第9話
日向先生と津田さんが、勝負をすることになった。
勝負内容は映画のイントロクイズで、流す映画は俺と豊で決めることになっていた。視聴覚室の隅っこで、俺と豊は映画のDVDとにらめっこしていた。
「知ってるタイトルある?」
豊は、俺に尋ねる。
「これとこれとこれぐらい」
そうだよね、と豊はため息をついた。
映画研究会のメンツは渋好みなのか、俺や豊が知っている映画のタイトルはほとんどなかった。しかも、映画のDVDは違法コピーが多く(というか、違法コピーしかなく)書かれたタイトルと内容が一致しているとも限らない。仕方ないので、俺たちは確実に自分たちが分かる映画を選んだ。
視聴覚室のテレビに、映画の映像が流れる。
数年前にメガヒットしたアニメ映画の美しい風景が流れると同時に、日向先生と津田さんの手が上がる。
『君の名は!』
同時の発言。
そして、そこから始まる俺たちが選ぶ映画が次々に当てられていく恐怖。
ジュラシック、パーク(最近のCMで見たやつ)
スターウォーズ(最近CMで見たやつ)
ハリーポッター(最初のやつ)
どんどんと当てられていく問題に、段々と津田さんと日向さんの目が殺気だっていく。そして、二人は同じ感情を宿して叫んだ。
『問題が簡単すぎる!!』
映画マニア二人の目は、血走っていた。
素人が出題をやっているのだから、もうちょっと大目に見てほしい。
「これで勘弁してくれ」
そういって、俺はDVDを流した。
それは映画研究会のDVDではなかった。だが、市販品で間違いなくパッケージ通りの作品が入ったものだった。津田さんと日向先生は、俺が選んだ映画を見て茫然とする。
『ばかっ!!』
生徒と教師は、声をそろえて叫んだ。
「これMILKだろ。俺は、これ五回は見たぞ」
「私は……二回です」
嫌悪感で二回が限界だったと日向先生はいうが、嫌なものを二回も見る時点で日向先生はものすごい変人だろう。同じ映画を五回も見ている津田さんもかなりの変人だが。
俺の心の声が聞こえたのか、津田さんと日向先生は俺を睨んだ。
「映画は一作品ごとの考察ができるまで鑑賞すべきです」
「俺も同感だ。映画は作品なんだ。作品は考察や討論を経て、本物になる」
津田さんと日向先生は意見は一致していた。
この二人は、映画オタクとしてはかなり意見が合うらしい。
束の間、二人は見つめあう。
男女だったら運命を感じる場面なのにと思うのは、俺が異性愛者だからなのだろうか。
「やはり、あなたは……」
「やっぱり、先生は……」
二人は、見つめあったまま頷きあう。
「教師にしておくのがもったいないぐらいの映画オタクだな」
「同性愛者にしておくのがもったいないぐらいの映画オタクですね」
二人は、握手をしあった。
お前ら、映画オタクとしては仲がいいよなと思った。
「けれども、あなたが同性愛者と知ったらその色目眼鏡で見てしまうんです」
日向先生は、そう言った。
津田さんは、悲しそうに目を伏せる。
「だよな……」
「それでも良いなら、私は貴方たちに協力しますよ」
日向先生の言葉は、予想外のことだった。
特に、津田さんは茫然としている。
「どうして……」
津田さんの質問に、日向先生は答える。
「私は、自分がホモファビアであると知る前から教師だったんです。そして、教師としてあなたたちの無鉄砲さは微笑ましい。だから、協力したい」
それだけです、と日向先生は答えた。
津田さんは、あっけに取られていた。
「ですが、私が手伝うのは顧問としての必要最低限だけですからね」
日向先生は念を押す。
計画がとん挫しても、それは俺たちの責任だと言いたげであった。
「あと、最後まで私の話も聞いてください」
日向先生は、息を吸った。
「私がホモファビアで、同性愛者に嫌悪感を感じますが――それでも教師なんです。すべての生徒に境目を作らないという義務があります」
それは、俺たちとは少し違うけど性に苦しむ大人の顔にも見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます