第4話
変な二人組が、映画研究会にやってきた。
そして、文化祭にAVを流したいと言い出した。あまりにバカらしい考えだったが、こういう提案をしてくるバカは少なくない。毎年必ず、数人はいる。そんなバカを実行すれば、こっちも潰れてしまうので了承したことはなかったが。
だが、零という後輩は真剣な理由でAVを流したと考えていた。なんでも彼女との付き合いで、性的なことはいつ行うべきかで迷ったらしい。それで、そのことについて皆の意見が聞きたい、勉強会を開きたいというのが彼の考えであった。
真面目な考えである。
しかし、あまりに詰めが甘い。というか、考えが甘い。それをちょっと指摘したら、二人は「これから、どうするべきか」を考えながら去っていった。ああいう後輩は好ましい。
映画研究会は、異端の生徒ばかりが集まるが覇気がない同好会だった。映画を見るだけの同好会を望む人間に覇気を望んでも仕方がないのかもしれない。映画研究会で一番行動力があるのは、自分である。それを同好会の後輩に求めたりはしないが、自分と同じような行動力で突き進んでいく後輩を見るのは楽しいものだ。
あの後輩たちはもう帰っただろうかと思って、俺は窓の外から校庭を確認する。すると、さっきまで俺の部活にやってきていた暇人が俺に向かって手を振っていた。
「せんぱーい!だいすきでーす」
声までは聞こえないが、満面の笑みで手をふっている奴がなにを言っているのか想像できる。なにせ、三司馬の知能は馬以下なのだ。馬がニンジンをみて「美味しそう」と思っていると同じぐらいの反射神経で、俺を見て三司馬は「だいすき」という。俺と三司馬は、長い付き合いではない。
俺の家は親族付き合いが希薄だったから、三司馬が入学するときに母親から初めて従兄が同じ学校にはいってくることを教えられた。初めて三司馬にあったときも学校でのことで、おおよそ親族らしくない初対面だった。
三司馬は人懐っこくて、親族であるという以外では接点がない俺の同好会にもよく顔をだした。兄弟はいるが弟はいない俺は、三司馬のことを可愛がるようになっていた。
三司馬は、バカだが可愛い奴だった。
裏表はないし、自分の好きなことに夢中になれるタイプの人間だった。そして、愛嬌がある。嫌われないバカ、とでもいうべきだろうか。
三司馬が好きだったのは、あくまでそういう後輩とか弟とかに対する信愛の情だった。なのに三司馬は「好きです」と告白してきた。
俺は、同性愛者だ。
だが、そのころはそれをオープンにはしていなかった。なのに、三司馬は告白してきた。
バカだ、と思った。
俺たちは親戚同士だし、俺が異性愛者だったらどうするつもりだったのだろうか。最悪の場合はおかしな噂を広められて、学校に居づらくなるというのに。
けれども、それでも告白してきたということは俺を信用してくれたのか――それとも単に深く考えなかっただけなのか。三司馬のことだから、両方だろう。うん、やっぱりバカだ。
俺は、三司馬をふった。
そして、俺はその日から自分の性癖をあまり隠さなくなった。
それは三司馬の返事を受け入れるためではなくて、三司馬に変な噂が立たないようにするためだった。いや、それもちょっと違うか。
三司馬はバカだが、善人だ。
俺は映画研究会なんて変人の集まりの長で、俺自身が奇行に走った記憶もないのに周囲からは変人だと思われている。同性愛者であるという情報は、俺をより変人に見せた。そして、それに付きまとっている三司馬は――よりバカっぽく見えた。
変人の俺に付きまとっている、バカ。
同じ同性愛者にすら相手にされない、哀れな奴。
そういう周囲の同情が深ければ深いほどに、三司馬は守られる。現に三司馬は、周囲にバカ扱いされても虐めやもっと深刻な差別を受けることがなかった。
三司馬は、そういうふうに周囲に受け止められなければならなかった。
同性愛者にはどうしてもマイナスなイメージがつく、そこから三司馬を守らなければならない。
三司馬のことだから、そんなことなんて考えずに俺に告白していたのだろう。
ときより、思う。
俺は何をやっているのだろうか、と。
好きでもない相手を守るために悪評を進んで買って、守って。
三司馬はいつになったら理解してくれるのだろうか。俺は三司馬に対して、愛情は持っている。でも、それだけなのだ。性欲を伴う感情は、抱けない。
というか、俺の前に現れるのだろうか。
俺と同じ性的趣向を持っていて、俺が愛してもよい人が。
そんな人間は、現れるのだろうか。
いや、最悪現れなくてもいい。ただ俺が同性愛者と知っても、変な先入観を持たない周囲が欲しい。同性愛者は変人ではない。俺も変人扱いされてうれしいわけではない。
俺は、普通の人間だ。
そういいつつも、俺自身同性愛者の持つイメージを利用している。
それが悪人だというのならば、俺も悪人の一人である。
可笑しな二人組が去ってから、二日は経った。
彼らは、もう一度俺の同好会に顔を出した。
「AV上映はあきらめる」
零は、そういった。
ようやく、それに行きついたらしい。
いい判断である。学校でのAV上映は、さすがにまずい。そもそも十八歳未満の高校生が、どうやってAVを入手するのかという問題もでてくる。今はネットとかで簡単に買えるかもしれないが、ルールを無視して購入したものは文化祭で使用できない。使用すれば、映画研究会をつぶしかねない。代々続く映画研究会を俺の代でつぶしてはならない。
「代わりに、色々な性癖の人間を集めて話を聞きたいんだ。そうすれば、十八歳未満お断りとか言われないし!」
零の目は、きらきらしていた。
その目に、悪意はない。
俺は、頭痛がしてきた。
分かっている。時より、こういう人種がいる。物事に夢中になりすぎて、周りが見えなくなるタイプ。こういうタイプは自分の行動が、どのような波紋を生むのか理解していない。三司馬も、そのタイプだ。
「で、俺も同性愛者として意見を言えって言いたいのか?」
零は、相変わらず目を輝かせている。
そして、俺に期待している。
そんな表情は、ちょっと可愛い。なんというか、年下のぽい甘えた表情だと思う。俺は、本来はこういうタイプに弱いのだ。でも、ダメだ。
「同性愛者だって、堂々と言ったらどんな嫌がらせがあるか分からない。だから、ダメ」
零は、きょとんとしている。
隣にいる豊は「帰るよ」と零を促している。豊は、零とは違って常識があるタイプのようだった。零のように、好奇心で暴走するタイプではないらしい。
堅実なタイプだ。
うん。零のようなタイプには、豊のような人間が必要だ。零はやる気はあるが、場を引っ掻き回してしまうタイプだ。
だが、零は豊に引っ張られても俺を見ていた。
「津田さん、俺にはあっさり教えただろ。だから、そういうの気にしないと思ってた」
それは、お前たちを利用していたからだよ。
同性愛者の先入観から、三司馬を守りたかったからだよ。
でも、零が主催するような真面目な場では真面目に語らないといけないだろ。
そんなこと、今更俺ができるわけはない。
「ほら、帰るよ」
豊は、零を引っ張る。
豊のほうが、ずっと常識的である。普通だったら、こんな話題はしない。
「でも、話し合いたいと思うだろ。俺たちは、誰にも教えてもらわなかったんだから」
零の言いたいことは分かる。
大人たちは、誰も俺たちに性の知識を授けてくれなかった。
そして、気が付いたら同性愛者の俺は差別される側の人間になっていた。俺は自分のこと尾を必死に隠すか、道化になって生きるしかない。
「だから、俺たちは自分で学ぼうぜ。先輩も自分で学ぼうって、言われただろ」
零は、俺に手を伸ばす。
大人たちにやってもらえないことを自分たちでやろうというのだ。
「……お前はいいよな。異性愛者だから」
ぼそり、と零れ落ちた言葉。
俺は思わず、口をふさぐ。
性的趣向は生まれついてのもので、誰かに文句を言われても変えられるものではない。うらやんでもどうにもならないものだし、うらやましいと思うものでもない。分かっているのに、俺は思わず口に出してしまった。
「異性愛者だから、楽ってわけじゃない」
零は、言った。
そうだった、少なくとも零は悩んでいる。
彼女とのことで悩んでいて、その悩みは零だけのものだ。その悩みはありふれているかもしれないけれども、異性愛者だからという理由でくくってはいけないものだった。
「だから、俺は知りたいんだ!」
零が、身を乗り出す。
「津田さんは知りたくないのか?自分以外の人間が、性についてどんなふうに考えたり感じたりしているのか!」
一瞬、知りたいと思ってしまった。
他人が同性愛者について、本当はどう思っているのかを。
自分たちの仲間はいるのかと。
「……知りたいとは思うよ」
でも、道化の仮面を外すのは怖いのだ。
仮面をつけたまま、道化で生きたほうがずっと楽だ。
他人を知りたいとは思う。
けど、そのために自分をさらけ出すのは怖い。
ズルい、人間だ。
結局、俺は零に返事を返すことができなかった。
二人は帰っていって、俺も帰宅の時間になった。
そんな俺を待っていてくれたのは、三司馬だった。部活のきつい練習のあとなのに、三司馬はときどき校門の前で俺を待っている。もしかしたら、俺が先に帰ってしまっているときはずっと待っているのかもしれない。だとしたら、やっぱり三司馬はバカだ。
「三司馬せんぱい、好きです!」
その一言を伝えるためだけに、三司馬は俺を待っていた。
本当にバカである。
いつもなら、ぶん殴る。
けれども、今日は違った。凶暴な気分だった。
「好きって言って、どうするんだよ」
俺たちは従兄同士である。
子供はできないから、血の濃さは関係ない。けれども、他人同士が結ばれるよりもずっと面倒くさい。家族とか親族とか、本当に面倒くさい。その面倒くささを乗り越えられるほどの熱量を俺は持ってはいなかった。
「俺は、お前のことは好きじゃない。弟みたいなものだけど、それだけだ」
「うん、それでいい」
あっけないほど、あっさりと言う。
三司馬は、笑顔だった。
「俺が好きだから、好きって言ってるだけ。どうして、それ以上を求めるんだよ」
三司馬の言葉に、俺はあっけにとられた。
三司馬は、本当に不思議そうだった。
「俺は……一生お前を性欲の対象としてみないぞ」
「俺も、この思いが一生だとは思ってないよ」
三司馬の言葉は、ひどくあっさりとしたものだった。
人によっては、薄情と取られるほどに。
「でも、今は本気。だから、本気で好きって言ってる。それじゃあ、ダメなの?一瞬一瞬だけが本気で、次の瞬間には分からなくて――だから、本気で好きっていうのはダメなの?」
三司馬の感情は、一瞬だったのだ。
一瞬の感情だったのだ。けれども、本物だから口にする。
俺には、理解できない感覚だった。
「その言葉で、周囲に嫌われたらどうするんだよ」
同性愛者であるということ。
そのことで、周囲から受ける差別。
それが、怖くなかったのかと俺は三司馬に尋ねた
「なんで、怖がるの?」
三司馬は、俺に尋ねる。
俺は、戸惑った。差別されたり、嫌われたり、それはすべての人間が嫌がることがらだと思っていた。
「人に嫌われるのは当たり前だ。全部の人間と仲良くできるわけがない」
ごくごく、当たり前のことのように三司馬は語る。
確かに、そうである。どんなに人当たりよい人間がいても、全部の人間と仲良くできるような人間はいないであろう。
「自分は悪くないのに、他人に嫌われたりするのにお前は耐えられるっていうのかよ」
「耐えられるよ」
さらり、と三司馬は言う。
初めて、俺は三司馬が自分よりも強いのではないかと思った。
「俺は……耐えられないんだよ」
俺は、怖いのだ。
他人と違うだけで、嫌われてしまうのが怖いのだ。だから、自分をさらけ出したくはない。
「なら、耐えなくていいよ」
三司馬の言葉に、俺は顔を上げる。
三司馬は、笑っていた。
「逃げていいよ。誰も、それを責めないよ。だって、津田先輩の人生だよ」
その三司馬の言葉で、俺は負けたと思った。
人生に勝ち負けはないけれども、俺は負けたと思った。
俺自身はきらきらと目を光らせる後輩たちが好きなのに、俺自身はそこに届いていない。異様なほどに、悔しかった。
「俺な……守れるものは、自分とお前しかないと思ってた」
三司馬は、きょとんとする。
「僕、守られていたの?」
自覚のなかった、三司馬。
俺の守護など、所詮はこの程度ということか。
「ていうか、僕のこと嫌いなのに守ってたの?」
別に嫌いなわけではない。
それを言ったら三司馬の勘違いが助長しそうだから、絶対に言わないけど。
「お前は、俺の従弟で年下だぞ。保護者として、守るのは当たり前」
俺の言い分を理解した三司馬は、唇を尖らせていた。
不服とばかりに。
「僕と先輩は、一歳しか離れてないのに――」
「それでも、俺のほうが先に生まれた。そして、血が繋がっている。それだけで、俺にとってお前は一生かけて守る相手だったんだよ」
今まで、お前は俺の守護のなかで生きていたのだ。
そう言って、やった。
年上のプライドみたいなものであった。
「じゃあ、明日からはいらない」
年下の従弟は――俺を愛していると言ってくれた一番最初の男は、そう言った。
ふいに、あの稚拙な告白がうれしくあったのだと気がついた。
それと同時に、俺はずっと三司馬を守るべき小さな弟だと思っていた。けれども、どうやら違ったらしい。
「……三司馬。明日から、守ってやらないからな」
俺は、三司馬をにらみつけた。
三司馬は、なぜだか恐れをなしたように後ずさりをした。
「なんか、悪だくみしてるの?」
「いいや、悪だくみに乗っかろうとしてる」
俺の人生に、爆弾が落ちたのだ。
この学校にも、爆弾を落としてやるのだ。
翌日、俺は零と豊たちの教室に訪れた。
教室のなかにいる後輩たちは、俺の出現にざわめき立つ。先輩が、後輩の教室に現れればそうなるよな。俺が会いたかった後輩たちは、教室の隅っこにいた。二人とも俺を見ると、驚いていた。理由は、おおむね予想ができる。
「お前らの話にのってやるよ」
俺の言葉は、そう言った。
零も豊も、驚いていた。
豊は「いいんですか?」と尋ねる。
「はっきり言って、零のアイデアは稚拙です。ぜったいに、あなたにも迷惑をかける」
いい目算だ。
零のたくらみは、失敗するかもしれない。
そもそも、立ち消えるかもしれない。
「下級生のたくらみは、失敗が当たり前だろ。いいよ、どうせ俺は何が起こってもあと一年足らずで卒業だし」
「何があったんだよ」
零は、俺に尋ねた。
豊と違って、零は俺に警護を使っていない。まぁ、俺も気にしてないからいいけど。
「ん……まぁ、色々と」
ごまかそうとしたが、俺はちょっと気が変わった。
「守りに徹してるのもつまらないから、ちょっと暴れようかと思って」
映画の人物のように、精一杯気取って答える。
零は、俺のことをじっと見ていた。
格好つけたことが、今更になってはずかしくなった。
「いいのかよ。俺が主催する性癖暴露大会に参加しても」
「ちょっとまて、いつの間にそんなとんでもない名前の企画になったんだよ!」
センスがないうえに、恐ろしい名前になっている。
豊もそれが分かっているらしく、俺から目をそらした。もしかしたら、この二人はさっきまでイベントの名前を相談していたのかもしれない。
「もしかいて、命名者は零なのか?」
「ああ、いいだろ。率直で」
零は、自分の命名のセンスに疑問を持っていないようだった。
俺は、思わず口に開く。
「その企画名を変えろ」
零は「えー」と声を上げる。
「せっかく分かりやすいのに」
「格好をつけろ、恰好を!人間の三分の二は恰好つけで出来ているんだぞ!!」
映画とかそうだろ、俺は言う。
格好をつけることを忘れたら、映画と人生は成立しないんだよ。
「格好をつけた名前って……じゃあ、さらけだし同盟」
「お前、命名という行事に一生関わるな」
俺は、零をにらみつけた。
同盟つければ格好いいと思っているだろ。
「これは、俺たちのための企画だろ」
「あっ、じゃあそれがいいや」
零は、呟いた。
「俺たちのための企画。これが、俺たちが目指すものの名前」
零の言葉に、俺はちょっとびっくりする。
「俺の提案でいいのかよ。てか、提案もしてないよな」
あと、恰好よくもない。
それでも、零は頷く。
「津田さんの名前以上にいい名前は思いつかないよ。だって、俺はセンスないもん」
胸を張る、零。
俺は、がっかりした。
だが、最初の名前よりもマシだ。
「じゃあ、しっかり働けよ若人。あと、いいのを思いついたらその時点で名前を変えとけよ」
俺の提案した名前もそんなに恰好よくはないからと言って、零と豊の肩を叩いてやった。
「先輩?」
豊は、目を白黒させる。
先輩はつけなくていい、と俺は言った。
先輩と呼ばれるのが、実はちょっと苦手だ。本当は三司馬にもやめてほしいが、あいつは遠慮なく下の名前を呼び捨てにしそうだから「先輩をつけて呼べ」と言ってある。豊は、俺に尋ねた。
「本当にいいんですか?」
俺は、答えた。
「ああ、OKだ」
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