第8話

「最近の生徒は人の話を聞かないのだなぁ」としみじみ思った。

 私の元にやってきたのは、津田とクラスを受け持ったこともない男子生徒二人だった。後で名前を確認すると二年生の古倉零と柴田豊という名前の生徒らしい。部活に入っているわけでもなく、特に目立ったところもない生徒であった。

 その生徒は、津田と共に性的趣向を考える会というのをやりたいらしい。そして、私を顧問に据えたいと言ってきた。

 私は、その試みが正しいものとは思えない。

 世の中には、どうしても受け入れられないものがある。私にとって、それは同性愛者である。気持ちが悪い、と思ってしまうのだ。

 世間的には、それをホモファビアというらしい。

私が、それだと気が付いたのは津田がきっかけであった。

 学生時代は映画監督になりたかった私は、今でも映画好きだった。その私と映画勝負をして勝ちをさらっていった、津田という生徒。私は教師であったが、私を負かした津田という生徒に敬服さえした。

 彼は、私の憧れになった。

 彼に負けたくはないと思い、今まで以上に映画を愛するようになった。

 だが、あるときに津田が同性愛者であるという噂を聞いた。しかも、その噂は津田本人が言いふらしているものらしい。

 私は、津田本人に確認しに行った。

 同性愛者であるというのは、本当であるのか。

 私は津田と勝負をした、視聴覚室へと赴いた。津田は、過去に私と勝負をしたときと同じように映画研究会の主だった。映画研究会は代表者が同性愛者という噂を流しているのに、何も変わっていないかのように淡々とした時間が流れていた。

 私には、それが信じられなかった。

 私にとって津田が同性愛者だというのは、天地が揺るぐほどの衝撃であった。だが、映画研究会ではそうではなかったらしい。私の衝撃は、ここでは些末なことであった。

「津田。君が同性愛者というのは、本当か?」

 私は、津田にそう尋ねた。

 津田は、不思議そうに見つめていた。

 そして、なんてことないように答えた。

「そうですよ」

 私の世界は、壊れてしまったかのように思えた。それぐらいの衝撃であった。私にとって、津田は同性愛者ではいけない人間だった。

 そのときになって、私は自分自身が同性愛者が嫌いであることに気が付いた。今まで私の側には同性愛をオープンにしている人間はいなくて、津田が最初の人間であった。そして、同性愛者であったことを許せない人間でもあった。

 どうして、こんなふうにショックを受けるのか。

 私は、私自身が分からなかった。

 だから、どうしてこんなふうに思ってしまうのかを調べた。同性愛者をどうしも許せず、彼らを無意識に見下す自分はどのような心理が働いているのだろうかと思った。

そして、調べた。

私のような人間は、ホモファビアというらしい。

同性愛者の人間に、嫌悪感を抱く人間の総称。

自分の心理に名前がついてしっくりときたか、というとそうではなかった。違うのではないのだろうか、という思いがあった。だが、調べれば調べるほどに心理は当てはまるのだ。

私は、私自身を受け止めるしかなかった。

そんななかで、津田は再び私の前に現れた。

しかも、個人の性的趣向について議論する部をつくりたいと言って。彼は、私に顧問になれという。そして、私が顧問になるかどうかをかけて勝負をしろという。

私は、津田に自分がホモファビアであることを告げた。

同性愛者に嫌悪感を覚える性質である、と伝えた。

津田は、私を驚いたような目で見ていた。当然だろう、と私は思った。絶対に自分に好意的な意見を抱かない相手が、目の前にいるのだ。そして、そんな人間を頼ろうとしているのだ。

「いや、俺的にはホモファビアでもいいけど」

 古倉が、口をはさむ。

 なぜ、津田が驚いているのかが分からないという顔である。

「だって、ホモファビアも性癖だろ?」

 古倉の言葉に、柴田は突っ込んだ。

「……いや、性癖でもないよ。ついでにいうと、君が使いたい言葉は性的趣向だと思う」

 柴田の言葉も微妙に論点からズレているように思われる。

 あと、ホモファビアは性的趣向とも違う。

「そんなことは、些細なことなんだよ。俺たちは、いろんな人を集めたいんだ。なら、ホモファビアな先生はぴったりだろ」

 古倉の言葉に、私もと津田さんも驚いた。

 間違いなく津田は、三人のなかでも重要人物だろう。その津田相手に嫌悪感を抱く相手の参加を「些細な事」とは普通は言えないはずである。

 私は、恐れた。

 この古倉零という生徒は、何も考えていないのである。今後ありえる人間関係の不和とか、企画が企画倒れになることとかを全く不安視していない。

 柴田は、呆れている。

「こういう人なんです。後先考えてません。でも、そこしか良いことがありません」

 間違いなく褒めていない、柴田の評価。

 私は、納得してしまう。古倉という生徒は、おそらくは勢いだけの人間なのだ。後先など全く考えていないのだ。だが、考えていないからこそ、こんなことを思いつくともいえる。

 面白いを通り越した、迷惑な生徒だなと思った。

 こんな生徒に巻き込まれる生徒はよっぽど主体性のない生徒か、それとも古倉の提案に魅了されてしまった生徒かのどちらであろう。

「ただ、零がいうことも確かです」

 柴田は、そう言った。

 私は、彼は後者なのだろうかと考えた。

「俺も先生の顧問としての参加を歓迎します」

柴田の言葉。

私は、津田を見た。

「……俺も、顧問の先生はやっぱり先生がふさわしいと思う」

 津田も、そうなのだ。

 やはり、そうなのだ。

 古倉の思いつきに、心酔しているのだ。

「だから、俺は再び先生に勝負を申し込む!」

 津田は、職員室で堂々と宣言した。

 その宣言に対して、私が思ったことは一つである。


――だれか、私の意見を聞けよ。


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