第3話

 放課後に、俺たちは映画研究会に行った。

 映画研究会は放課後に映画を見ているだけの同好会だが、意外と歴史がある。なんでも学校ができた当時からある同窓会らしく、一度も正式な部に昇格したことはないことを誇りにしているという話だ。とどのつまり、校内では暇な変人が集まる同好会として認識されている。

 だが、さすがに歴史ある同好会のせいなのか、たんに他の部活が使わないだけなのか、日常的に視聴覚室の使用を許された唯一の部活でもある。

俺と豊は、その同好会に突撃した。

部室でもある視聴覚室には、生徒の私物は一切ない。本来は教室として使うせいなのかもしれない。部室といえば、生徒の着替えや私物であふれかえっているイメージがあったので俺には驚きだった。ちなみに、俺と豊は部に所属していない。帰宅部だ。

視聴覚室の大画面には一昔前にCMを流していた邦画が流れていて、俺たち以外の生徒はそれに夢中だった。正確には、もう一人映画を見損なっている生徒がいたが。

「かえって寝ろ」

 同好会の代表者である。

 突然やってきた俺たちの話を聞いてくれた代表者は、話が終わった途端に冷たく言い放つ。

「どうしてだよ。画期的だろ。AV流して討論会とか」

 代表者の冷たい態度にもめげずに、俺は自分のアイデアの口にする。だが、話しを聞くたびに代表者は頭が痛いと言いたげな顔をした。

「AV流す時点で許可できないし、討論会とか本気で成立すると思っているのか?」

 そういって「さっさと帰れ」とばかりに俺たちをにらむ、同好会代表者。

俺たちよりも一つ年上の高校三年生で、平均よりもちょっと背が高い俺や豊よりも背が低い。けれども面立ちは端麗で、俗っぽい言い方をするならば少女漫画に出てくるような優男みたいだった。

「絶対に猥談になるし、女子からの苦情は絶対にくるのが想像できる。わるいけど、AVを流す時点で俺は許可できない」

「どうして、猥談になるって分かるんだよ。えっと映画研究会代表者先輩」

 本名を知らない俺が長い肩書を口にすると、代表者は「津田でいい」といった。先輩はつけるなと釘をさされたので、どうやら彼は先輩と呼ばれるのが嫌いらしい。珍しい人だな、と思った。

「俺は、津田直也。お前らとは接点ないから、先輩はつけなくていいぞ」

 名前までカッコいい、と俺はちょっと思った。

 隣にいる豊も、たぶんそう思っているのだと思う。

「じゃあ、津田さん。どうして猥談になるって分かるんだよ」

「……あのな、男子三人集まれば猥談が始まるんだよ。経験あるだろ。ましてやAVっていうおかずがあるんだから」

 俺は、ぐうの音も告げられなかった。

 隣では豊が「やっぱり」という顔で頷いている。

「大体、どうして学校でAVなんて流そうと思ったんだ?」

 津田さんは、俺にそう尋ねた。

「知りたかったんだ。そういうことって、いつやるのが正しいのかって。もちろん、答えが出ない問題なのはなんとなくわかっている。だから、討論会とかやって皆の意見が知りたかった」

 俺の言葉に、津田さんは驚いていた。

 黙っていれば端麗な顔立ちなのに、そうやって表情が動くと可愛らしい印象になる人だった。どこかで見たことがある印象だと思ったら、白鷺だと思いつく。白鷺も普段は冷たい印象だが、笑うと可愛いのだ。恥ずかしいから、言ったこともないけど。

「おまえ、思ったよりも真面目なことを考えてるな。てっきり、バカな理由だと思った。毎年いるんだよ、そういう馬鹿な企画をもってくる奴が」

 津田さんは、見直したと言いたげな顔だった。

 どうやら、俺の企画自体はありふれたものだったらしい。だが、その動機は不純なものがほとんどだったから、津田さんは毎年突っぱねているとのことだった。

「津田さんは、考えたことないのか?」

 俺の質問に、津田さんの顔が一気に赤くなる。

茹蛸みたいに赤くなった津田さんの表情の変化に、俺は「本当にかわいい人だな」と感心してしまう。話題のせいだったのか俺と話しているときは厳めしい表情だったのに、表情がころっと変わると一気に親しみが持てるようになる。

どうやら、無意識のうちに津田さんの整った顔に俺は緊張していたらしい。津田さんはあんまり気にしてないふうではあるけど相手はあまり接点のない先輩でもあるし、緊張していたのは当たり前のことなのかもしれない。

「あるけど……他人と一緒に考えるようなことじゃないと思ってる」

 津田さんは、そういった。

 豊も頷いていた。

「なんで、他人と一緒に考えないような問題だと思ったんだ?」

 俺は、それが疑問だった。

 二人でやることなのに、どうして誰も他人に相談しないのだろうか。

「俺の場合はバレたくない問題でもあったからな」

 津田さんは、少し悩んでいた。

 そして、俺たちをじろじろと見る。

「お前らならいいか、こんな企画を考えてるってことは真面目なんだろうしな」

 俺は同性愛者、と津田さんは気楽に言った。

「俺の場合は知っているやつも一定数いるけど……まぁ、あんまり他言はするなよ」

 俺と豊田は、顔を見合わせて「ふーん」と頷いていた。

「反応うすいな。もっとびっくりする奴もいるのに」

「津田さんとは、初対面だしな」

 正直な話、初対面の人間の性的趣向を聞いても感想を抱きにくい。豊はクラスメイトだったし、初めて聞く言葉が多かったから抱くべき感想も多かったけど。

「さっぱりしてるな、お前たち」

 津田さんのほうが、俺たちの反応に驚いていた。

「それに、俺は彼女いるんで」

「僕は……まぁそういうことに興味がないほうで」

 俺と豊の言葉に「俺も、お前たちに興味はないぞ」と言った。

 津田さんからしてみれば、俺たちに安心してほしかったのだろう。だが、俺たちのほうが津田さんに興味がなかった。津田さんは「こほん」と咳払いをする。

「ともかく、AVの放送は許可できない。そもそも、お前らはAVをどこで調達しようとしてたんだ」

 俺と豊は、顔を見合わせた。

 実は、そのことを全く考えていなかった。

「ええっと、ネットの画像を流すとか?」

 俺たちは十八歳未満なので、商品を買うということができない。だから、普段の視聴方法を口に出してみる。

「そんなハイテクなことは、ここの機材じゃできない。最低でもDVDがないとだめだな。もちろん、十八歳未満が購入できないようなものは上映できない」

 津田さんの言葉に、俺たちはぐうの音も出なかった。技術的にも法律的にも、具体的にできないことを説明されたので反論しようがない。

「そこの問題がクリアできたら、もう一回話を聞いてやるよ」

 津田さんは、俺たちにそう言った。

 俺と豊がこれからどうしようかと思いあぐねいていると、視聴覚室のドアが乱暴に開かれた。

「津田せんぱーい!」

 子犬のような生徒が、視聴覚室に入ってきた。

背がとても高い生徒だった。でも、顔立ちは丸っこくて子供みたいだった。同級生か下級生だと思うのだが、面識がないのでどちらなのかは分からない。

「津田先輩、大好きです。付き合ってください!」

 視聴覚室から入ってきて五秒で、子供みたいな生徒は津田さんに告白した。津田さんは「帰れ!」と一括する。

「もう何度目だ、このバカっ!」

 津田さんは、自分に告白してきた生徒を蹴飛ばして追い出した。よくある光景なのか、同好会の人間たちはそれに見向きもしない。

「あっ、三司馬」

 豊が、思いしたように呟く。

「誰だよ、それ」

 俺は、こっそり豊に尋ねた。

「同じ中学校だったんだ。三司馬幸って名前で、陸上部のエースだったような」

 言われてみると、三司馬の足はとても長かった。

 陸上のことはよくわからないが、あの足で走ったら早そうである。

「明るいバカで有名だったんだよね。スポーツ推薦がなかったら進学できなかったって噂になったぐらいに」

 ものすごいバカだということは、今の説明でわかった。おそらく知能と筋肉のバランスが、いちじるしく偏っているのだろう。むろん、筋肉のように。

「その三司馬が、どうして津田さんに告白してるんだ?」

 俺の質問に「個人の趣味なんだから、わからないよ」と豊も言った。

「そもそも三司馬のことはそんなに知らないし。あんまり喋ったこともないよ」

 豊も高校になってからも、同じクラスになったことはないらしい。

 そして、中学校のころもあまり仲良くはなかったようだ。三司馬は(馬鹿で)有名だったから、噂は色々と入ってきたようだが。

「なんだ、あいつの知り合いだったのか?」

 津田さんは、豊に話しかける。

 豊は、首を横に振った。

「名前だけ知ってるだけです。あっちは、わりと悪目立ちするほうなので」

 豊の言葉に、津田さんは何故か納得していた。

 どうやら、津田さんは三司馬の特性をよく知っているらしい。

「でも、津田さんのことが好きなことは知りませんでした」

 豊は、驚いているようだった。

 だが、その驚きも「あのバカに好意という感情が理解できるとは思えない」というふうな驚きのように見えた。三司馬は、どこまでバカだと思われているのだろうか。

「あいつはバカだからな。あっ、バカだけどいい奴だから虐めたりはしないでくれよ」

 バカにされている割には、三司馬は津田さんに擁護されていた。どうやら、津田さんは三司馬のことが嫌いというわけではないらしい。

「津田さん、三司馬のことを嫌いじゃないんですか?」

 豊も同じことを思ったらしい。

「嫌いにはなれないんだよ」

 津田さんは、苦笑いする。

「俺と三司馬は、従兄同士だから」

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