第6話

 生徒会長になる前から、津田君とは顔見知りだった。

 というか、津田君とは高校入学当初からの付き合いだ。

 同じクラスになって、そこからずっと同じクラスが続いている。生徒数が多い学校なら途中で違うクラスになることもあり得たかもしれないけど、私たちの学校は生徒数が比較的少ない。さらに私たちは文系特進クラスだったから、どちらかが専攻を変えない限りは離れ離れになる理由もなかった。

 クラスメイトの津田君の評価は、変人。

 映画研究会に入る生徒は、毎年変人と決まっている。しかも、津田君は自分のセクシャルを隠そうとはあまりしていなかった。あと、変な下級生に好かれている。

 それ以外は、普通の生徒である。

 成績も平均ぐらいで、特出すべきところはない。クラスで一緒に過ごしているのに、変人というイメージが似合わないぐらいには津田君は普通の生徒だ。

 同好会の代表者らしい食えない部分はあるけれども、それだって代表者なんてやっていれば誰だって身についてしまうことである。

 津田君は、人間の印象に振り回されている一人だ。

 そして、私は人の印象を利用している。

 校則をきっちりと守った制服。クラスメイトたちがこぞってスカートを短くしているなかで、私だけスカートは長いまま。髪型は清潔感を大切にして、眼鏡も黒ぶち。典型的な真面目な女子生徒。

 私は、この見た目を利用している。

 ごく普通の家庭に生まれた私は、小さいころから優秀な生徒だった。小学校のころはテストで百点なんて普通だった。両親は私に期待をして、塾とかにたくさん通わせた。私には兄がいたけれども、兄も同じように優秀だった。

 兄も、私と同じぐらい熱心に塾に通わされていた。

 正直な話、私と兄は学校での思い出よりも塾での思い出の方が多いのではないだろうか。それぐらいに、私たちが塾に費やした時間は多かった。

 大学も有名大学を志望して、一生懸命勉強していた。だが、兄は受験に失敗してしまった。第二志望には合格したけれども、両親はすごく落胆した。

 兄には、その落胆が耐え切れなかった。

 そして、学校に入学するまえに兄は部屋に引きこもってしまった。

 外との接触を断った、兄。そんな兄の分も加算されたかのように、両親の私への期待は深まった。私は、その期待を裏切ることができなかった。

 生徒会に入ったのも、両親の期待を裏切ることができなかったからだ。

 私は真面目に生活をしている、という証明が必要だった。

 ずっと必要だった。

 そして、私は両親に――家族に隠している秘密がある。真面目さは、その秘密を覆い隠してくれると私は信じていた。

 私は、女の子が好きだ。

 男の子は友人にしか思えなくて、女の子にこの上ない魅力を感じる。それでいて、私自身が女であることに抵抗を感じないので私のレズビアンということだ。

 でも、私は両親にも誰にもそのことを言えないでいる。

 真面目を演じるというのは、私のそんな一面を隠すのにも都合がよかった。真面目だから男の子との交際には興味がないと思ってもらえるのはありがたい。

 けれども、私のことを知らないで近づいてくる女の子たちには少し申し訳なく思うことがある。私は、男の子たちと同じように彼女たちを見てしまっている。でも、彼女たちはそんなことは微塵も思っていない。

 それと同時に、私自身も苦しい。

 私が好きになった子は、女の子だ。彼女たちは、私に好かれるとはちっとも思っていない。私も、自分のセクシャルを隠したい。だから、ずっと隠していないといけないのだ。好きな子に気のないふりをして、ずっと友人のままでいる。

それって、すごく辛いことだ。

 自分の感情をずっと騙すことは苦しい。でも、バレたらもっと苦しいことになるのは分かっている。

 中学校の頃に、理沙という女の子に恋をした。

 クラスメイトで、おしゃれに興味がある子だった。マニュキュアやアイシャドー、色とりどりの華やかな化粧品が放課後の彼女を彩っていた。

流行り物が大好きな賑やかな性格は私とは正反対で、私はそこに惹かれた。彼女の周囲はいつも光っているようで、私は理沙を見るたびに胸が高鳴った。

 理沙は、私と友人ではなかった。

 でも、クラスメイトだったので名前と顔と最低限のプロフィールは知っていた。

 私と理沙の間に、あまり接点はなかった。そんな彼女と私が、二人っきりになるという事件が起きた。理沙が私に勉強を教えてほしい、と頼んできたのだ。

 理沙はあまり勉強はできる方ではなくて、彼女の友人たちもそうだった。だが、理沙はこれ以上成績が下がるとお小遣いがカットされてしまうらしい。だから、理沙は成績がいい私を頼ってきたのだ。

 私は、どきどきしながら理沙に勉強を教えた。

 放課後に図書室で二人になるたびに、私はこの世で一番幸福な時間を過ごしていると思った。古い中学校の図書室は古く、あまり冷暖房がきかない設計になっていた。そのせいで人気がなく、図書室で勉強するのは私たちぐらいだった。

理沙は数学が苦手で、彼女に数学を教えるたびに「うーん」と唸った。その唸り声が色っぽく聞こえて、夜中に理沙の夢で飛び起きることもあった。化粧の華やかな臭いに包まれて、彼女とベットで二人っきりで微笑みあう。

その夢は、私にとっては甘美な悪夢だった。

それでも、私は理沙に勉強を教え続けた。その度に心臓は高鳴って、隣に座る彼女が同じ気持ちであればいいのにと願った。そして、いつしか同じ気持ちであれと願うようなった。理沙が顔を上げた瞬間に、キスができればいいのにと妄想をした。

頭のなかで想像した彼女の唇は柔らかく、想像しただけなのに自分の唇も赤く染まったような気がした。柔らかい彼女の肌に触れて、その熱を確かめ合えたような気がした。そんな妄想を高めるような日々は、あっけなく終わった。

理沙の成績が上がったのだ。

彼女の志望校への進学も決まって、私の役割ははかなく終わった。

 彼女は、私の元を去るときに

「ありがとう。あなたは最高の友人だったわ」

 と語った。

 私は、友人だった。どんなに彼女で妄想してしまっても、その唇に口づけたいと願っても、私は彼女の恋人にはなれない。なぜならば、最初から理沙には私を恋人にするという選択肢がないから。

 それに、私が理沙と恋人になったら親になんといえばいいのだろうか。私の恋人は彼女ですと紹介したとき、私は両親の期待を裏切ることになる。

 そのとき、両親はどのような顔をするだろうか。

 両親は、引きこもった兄に何もしなかった。

 つまり、両親はあんなにも期待した兄を見捨てたのだ。

 私も捨てられるだろう。

 私が私らしい愛を貫いたら、私は両親に見捨てられる。

 それを私は恐れた。

 恐れて、私は卒業してから送られてきた理沙からのメールには返信を返していない。返信して、今さら交流を復活させたくはなかった。

理沙は私とは違う学校に行ったから、今はもう付き合いがない。でも、私がメールを送り返せば違ったのかもしれない。けど、私にはそんな勇気がなかった。

 でも、勇気が欲しいとも思わないのだ。

 だから、私は津田君が持ってきていた件を聞いてびっくりした。

 性について語り合う、だなんて――絶対に許されないだろう。たとえ、どんなに真面目なものであろうと風紀を乱したと言われるだろう。そして、私のように皆に秘密にしたいというセクシャルの人間のほうが多いはずだ。

 津田君のたくらみは、絶対に失敗する。

 でも、津田君はやる気だ。

 こんな時の津田君は強い。

 きっと無理にでも、部を作ることだろう。

 だが、それと文化祭での出し物が成功するとは限らない。特に、津田君は裏の工作に慣れているタイプの代表者だ。表舞台には、たぶん慣れていない。

「もっと……表舞台に慣れている人間が必要なのよ」

 津田君の連れてきた後輩の零君は、情熱で人を説得させるタイプだ。豊君は、常識人だ。暴走しがちな零君のブレーキ役だろうか。

 でも、それだけじゃだめだ。

 津田君たちの企みは、絶対に成功しない。


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