言霊遊

 目を開けると、暗闇があった。


 暗闇は私の目の前に広がっているだけでなく、私の心の中にも、記憶の中にも染みているようだ。ここがどこだか、私が誰だか分からない。


 ただ不思議と、私はこの状況を達観している風である。というのも、確かに不安や恐怖といった感情があるにはあるのだが、それが私の中でいくら湧き上がっても私の底にすら届いていないという気がしている。湧き上がるからにはそれは私の底から湧き上がっているはずなのだが、いまいち説明がしにくい感覚だ。


「あー」


 声が響かない。私の顔の辺りで一瞬漂って消える音。随分と広い空間なのだろうか。温度も湿度も丁度よい。自分の姿を、肌の感覚から推理する。羽織っているのは薄い布一枚のようである。下着も着けている感触はない。はて、ここはどこだろう。私はどうしてここにいるのだろうか。そもそも私は誰なのだろうか。


 その時、背後に気配を感じた。突然現れた何かに私は驚き、後ろを振り返る。もちろん何も見えはしない。ただ、それは随分と近くにいるのかもしれない。吐いた息が、ぶつかり、跳ね返ってくる。窓に向かってはあっと息を吐き、曇らせた時の距離感。私とそれの距離はその程度しか離れていない。


 怖い、とは思わなかった。不快でもない。感情は天井に達せず、蓋をこじ開け溢れ出そうともしない。私の中には暗闇だけが満たされている。外の暗闇と中の暗闇は私を通りぬけて繫がっている気がした。素粒子たちは毎秒数億個ほど私を通りぬけている。私はそこまで密な存在ではない。そういった理屈で、暗闇も私を通り抜けることができるのであろう。


 それはずっと私の側にあり続けた。あるいは、私はそれの目の前に居つづけた。離れる必要性も感じなかったし、それも私から距離を置こうとしなかった。


 光が差した。私の頭上から虫眼鏡で集光したような筋が闇を貫き、目の前の何かを照らした。その瞬間、私は自分のことを知り、この世の全ての事象に精通し、普遍的な存在へと変貌し、その場に居ながら、どこにでも居た。


「おい、あったぞ」

 スコップが土を掘る音が止んだ。

「ひゃ~これまた随分保存状態の良いやっこさんだ」

「なあ、即身仏って、どの段階で仏になれるんだろうな。生きているときに到達するんだろうか。それとも死ぬ瞬間だろうか」

「さあ、どうだろうな。でも、そうだな。俺は人に見つかった時だと思うよ」

 二人は合掌した。長く、深く。

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言霊遊 @iurei_yu

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