第7話

「部って、できるのか?」

 俺は、津田さんに尋ねた。同好会より部を作る方が、ずっと難しいような気がしていたからだ。

「ああ、生徒五人と顧問の教師さえ見つければな」

 津田さんの言葉に、豊は懐疑的だった。

「生徒はまだ見つかるかもしれない。けど、教師は……見つかるんでしょうか?」

 豊の心配に、津田さんはにっかりと笑う。

「大丈夫だ。一応は、当てがあるんだ」

 津田さんのいう当てのために、俺たちは職員室に向かった。

 豊は「絶対に無理だ……」と呟いていた。

 たしかに、俺たちのやりたいことは教師たちに賛同を得られるものではないだろう。それぐらい、俺だってわかってる。だから、部より同好会のほうが動きやすいと思っていたのだけど。

「同好会だといちいち生徒会のチェックを受けることになるからな。本当なら、同好会でやりたかったんだけど」

 津田さんが喧嘩を売っていたこともあったが、たしかに同好会でいたら生徒会からの嫌がらせを多々受けそうである。そうなると生徒会の影響を受けない部というのも俺たちには利点がある話なのかもしれない。

「ちなみに、当てがあるっていう教師は誰なんですか?」

 豊が、尋ねた。

 豊も俺と同じ、というか俺以上に顧問になってくれる教師の当てがないようだった。

「映画研究会の顧問に、なり損ねた教師だよ」

 津田さんがいうに、映画研究会は何年かに一度は部に昇格するという話が持ち上がるらしい。その話の出どころは研究会内部からだったり生徒会からだったりするが、一年前はとても珍しいことに教師側から話が持ち上がったようだ。

 津田さんは、映画研究会を部に昇格させる気などなかった。だから、のらりくらりと教師の訴えをやり過ごしていたらしい。

だが、教師の熱意を交わすのが段々と面倒くさくなっていったらしい。教師はかなりの映画好きで、どうやら映画にかかわる部の顧問になるのが夢だったらしい。津田さんとしてみれば夢のために自由気ままな同好会の身分を捨てるわけにはいかないから、教師と勝負をした。

「映画の冒頭だけ流して、その映画の名前を当てるゲームだ。うちの同好会だと、歓送迎会とかでよくやる」

 つまりは、映画のイントロクイズである。

 俺と豊にはそのクイズの面白さがまったく理解できなかったし、津田さんも「暇な同好会が作った伝統あるアホな遊びだ」と言っていた。

ちなみに、津田さんはゲームに圧勝したという。

なにせ、津田さんはゲームになれている。一方で、教師はゲーム初心者である。それでも映画通であった教師は、そのことを本気で悔しがっていたらしい。

 津田さんは、それをあっぱれと思った。

 映画研究会の長なんてやっているから、津田さんも大の映画好きである。だから教師の心意気に感心したし、シンパシーのようなものを感じてしまったらしい。

「次は、何かをかけて勝負をしましょう」

 津田さんは、教師に向かってそういった。

「……まさかと思うけど津田さんはもう一度映画のイントロクイズをして、先生に顧問をやってもらおうとか思ってないですよね?」

 豊の言葉に、津田さんは頷く。

 無邪気な顔だった。

 俺と豊は「無理だよな」という感想を抱く。有能な面しかみていなかったから忘れていたけど、この人は俺たちと一歳しか違わない。俺たちと同じような人生経験しか積んでいないし、抜けてるところはしっかり抜けている。

「どっかにいないかなぁ。耄碌している教師」

 俺は、思わず呟いた。

 そんな教師などいたら、とっくに解雇されているだろうけど。


 津田さんと映画イントロ勝負をしたというのは、日向進という若い男性教師だった。現代語の教師らしく、津田さんの事前情報によると学生時代には映画監督を目指したこともあるらしい。きっちりとスーツを着こなす日向先生は、現代語の教師というよりは数学の教師のような冷たい印象を受けた。

「日向先生、再選を申し込みに来ました」

 津田さんは、笑顔でそういった。

 俺は隣で「この人って、やっぱり映画が好きなんだな」と思った。先生になついているというよりは、映画仲間との勝負にわくわくしているという顔だ。年下に使う表現ではないと思うが、ご主人と遊んでもらいたい悪戯ざかりの子犬みたいな印象だった。

「津田。生徒会から話は聞いてるぞ」

 日向先生は、津田さんにそう言った。

「話が通っているなら、話は早いですね!先生には、これから作る部活の顧問になってもらいたいんです」

 日向先生は、津田さんをじっと見た。

 目をキラキラさせた子犬みたいな津田さん。

 そして、大きなため息をついた。

 まるで子供は何もわかっていない、と言いたげな顔だった。日向先生は、机から映画のDVDを取り出す。映画にはまったく詳しくない俺には、見たことがない映画のDVDだった。CMとかでも見ていないから、最近の映画ではないと思う。

「MILKだ。お前なら、この意味が分かるよな?」

 日向先生の取り出したDVDを受け取った津田さんは頷いた。

「先生……これって、俺が主人公みたいになるってことかな?」

 津田さんは、日向先生に尋ねた。

 日向先生は、真剣な顔で頷く。

「津田さん、その映画ってどんな内容なんだ?」

 俺は、津田さんにひっそりと尋ねてみる。

「ああ、ゲイの政治家の話で……主人公は射殺されるんだ。ちなみに、これは実話」

 思ったより、ヘビーな話であった。

 俺と豊は、ハラハラしながら津田さんと日向先生を見つめる。

「俺たちは、こんなこと望んでない」

 津田さんは、日向先生をにらむ。

 俺と豊は唾を緊張で唾をのみながらも、二人が映画を通して何を話し合っているのか全く分かっていなかった。そもそも、俺たちMILKという映画を見てないし。

「そうなる可能性がある」

 日向先生は、少し息を吐いた。

「俺は、ホモファビアだ」

 日向先生の言葉に、津田さんは驚いていた。

 俺は、食べ物の話に移ったのかなと思った。豊が「キャビアじゃないからな」と俺の肘でつついた。俺はてっきり雄でも卵を持てるチョウザメの話をしていると思っていたので、豊の言葉は非常にありがたかった。

「その、ホモキャビアってなんだ?」

「だから、ホモファビア。ええっと、同性愛者が生理的に無理って人」

 豊の言葉のおかげで、日向先生は同性愛者が生理的に無理なので顧問はできないという断り文句だと俺は理解できた。

「いや、俺的にはホモファビアでもいいけど」

 俺は、思わず口を出す。

「だって、ホモファビアも性癖だろ?」

 俺の言葉に、豊は突っ込んだ。

「……いや、性癖でもないよ。ついでにいうと、君が使いたい言葉は性的趣向だと思う」

「そんなことは、些細なことなんだよ。俺たちは、いろんな人を集めたいんだ。なら、ホモファビアな先生はぴったりだろ」

 俺の言葉に、日向先生と津田さんはびっくりしていた。

 豊は、呆れている。

「こういう人なんです。後先考えてません。でも、そこしか良いことがありません」

 間違いなく褒めていない、豊の評価。

「ただ、零がいうことも確かです」

 豊は、そう言った。

「俺も先生の顧問としての参加を歓迎します」

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