第9話 闇夜の邂逅

 ホーホーとフクロウの鳴く声がする。すっかり夜も更けてしまった。


「……ねー、カナちゃん」

「カナデ」

「……カナデー」

「あん?」

「どうして、放課後からずっとこんなトコに隠れてんの?」


 俺は今、体育館の2階の窓から校庭を監視している。

 相手もよりも先に敵の情報を入手するためだ。


 アンパン片手に双眼鏡を覗いていると、フェンスをよじ登り、校庭の中心へと歩みを進める一人の男の姿が見えた。


「あいつは……!」


 見覚えのある顔だった。


「誰?」

「お前も朝見たんじゃねーのか。俺と北村に絡んできたやつらの一人……葉山 将人はやま まさとだ」

「いや、全然しらにゃいけど」


 まぁ、名前も呼んでないし紹介もしてないからな。


「しかし、あのヤローが悪魔憑きだったとはな……やっぱ、俺と同じくいっぺん死んでんのか?」

「このバトルに出てくるってことは、そーゆーことだネ。相手もエーテル体に置き換わってるハズだから、遠慮なく"スキル"使ってブン殴っていいヨ☆」

「情報がほしい。敵の能力とかわかんねーか?」

「ボクそんな能力持ってないしキミに与えた覚えもないヨ☆」

「無能」


 スキルのことがわからないなら、とりあえず俺の知っている情報だけでも整理してみるしかない。


 葉山 将人――天樹高校2年。カースト最上位の陽キャ。得意技はマウントをとること、弱者をイジッて自分を上げること。

 軽音部をカラオケクラブかなんかと勘違いして遊びふけっている。

 ぶっちゃけゴリラみたいな顔してるし全然イケメンでもなんでもない。髪型やらピアスやら制服の着崩しで雰囲気ごまかしてるだけだろう。

 学力は最低レベル。ウチの高校は偏差値50そこそこあるが、あれでよく入学できたもんだ。

 一方身長は俺より高く、体重も重い。スポーツ全般そこそこ得意で、柔道の授業なんかでも思いっきり投げられて何度も痛い思いをさせられた。


「……なんとかスキを突くしかねーな」


 俺のスキルは体を硬化させるだけしか能がない。離れたところからバン! と狙撃とかいうわけにはいかない。しかし近づいたところで敵の方が強いのだから硬いだけではいかんともしがたいだろう。


「カナちゃんカナちゃん」

「カナデつってんだろ。次その名で呼んだらブッ飛ばすぞ」

「それよりそろそろ行かなきゃ不戦敗になっちゃうよ」

「え、不戦敗とかあるの? 宮本武蔵的にはセーフなはず」

執行人エクスキューショナーさんが到着した時点で開始地点にいなかったら不戦敗だヨ」

「おまっ……それを早く言え!」


 ――だがちょっと待て。


 不戦敗なんて概念があるなら、全部の戦いをすっぽかして知らん顔して平穏に生きていってもいいのか? なんて考えが頭をよぎる。


「それは絶対にやめた方がいいと思う」

「お前……もしかして俺の考えてること聞こえてる?」

「ウン☆」

「あなたをプライバシーの侵害で訴えます!!」


 ――って言ってる場合じゃねぇ。とりあえずこの場はさっさと行かなくては。


 体育館の入口は外から施錠されているため、校庭とは反対側の窓を開けて飛び降り、足を硬化させて着地。校庭に走る。



「はぁ、はぁ、ふぅ……間に合った」

「えwwちょwwおまww有坂じゃんwwwwマジww俺の相手お前なん?wwwwww」

「おう、マジマジ」

「おっしゃもらいww楽勝wwwwてか黙って負けてくれん?wwwwww」

「は? なんで」

「いやいやだってww俺欲しいもんいっぱいあるしwwww付き合いたい子もいっぱいおるしwwwwあ、そだww朝の超カワイイ子、エリザちゃんwwwwお前に勝ったらあの子俺の女にするわwwwwww」


 露骨な軽蔑のまなざしを向けてしまう。


「何言ってんのお前……お前もう彼女いるじゃん」

「いやいやいやいやwwww何でも願いが叶うんだろ?wwそりゃ2人同時に可愛がってやるに決まってるしwwwwww」

「あっそう……まぁせいぜい皮算用してな」

 

 そこへ、一羽のフクロウが木から飛び立ち、バサァと眼前へやってきた。


「おわっ!」

「なにwwwwww」


 ボワンと、煙とともに変化するフクロウ。

 ――亜門だった。


「……さっきからずっとホーホー鳴いてたの亜門さんだったんスか」

「いかにも。登場の機会を今か今かと窺っておりました」

「なに有坂wwお前wwこのフクロウ君と知り合い?wwwwww」

「……」


 後ろを向いてコソッとアリエルに問う。


「おい、たしか亜門さん、最初に会ったとき"極東地区担当"って言ってたよな。極東地区はこの人が全部担当してるのか、それとも何人もいるのか?」

「んーん、極東地区担当は亜門さん一人だけだヨ。"072クラブ"って言ってたでしょ。その名のとおり、執行人さんは全世界に72人しかいないの。この小さな島国に何人も担当者が来るわけないよ」

「て、ことは……」


 葉山はこれが初戦だ。

 思った通り、亜門が初心者説明を始める。


 形式上は、この学校という小さな舞台で、1対1の初戦同士の戦い――というわけか。

 だったら俺の圧倒的有利。なんせこっちはすでに1戦潜り抜けてきてるんだからな。


「アリエル。この戦い……もらうぞ!」

「おー!」

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