訳は聞き入れられなかった。
着飾っていくぞ、と津田さんは言った。
俺は、津田さんと性癖ではなくて年齢が違うのではないだろうかと疑った。センスが違うし、考え方が違うし、そもそも好みのタイプが違う。
というか、津田さんは同性愛者なので純粋に俺が好きそうなタイプの女を進めているのかもしれない。だとしたら、えらく露出度の高い服装を好む女性が好みだと思われたものである。
「津田さん、というかどうやって声をかけるつもりなんだ」
俺たちは、三人で固まって街を歩く女性たちを見ている。そして「あれはどうだ」「これはどうだ」と言い合っているわけだ。女性に声をかけるまでは、いっていない。
「そこは、零に任せる」
津田さんは、自信満々に言った。
「付き合っていた経験もあるんだから、余裕だろ」
津田さんはそういうが、俺はナンパなんてした経験ない。というか、同年代以外の女の子に話しかけたこともなかった。同じ学生だと分かる学生服でも着てくれれば気軽に声をかけられるのだが、私服になってしまうと歳がよくわからなくて声をかけづらい。
「うーん、気持ちも分かるんだよな」
津田さんは、悩みだす。
豊も悩んでいた。
性癖は三人とも違うのに、妙なところが一緒である。
「じゃあ、制服の女の子に声をかけたら?」
豊がそう言いだす。
「……いや、そもそも俺はナンパする気とかなかったんだが」
白鷺のことも引きずっているし。
俺がうじうじしていると、津田さんは笑った。そして、俺たちの高校の制服を着ている女子を指さす。
「声がかけてこい」
命令形だった。
「いや、なんて声かけるんだよ」
俺は抵抗すると「また、会いましたね」と言ってこいと津田さんは言い始めた。そして、俺の背中を押す。津田さん的には、お節介のつもりなのだろう。本当に、いらないお節介だ。このお節介から解放されるためにも、俺は女子生徒に声をかけることにする。どうせ、変な顔をされて終わりだと思ったからだ。
俺は、女子生徒の後姿に話しかけた。
「よう、また会ったな」
俺の声で振り向いた生徒の顔は、見たことがあった。
しばらく、考えると「あっ」と声がでた。
七菜である。
白鷺との会話で名前が出ていなければ忘れていたかもしれない、少女の名前だった。七菜は、ごくごく普通の少女のように見えた。流行りの制服の着崩しかたに、流行りの化粧。流行りの髪型といった具合に全身が流行で出来ているようにも思われた。
白鷺とどっちが可愛いかと言われたら、普通の人間だったら七菜のほうが可愛いと答えるだろう。男性受けを考えた七菜のおしゃれは、素直に可愛いと思う。白鷺も最近は気を使っているが、それでもたまに下手だ。
「零先輩……」
七菜は、そう言った。
白鷺の話が正しければ、俺へのラブレターを書いたのは七菜である。俺への好意を持っているのも、七菜である。そして七菜の表情を見るに、俺への想いは健在のようである。
俺は、逃げようとした。
思いっきり逃げようとした。
「ちょっとまて!!」
津田さんに捕まった。
「ちょっと、訳ありなんだ。逃げさせろ!」
「逃げるな、戦ってこい!!」
「いったい何を!」と俺は叫んだ。
豊は、他人のふりをしていた。
「先輩、何やってるんですか?」
津田さんに捕まった俺に、七菜は尋ねる。
「ちょっと、色々とあって……」
説明が難しい。
「先輩は、どうして私に声をかけてくれたんですか?先輩は……白鷺と付き合っているのに」
七菜にも、今のはナンパだと分かったらしい。
「その色々あって……」
「いま、恋人と別れた零を元気つけるためにナンパ中だ!」
津田さんは、いらないことを言った。
七菜は、驚いた顔をしていた。
「白鷺と別れたの?」
どうして、と七菜は尋ねる。
俺は答えられなかった。
白鷺との別れ話を七菜には知られたくなかったし、話さないほうがいいと思った。七菜がかかわっていることであったし。それに、白鷺が俺を好きではなかったというショックから俺は立ち直っていない。
白鷺は、七菜と対抗したいだけのために俺の告白を受けたのだ。
「先輩?なにか知りたいことがあるんですか」
七菜の言葉に、俺は呟いてしまった。
「白鷺は……どうして七菜に勝とうと思ったのかと思って。だって、ぜんぶ白鷺が勝ってるのに」
俺にとっては、世界一なのに。
七菜は、俺の言葉に傷ついたような顔をした。俺は、慌てて七菜を慰めた。
「いや、俺にとってのってことで。あんまり深い意味はないから!」
「先輩、白鷺のこと好きじゃないですか!」
七菜は、怒鳴った。
当然の反応だと思った。
「どうして、あの子のことを好きになっちゃったんですか!私のほうが先に好きだったのに」
七菜は、俺に向かって怒鳴る。
俺は、何も言えなかった。ただ一番最初に白鷺を見た時、俺は「これはない」と思った。それぐらいに、見た目では惹かれない少女が白鷺だった。
けれども、俺に興味のなさそうな態度が、俺の興味を惹いた。
そして、付き合ってみると白鷺とは年下とは思えないぐらいに気楽な付き合いができた。俺は、いつか一生一緒にいる人間を選ぶならば白鷺がいいなと思うようになっていた。
彼女といるのが、とても楽しかった。
それは、もしかしたら他の女性と付き合っても抱くような感想なのかもしれない。けれども、今の俺は白鷺とでしかそれを感じないような気がしていた。
「そうだよ……俺は白鷺が好きだったんだよ」
俺は、呟いた。
白鷺は、俺のことを好きじゃないのかもしれない。ただ、七菜に勝ちたいがために俺の告白を受けただけなのかもしれない。それが、どうしたというのだ。
俺は、好きなのだ。
「七菜、ごめんな」
俺は、七菜に向かって頭を下げた。
「きっかけは、お前の手紙かもしれない。けど、今の俺は白鷺が好きだ」
俺は、七菜に背を向ける。
津田さんは、なぜか俺の背中を叩いた。この人のせいで話がこんがらがったが、この人おかげで正しいものも見えた。
俺は、白鷺が好きだ。
白鷺自身が、どう思っているかは知らないけれども――俺は彼女が好きなのだ。
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