第5話
「AVはあきらめて、色々な性癖の人を集めて討論会をしようって話になっただろ」
俺は、視聴覚室で津田さんと豊に話をしていた。
最近では、俺たちはここで話をすることが増えた。ここなら津田さんがいつもいるし、喋れる時間も場所も確保できる。前に津田さんが俺たちの教室に来たこともあったが、あのときは周りの目が色々とうるさかった。たぶん、逆でもうるさいだろう。それを考えると映画研究会の部室(視聴覚室)が使えるというのは嬉しいばかりである。
なお、豊は自主的にはついてきてくれないので、いつも無理やりつれてきている。付き合うようになって分かったが、豊は決してノリが悪い方ではない。いやいやなのに、俺の話に毎回なのに、どうして友人が少ないのだろうか。
豊のポイテンシャルなら人気者まで行かなくとも、友人は大勢できるような気がする。今の状態は、豊が意図的に人付き合いを避けているように見える。
中学校のころの実家のことで揶揄われたと言っていたが、それがよっぽどトラウマになっているのだろうか。いつか、詳しいことも知るかもしれないけれども。
そう考えて、俺は話を続ける。
「でも、性癖って普通は隠すだろ」
俺の言葉に、豊は津田さんを見ていた。
津田さんは、隠さなかった。それは、俺だって珍しいことだと分かる。津田さんは変人の巣窟の長だけど、津田さんなりの考えがある人なので考えがあってオープンにしているのだろう。なんの考えかは分からなかったけれども。
「だから、俺たちが求める性癖の人は見つけづらい。それで考えたんだ」
俺は、思いついたものを二人の前に広げた。
ポスターだった。
討論会を実施するためにあらゆる性癖の人間募集、と大きく書いたポスター。
「学校にポスターをはって、かわった性癖の人を募集しようと思ったんだ」
俺の書いたポスターを見た豊は、茫然としていた。
そして、呆れたように俺を見る。
「よくもまぁ、次から次へと問題のあるものを作るよね。あと、性癖じゃなくて性癖趣向っていうのが正しい表現だからね」
豊の言葉に、俺は首をかしげる。
性癖と性癖趣向の違いが、よく分からなかった。あと、このポスターのどこに問題があるのかも分からない。
「問題あるか?」
俺は、豊に尋ねてみる。
「ポスターみただけで現れると思うの?あと、これ文字だけだけど」
豊の指摘通り、ポスターには文字しか書かれていなかった。
これには、のっぴきならない理由があった。
「ああ、俺はイラストかけないから」
だから、文字だけにしたのだ。
とてもシンプルなポスターは間違いなく、廊下に貼っても目立たないだろう。自覚はしていたが、書けないものは書けないのだから仕方がない。
「ちなみに、俺もかけないから」
津田さんが、手を挙げて訴える。津田さん曰く、映画研究会の勧誘ポスターも絵が比較的うまい後輩に任せているらしい。人数が多い映画研究会では、イラストが描ける生徒が毎年何人かは集まるらしい。正直、羨ましい話だ。
俺たちの視線が、豊に向かった。
「一応……かけるよ。かけるけど、このポスターにイラストをつけるなんて嫌だからね。というか、どんなイラストをかけばいいの」
豊の質問に、俺は少しばかり悩んだ。
なんというか、色々な性的趣向を募集するイラストなんて思いつかなかったのだ。調べれば国際的なマークとかは出てきそうだけど、調べなければ分からないものはポスターには向かないような気がした。
「裸の人間とか?」
俺の思いつきに、豊は嫌な顔をする。
「却下」
絶対にかきたくない、と豊は言う。
俺は、むっとした。イラストが描けるのならば、書いてくれればいいのに。
「裸の人間ぐらいはいいだろ。むしろ服を着てないぶん書きやすいと思うけど」
俺の言葉に、豊は「だったら、零が書いてよ!」と怒鳴った。
それを言われると、俺は黙るしかない。
だが、見せたほうが早いと思って俺はペンを握る。
「言っておくけど、ふざけてないからな」
俺が書いた人間は、棒人間にちょっと肉が付いたような絵だった。かろうじて、人間だと分かる絵だ。全裸かどうかなど関係なく、人間と認識することがやっとのレベルである。
津田さんは俺の絵を見て、笑いをこらえている。
気持ちは分かる。
俺も他人の絵だったら、笑っている。
「絶対に、ふざけてるでしょ」
豊は疑うが、残念ながらふざけていない。
俺は、全力を出し切った。
「イラスト云々の前に、このポスターをどうにかしないとだよ。こんなポスターだったら、集まる人も集まらないよ」
豊曰く、あまりにストレートに書いてしまっているポスターはまずいらしい。
そんな豊に、零さんは声をかける。
「でも、真実をかかないとポスターの役割を担わないだろ」
論破された豊は、津田さんを恨めしそうに見つめる。
「これで人が集まらなかったら、それまでの企画だったってことだろ」
津田さんや豊の反応は悪いが、本当にこのポスターの出来は悪いだろうか。
俺は、それがちょっと不服だった。
結局、ポスターのイラストはたくさんの男女が手を取り合うものに決まった。性的趣向のイメージよりも世界平和とかのイメージが付きまとうイラストだ。だが、これより上手いものを書けないので俺は何も言わなかった。イラストをかくのは、豊の仕事になったし。
「ポスターができたら、貼る前に生徒会の了承を得ないとな」
津田さんの言葉に、俺と豊は驚いた。
「学校にポスターを貼るだけなのに、生徒会の了承を得ないといけないのか?」
実は、生徒会がどんな仕事をしているのかイメージが付かないのだ。とりあえず、生徒会長を決める選挙をやっているイメージはある。もっとも生徒会長になりたがる生徒が少ないので、選挙らしい選挙など見たことはなかったが。
「別に生徒会の了解は、得なくてもいい。ただ印象が悪くなるからな。文化祭で使う教室を割り振ってもらいたいのならば、生徒会との連中とは仲良くしたほうがいいぞ」
津田さんの言葉に、俺と豊は言葉なくうなずいた。
やっぱり、この人は策士だ。
そして、生徒会の仕事をしっかりと分かっているようだ。そこらへんを含めて、津田さんはやっぱり年長者なのだと感心してしまう。
俺たちは、そろって生徒会室に向かった。
俺は、今年の生徒会長が女子だということは知っていた。
なにかの挨拶のときに彼女が檀上に上がっていたから、顔は知っていたのだ。だが、名前は覚えきれていなくて津田さんが「大岩」と呼んでいたのでようやく彼女の苗字が大岩さんだと分かったぐらいだ。あとで、津田さんに聞いたら大岩絹子というのが彼女の本名らしい。古めかしい名前だと思った。
名は体を表すというけれども、近くで見た大岩さんからは古めかしい雰囲気はあまりしなかった。生徒会室にいた大岩さんは、女子生徒だ。
長い髪に大きな眼鏡で、過去の白鷺以上に野暮ったくて真面目な印象だった。だが、白鷺とは違って、大岩さんからは真面目な印象を与えるための作られた野暮ったさを感じる。そして、なんとなくだが……その作られた真面目そうな印象が、生徒会長に選ばれた理由のような気がした。生徒会長を選ぶ選挙の時に、おそらくはその真面目な印象が役に立っただろう。
「大岩、このポスターを貼るから許可をくれよ」
津田さんは、大岩さんに例のポスターを見せた。
生徒会室には、大岩さんのほかにも生徒会のメンバーがいた。けれども、津田さんは他のメンバーには目もくれずに大岩さんのところで向かった。たぶん、元々顔見知りだったのだろう。他の生徒会のメンバーも、特にそれを咎めたりすることはなかった。
大岩さんは「許可できるわけないでしょう」と言った。
「そもそも、これはどこの団体のポスターなの?文化祭に出たいなら、そこをはっきりしなさい」
大岩さんの言葉に、俺と豊は顔を見合わせた。
映画研究会の部室の使ってはいるが、俺たちは同好会のメンバーではない。だから、どこの所属かと言われると困ってしまう。
「別に、どこかの団体に属してないと文化祭で教室を貸せないというルールはないだろ。単なる慣習だ」
そっちの顔を立てるために来たんだよ、と津田さんは言った。
「あら、あなたは味方につくのね」
大岩さんは、津田さんを見つめる。
津田さんの本性を知っているかのような視線に、俺や豊はひやひやしていた。
「あなたが後ろ盾になるの?」
大岩さんの質問に、津田さんは答える。
「一応はな。ただし、映画研究会の代表者の肩書は忘れてくれ」
つまり、俺たちに映画研究会の設備等々は使わせないということだった。AVの上映はしないことになったので、映画研究会の設備を使えないことは別に痛いことではない。
「こいつらは、どこの団体にも属さない。あえて言うのならば、限定的に同好会を発足すると思ってくれ」
津田さんの説明に、俺と豊は再び顔を見合わせる。だが、考えてみればそれが一番の早道だ。同好会は三人から発足可能だし、俺と豊と津田さんを合わせれば人数的には十分に同好会を発足することが可能だ。
「同好会を発足するの?」
「いや、それは最終手段にしたい」
津田さんの言葉に、岩沼さんは小さく舌打ちする。どうやら岩沼さんも一筋縄ではいかない人間らしい。
一方で、俺と豊は首をかしげていた。
てっきり同好会をたちあげて、企画を進めるものだと思った。だが、津田さんは別の方法を考えているらしい。
「同好会にすると、まずは生徒会の了解をとらないといけない。そうすると許可が下りるのが文化祭後ということもあり得るからな」
そんな意地悪されるのか、と俺は苦笑いする。
岩沼さんは、にやりと笑っていた。真面目な少女というよりは、やり手の参謀のような表情である。おそらく、俺たちが同好会を発足したら津田さんが言う「いじわる」をやられていたのだろう。
「あら、予測してたのね」
同好会は、部活に比べると発足が簡単である。というか賛同する人間が三人以上いれば同好会として発足することができる。顧問の教師も必要ない。ただし、同好会と認められるには生徒会の許可が必要だ。
さらに同好会になると五人以上で部に昇格しなければない。映画研究会も本来ならば部に昇格しなければならないのだが、津田さんがのらりくらりと躱しているらしい。
津田さん曰く、部に昇格すると部の活動結果が評価されることになり映画研究会には都合が悪いらしい。ただ映画研究会はずっと映画を見ているだけなので、活動の結果を求められると困るのかもしれない。
「だから、俺たちは同好会は発足しない。だが、ポスターを貼る許可と文化祭での教室の一部使用を認めろ。むろん、許可するのは文化祭後みたいな意地悪はするなよ」
津田さんが、無茶苦茶なこと言い出した。
俺は津田さんの味方なのに「どれだけ我儘なんだよ」と突っ込んでしまう。だが、津田さんはさっき同好会とかに所属しない人間にも教室を割り振ったと言っていたから、津田さんの言い分も滅茶苦茶な我儘とも言えないのかもしれないが。
「嫌よ。こっちに利点がないわ」
学生とは思えないほどの利益と利益のぶつかり合い。
静かに、岩沼さんと津田さんはにらみ合った。
「認めてくれなかったら、俺たちはゲリラで動くぞ」
津田さんの言葉に、岩沼さんがむっとする。
俺たちの活動は、どうやら生徒会にとっては好ましいものではないらしい。
「認めたら、どうなるの?」
「こっちの広報活動をそっちが全部知れるぞ。あと、校内以外で活動しないことを約束しよう」
津田さんの発言に、俺は驚いた。
俺は、郊外で活動する気は全くなかったからだ。だが、津田さんはまるでこっちの考えがそこまで及んでいるかのように交渉を行う。
「あなた、正気なの?こんなの成功しないし、そもそも登壇する人間が集まるの?」
「集める」
津田さんは、断言する。
「俺たちが魅力的な出し物にしてやるよ。なにせ、俺が登壇するんだぜ」
その言葉に驚いたのは、岩沼さんだった。
「あなたも話すの?」
「ああ、俺は同性愛者だからな」
津田さんは、なぜだか自信にあふれていた。
その自信に、岩沼さんはちょと負けている。
「それで変な噂が立っても……あなたには関係なかったわね」
「ああ、俺は最初からオープンだったからな」
「でも、あなた自身に関係ない人も――あなたのことを知るかもしれないわよ。それでもいいの?」
岩沼さんの顔には、心配があった。
彼女は、純粋に津田さんのことを心配している。
「ああ、もう覚悟はきまったさ。それに、どうせ卒業する場所だ」
津田さんの顔は、清々しい。
「……他の人は無理よ」
岩沼さんは、言う。
その言葉は、思慮深い大人に近い女性のものだった。
「他の人は、あなたのように捨てきれないわ」
「捨てるための試みじゃない!」
津田さんは、言う。
そして、俺を見つめた。
「零、 お前はどうしてこの企みをやりたかったんだ?」
突然話題を振られた俺は、ドキドキしながらも口を開いた。突然水を向けられたということもあったから、驚いたということもあった。けれども、それ以上に生徒会長に自分の考えをしゃべるというのが緊張した。その瞬間になるまで、俺はこんなことで緊張するタイプだとは思わなかった。
でも、これから口にする言葉が、指針になると思った。言葉を発する瞬間に、自分の心は間違っていないかどうか自問自答した。その結果、間違っていないと思った。
「俺は、知りたいんだ。それで、色々な人の話を聞きたい。みんなで、性について討論したい」
俺は、はっきりと言った。
一つ年上の生徒会長にも負けてはならないと思って、岩沼さんをまっすぐ見つめた。
「変わった性的趣向の人を集めて、さらし者にしてまで?」
岩沼さんは、俺にそう尋ねた。
「違う。俺はああ、皆の意見を聞きたいんだ。変わったとか普通だとか関係なくて、ただ意見を聞きたいだけだ」
高校生という年代で、性交渉をするのは早いのか。
そもそも性とは何なのか。
俺は、皆でそれを考えたい。
「……あのね、性っていうのは人間に必要なものよ。でも、取り扱うと嫌われるわ」
それは分かっているの?と岩沼さんは言う。
俺は頷いた。
「なんとなく、分かってる。俺だって……でも」
俺は、知りたいのだ。
性交渉というのは、いつからやるのが適切なのだ。俺が、白鷺に言ってしまった「自分を大切にしろ」という言葉はどこから出てきたのか。
「俺は、知りたいんだ」
この世で最も必要なはずなのに、大人たちは誰も教えてくれなかった事柄。
だから、俺は自分で学びたいと思った。
皆で、考えたいと思った。
「あなたが、この企画のリーダーなのね」
岩沼さんは、俺を見る。
「それは興味本位で?」
「違う!」
俺は、否定する。
「俺の彼女に誘われて……でも、俺はそれを「自分に大切にしろ」って断って。でも、それって自分の言葉じゃないんだ」
大人たちが、俺たちに教え込んだ価値観。
その価値観で、俺はしゃべった。でも、それは俺の言葉ではなかった。
今、知りたいのだ。
「俺は、俺の言葉で白鷺と向き合いたい」
俺の言葉に、岩沼さんは驚く。何度も、彼女は瞬きを繰り返していた。そして、落ち着きを取り戻すために深呼吸を一つ。
「それは、きっと真摯な愛ね」
岩沼さんの言葉が、俺には衝撃だった。
「愛って……そりゃ、白鷺のことは好きだけど」
「白鷺さんっていうのね」
岩沼さんに、白鷺の名前を出されて俺の頬はさらに赤くなる。
「白鷺は小さくて可愛いけど、愛しているとかじゃなくて」
もっと、ライトな感情だ。
好きだ、っていう感情。
愛しているという感情では重すぎて、表現しきれない。
「あなたの熱意は分かったわ」
大岩さんは、そう言ってくれた。
「でも、生徒会としては許可できない。これはモラルの問題よ。ゲリラで活動したら、その時点で私たちは貴方たちを徹底的に排除するから」
大岩さんは、俺たちにそう伝える。
だが、俺たちとは違って津田さんはがっかりしなかった。
「なら、俺たちは別の手を使うだけだ」
津田さんは、腕を組む。
「俺たちは、部を作る」
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