第5話 アレイオーン

 木下未来が死んだ翌日、僕と渚はガジにやって来た。ガジは最近全面的に再開発された地区の一つで周辺には歴史的なガス工場があった。現在ではテクノポリスや文化複合施設、アーティスト地区、小さなクラブやバー、レストランに転換されアテネのゲイ・タウンとして芽生えつつある。地下鉄は市の西郊まで2007年春に延伸されアクセスし易くなり、現在ではガジにはブルーラインのケラメイコス駅がある。


 夜、ホテルで渚に顔射してやった。

 夢の中でタケウチ・ヒロシがアレイオーンに蹴り殺された。アレイオーンはギリシア神話に登場する名馬の名である。

 海神ポセイドーンと女神デーメーテールがたがいに馬の姿で交わって生まれたとされ、右足が人間の脚を持ち、人語を話すことができた。


 デーメーテールは娘ペルセポネーを探して大地を放浪していたときポセイドーンに迫られたが、女神は牝馬の姿になり、アルカディアのオンコス王の馬群の中に隠れた。しかしポセイドーンはこれを発見し、自らも馬の姿となってデーメーテールと交合した。こうして名前の明らかでない1人の娘(デスポイナ)とアレイオーンが生まれた。

 後にヘーラクレースや、テーバイ攻めの大将アドラーストスがこれに乗った。敗走したアドラーストスはこの馬のおかげで7将のなかで唯一の生還者となった。

 

 ケラメイコス駅のトイレの個室で竹内洋が死んだ。体内からシアン化合物が検出された。

「青酸カリか……」 

 翌朝、ホテルのロビーで僕は新聞を読んでいた。真犯人が渚であるとも知らず、僕はまったりとした時間を過ごしていた。

 パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 事件はまだ、はじまったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インソムニアキル〜ギリシア編〜 鷹山トシキ @1982

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る