第11話 ヒトならざるモノ

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 荒い息を吐きながらその場にへたり込む。


「ヤッたねぇ、奏」


 ニンマリと笑いながら親指を立てるアリエル。

 だが反応を返す余裕はない。

 全身がジュクジュクと痛む。まるで絶え間なく針で刺されているようだ。


 数秒後、眼前にピコーンと光るカードのようなものが回転しながら現れた。

 見ると、"グラウンド"と書かれている。


「あぁ……やっぱ"アレ"が答えかよ。来る途中で拾っときゃよかった」

「アレ?」

「考えてもみろ。10分で入手できるものだぞ? そもそもこのゲーム、最低1回は敵を倒さなきゃ手がかりがなさすぎてお話にならねぇ。この狭い学校というフィールドに限っても、その中には無数に選択肢があるんだからな」

「そんなにあるかな?」

「あるだろ。わかりやすい備品とかだけでも机に椅子にチョークにペンに、教科書に傘に上履きに雑巾に石鹸にトイレットペーパーに……といくらでも出てくる。木の何枚目の葉っぱとかグラウンドの何センチの石ころとか言われた日にゃ何日かかんだって話だよ」

「たしかに」

「そんな中、1回は敵の撃破が必要ということは……実質探索時間は10分もねぇ。となりゃ選択肢はかなり狭められる。答えは見りゃわかるもの。あとはそれがどこにあるものかってだけだ……」


 痛む体に鞭うちながら立ち上がる。


「クッソ、痛ってェ……おい、行くぞ」

「大丈夫?」

「あと5分。ゆっくりしてる時間はねー。さっさと戻らねーと……」


 足を引きずりながら階段を下りていく。


 なんとか3階あたりまで降りてくると、上の階から叫び声が聞こえてきた。


「葉山だ……あいつ、リスポーンしやがったか」


 バタバタバタと階段を駆け下りる音が聞こえてくる。


「クッソ……こりゃ一瞬で追いつかれる。なんでこっちは満身創痍で敵は全快なんだよ、おかしーだろコレ!」

「別におかしかないよ。だってキミたちエーテル体に力を供給しているのはボクたち天使や悪魔だからネ。微塵に砕けようがどうしようがボクらが力を注いであげれば一瞬てま復活だヨ」

「……ん? てことは俺の傷もすぐ治せるのか?」

「まぁ、わりとすぐ」

「…………」


 スゥー、と深呼吸する。


「さっさと治さんかいこのボンクラがぁ!!」



 ダッシュ。


 ダッシュダッシュダッシュ。


 ここからは純粋に脚力の勝負だ。

 転がるように校舎の廊下を駆け抜け、グラウンドに出る。


 ――あとは、"アレ"を拾いさえすれば!


「まてやコラ! 有坂ぁぁぁああっ!! テメーーーッ!! ゼッテーーーーーブッ殺ス!! 100万回ブッ殺ス!!!!」

「うおおおおおおめっっっっちゃ怒ってるぅぅぅぅ」


 振り返る余裕はない。とにかく照準を絞らせないように、ジグザグに走る。

 ブォンブォンとすぐそばを風の刃が通り抜けていく。


「ヒャハハハハハ!! どこまで逃げる気だァ!? このグラウンドにゃ、どこにも逃げ場はねェぞォ!?」

「……お前、このゲームの目的忘れてね?」


 俺の腕の中には――カラーコーン。


「ハッ! んなモンで俺の風が防げるかよッ!! 刻めマサライッ!!」


 葉山が再び腕をクロスしたとき、俺の前にボワンと亜門が出現した。


「そこまで! 拳をお納めください、将人様。奏様の勝利でございます」

「邪魔だフクロウ野郎ッ!! てめェも死ねェッ!!」


 構わず風の刃を打ち出す葉山。

 が、それらは全て亜門の眼前で消失した。


「やれやれ、いつものことながら手間のかかる方々です」


 例によって"圧"をかけ、葉山を地面にへばりつかせる。


「さて、お見事でした奏様。よく迷いなくカラーコーンへと手を伸ばされましたな」

「別に。"グラウンドにある"、"10分以内に見つけられる"、"手に取れるモノ"つったらこれくらいしかねーしな」


 そう。渋谷の時は”目標に触る”と言った亜門が、今回は"入手する"と言った。

 目標は手に取れるモノということだ。そしてこのグラウンドにはそんなモノ多くは転がっていない。サッカーゴールやフェンスといったデカブツの他はもう石ころや葉っぱくらいしかない。


「では勝利報酬の時間です。なんでもお望みのままに」

「うーん、望みかぁ……てかその前に。亜門さん、前回みたいな失態はないようにお願いしますよ」

「御心配なく。今回は声が出ない程度には強めに押さえておりますので」


 ぺしゃんこに潰れそうになりながら体をピクピクとさせている葉山。かわいそうに。


「奏、望みは何にする~? ハッ、まさかボクの体が目的とか……」


 どーすっかなぁ。別にこの学校に欲しいもんなんかねーなぁ。

 今までの俺だったら、"カースト上位に入りたい"とか言ったかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。


「あ、そだ、じゃあ亜門さん」

「はい」

「か、奏……シカトは寂しいですねぇ……」

「そいつ、悪魔との契約解除してやってください」

「――それが、奏様の望みということでよろしいですね?」

「えぇ」


 紬希ならこうするだろう。それにアイツ言ってたしな。

 "このゲームは負けたらそれで終わりではない"って。

 この件を根に持って命を狙われたらたまったもんじゃねー。


 亜門の周囲に怪しく光る魔法陣が浮かび上がる。


「あっ、奏。ちなみにそれ――」


 光が一層強まり、視界が完全に白に染まった。


 ――光がおさまった時、葉山の姿はそこにはなかった。


「……執行、完了です。お疲れさまでした」

「はーいお疲れさまっした」

「初戦闘初勝利おめでとうございます、奏様。本勝利をもって奏様の導かれし者ライジングランクは2にアップします」

「ランク? なにそれ」

「はい。最初にご説明したかと存じますが、このゲームは最初は小さなエリアから始まり、やがては世界の覇権をめぐる争いになるものです。このランクは奏様が"どの段階まで来ているか"をあらわすものでございます」

「はぁ。じゃあ今回俺は"学校という一施設"レベルで勝ったから、次はもうちょい広いエリア――例えば町内レベルで戦う、とかそういう感じ?」

「さすが聡明な奏様。そのとおりでございます」


 なるほどね。だいたい今後の流れ的なものはわかった。


 ――ところで。


「あのさ亜門さん……葉山、まだ戻ってこねーの?」

「はい?」

「いや、消えたままじゃん」

「消えたままですね」

「いや、だから"エーテル体"とやらの再構成は――」

「奏」


 アリエルが口をはさんだ。


「悪魔との契約が切れたから、エーテル体が再構成されることはもうないよ」

「……は?」

「そのとおりでございます。あなたがそれを望んだのでは?」


 背筋が凍り付く感覚に襲われる。


「い……いやいやいや! 俺は契約を切れって言っただけッスよ、消せなんて言ってない! 復活できないならなんで消したんスか!」

「消したのではありません。契約を切ったから消えた、ただそれだけです」

「は……? な、なんで……」

「奏。言ったでしょ。キミたちエーテル体に力を供給してるのはボクたちだって。その供給源が切れたら、何もしなくても消えるよ」


 え? え? え? ……どうしてこうなった? 寒気の次は汗がダラダラと噴き出てくる。


「いや、だって……紬希も渋谷のとき、そうしようとしてたじゃん」

「あぁ、紬希様のようにされたかったのですね。彼女はただ契約を切るだけではありません。奇特なことに、切った者を自らの守護天使に養わせているのですよ」

「そ……そんなこと、誰も一言も…………」


 ――違う。俺は、なにも殺したかったわけじゃ……


「今さら何言ってんのさ、奏~。執行人エクスキューショナーさんに頼むまでもなく、屋上で景気よくブチ殺してたじゃん☆」

「……!!」

「気にすることないって。キミはもう人間じゃないし、相手だって人間じゃない。もともと死んでたはずのモノ。どうなったって構やしないヨ☆」

「それもそだな。過ぎたことを気にしても仕方ねーし切り替えていくか」

「はっはっはっはっは」

「あっはっはっはっは☆」

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